憲法訴訟論第9

甲斐素直

二重の基準論と合理性基準

一 審査基準論における二大分類

 判定基準の二つの判定基準の差異をしっかりと理解することが大切である。

(一) 実体的判断基準standard of constitutionality

     基本的人権に関する条文解釈等によって導き出される法令の解釈基準

(二) 審査基準standard of proof of constitutionality

  •  裁判の過程で、当該法令、あるいは当該事件における適用が実体的解釈基準に達しているかどうかを審査するための基準

  •  

     アメリカ憲法訴訟略史

    (一) マーベリ対マディソン事件

     180011月 共和党のジェファーソンが第3代大統領に当選

    共和党は、上下両院でも多数派になる。

  •   12月 連邦党アダムス大統領は、ジョン・マーシャルを国務長官在任のまま、連邦最高裁長官に任命

  •  18012月 連邦党は1789年裁判所法を改正し、大統領が必要と認めるだけの治安判事等の職の創設を認めた。

  • 33日深夜 マーシャル国務長官はマーベリなど17名の治安判事の辞令に国璽を押印し、封緘するが、辞令交付は行わずに帰宅

  • 34日 ジェファーソンが第3代大統領に就任。マディソンを国務長官に任命。新大統領は、マディソンに、マーベリ等に対する辞令交付を留保するよう指示。

  • 331日 議会は問題の1801裁判所法を廃止する法律を議決。これにより、1789年裁判所法が復活

  • 12月 マーベリは、1789年裁判所法13条に基づき、マディソン国務長官に対して、辞令書の交付を強制する職務執行令状mandamusを連邦最高裁に請求

  • 1802224日 マーシャル最高裁長官、1789年裁判所法13条の違憲を判決

  • (二) ドレッド・スコット対サンフォード事件

     1820年 ミズーリ妥協成立

     1832年 エマソン軍医 ドレッド・スコットを奴隷として購入

     1843年 エマソン軍医死亡。エマソン夫人の兄、サンフォードが財産管理人。

     1853 ドレッド・スコット、連邦裁判所に奴隷でないことの確認訴訟を提起

     185736日 連邦最高裁、ドレッド・スコット判決

    ミズーリ妥協は、適正手続きを保障した憲法5条に違反し、無効。

     18611865年 南北戦争

    (三) ニューディール政策と連邦最高裁

     1905年 ロックナー対ニューヨーク州事件 パン工場における労働時間制限を違憲

    以後、「実体的経済的適正手続き条項」による違憲判決が続く

     1929年 大恐慌始まる

     193211月 ルーズベルト大統領に当選、翌1月に就任。ニューディール政策開始される。

     19351月 全国産業復興法を違憲と判断する。

     19351月から翌年5月までの17ヶ月間に11のニューディール立法が違憲と判断される。

     193611月 ルーズベルト、大統領選で地滑り的大勝利

     1937 2 ルーズベルト大統領、司法部改革案を議会に提案

    連邦最高裁が、ニューディール政策にあゆみよる

    →ルーズベルトコートの誕生=憲法革命

  • これ以前をオールドコート、これ以降、今日までをニューコートという。

  • (四) キャロリーヌCarolene Products事件

     1923年 連邦議会、脱脂ミルク禁止法Filled Milk Act制定(ボーデン社等の運動)

    脱脂して入試以外の脂肪や油を混入してミルクに類似させた脱脂ミルクは、公衆の健康を損なう不純食品であってその販売は公衆に対する詐欺であり、州際通商に載せることを禁ずる

     1938年 キャロリーヌ事件連邦最高裁判決

    脚注4 立法が、憲法の特定の禁止に文面上該当すると思われる場合には、合憲性の推定の作用の範囲は狭いものかもしれない。例えば、はじめの10箇条の修正条項のような場合であり、これらは、修正第14条の中に包摂されると判断された場合にも、等しく特定的と考えられる。<参照判例略>

     望ましくない立法の廃止をもたらすことが通常期待されうる政治的プロセスを制約する立法が、修正第14条の一般的な禁止の下で、他の種類のほとんどの立法よりも、より厳格な司法審査に服すべきか否かを、今検討することは必要ではない。<参照判例略>

     また、特定の宗教的少数者<参照判例略>、あるいは出身国から見た少数者<参照判例略>、若しくは人種的少数者<参照判例略>に向けられた法律の審査に類似の考慮が働くかどうか、切り離され孤立した少数者に対する偏見が、少数者を保護するため通常は頼りになる政治的プロセスの作用を著しく制約する傾向を持ち、それ故、相当したより厳格な司法審査を要求するかもしれない特別の条件かどうかについても検討する必要は存しない。<参照判例略>

    松井茂記『二重の基準論』有斐閣1994年刊、18頁より引用

    三 二重の基準の基本理念

    「二重の基準の理論は、元々アメリカ合衆国の1938年の判例で確立した理論ですが、その内容、中身を簡単に言えば、

     @精神活動の自由の規制:厳しい基準によって合憲性を審査する。

     A経済活動の自由の規制:立法府の裁量を尊重し緩やかな基準で合憲性を審査する。

    こういう考え方であります。」

    (芦部『憲法判例を読む』岩波セミナーブックス98頁)

    注:1938年の判決とは、キャロリーヌ判決脚注4を意味する。このため、2重の基準のことをキャロリーヌドクトリンと呼ぶこともある。

     換言すれば、

      自由権の中で精神的自由権については司法積極主義を認め、

              経済的自由権については司法消極主義を妥当とする考え方

    司法と民主政の関わりの中で、司法審査の外延を決定する理論

    「経済的自由を規制する立法の場合は、民主政の過程が正常に機能している限り、それによって不当な規制を除去ないし是正することが可能であり、それがまた適当でもあるので、裁判所は立法府の裁量を広く認め、無干渉の政策を採ることも許される。これに対して、精神的自由の制限又は政治的に支配的な多数者による少数者の権利の無視もしくは侵害をもたらす立法の場合には、それによって民主政の過程そのものが傷つけられているため、政治過程による適切な改廃を期待することは不可能ないし著しく困難であり、裁判所が積極的に介入して民主政の過程の正常な運営の回復を図らなければ、人権の保障を実現することはできなくなる。」

    (芦部信喜『憲法学U』有斐閣、218頁)

     ⇒近時わが国では、精神的自由権が経済的自由権に比べて優越的な権利という理解も増加してきている。

    四 合理性を判定する審査基準の意味で、基本的に二重の基準に対応している。

    (一) 狭義の合理性基準 rationality test、 rational basis standard of review

      1 司法消極主義⇒明白性の原則

    「裁判所は議会が単に誤りを犯しただけでなく、極めて明白な、合理的な疑いの余地のないほど明白な誤りを犯したときだけ法律を無視できる」

      2 「合理的な疑い」の基準

      裁判官個人ではなく、客観的な「合理的人間」の持つであろう疑い⇒裁判官の良心

      3 わが国判例における適用例

    ○ 経済的自由権の積極的規制(政策目的規制)に対する適用例

     小売市場事件判決(最大昭和471122日=百選T 200頁)

    ○ 社会権における適用例

     堀木訴訟(最大昭和5777日=百選U294頁) 

      4 特徴

     立法事実論に踏み込まない

    (二) 厳格な審査基準strict scrutiny test

      1 司法積極主義⇒違憲性推定

      2 違憲性推定を覆すための基準=必要最小限度基準

    @立法目的が正当であること、

    A立法目的を達成するために採用された手段が、立法目的の持っている「やむにやまれぬ利益 compelling interest)」を促進するのに必要不可欠であること、

    B 挙証責任を国に負わせる

      3 適用対象

    米国の場合は、米国憲法修正1条〜修正10条までの規定が保証する個人の自由が対象

     ⇒具体的には、表現の自由、投票権、信教の自由、旅行の自由、刑事手続上の権利等

      4 わが国判例における適用例

       ○ 前科照会回答事件(最3小昭和56414日)百選T 44頁参照

    前科等の有無が訴訟等の重要な争点となっていて、市区町村長に照会して回答を得るのでなければ他に立証方法がないような場合には、裁判所から前科等の照会を受けた市区町村長は、これに応じて前科等につき回答をすることができるのであり、同様な場合に弁護士法23条の2に基づく照会に応じて報告することも許されないわけのものではないが、その取扱いには格別の慎重さが要求されるものといわなければならない。

    ○ オウム真理教解散命令事件(最決平成8130日=百選T 88頁)

    (三) 厳格な合理性基準 strict rationality test

      中間審査基準 intermediate standardとも呼ばれる。

      1 司法積極主義⇒違憲性推定

      2 違憲性推定を覆すための基準=必要最小限度基準

    @ 立法目的が重要な国家利益 important government interest に仕えるものであり、

    A 目的と手段の間に「事実上の実質的関連性 substantial relationship in facts」が存在することを要求

    B 挙証責任を国に負わせる。

    ⇒立法目的が、それを達成するために法によって用意された手段によって合理的に促進されるものであることを、国の側は事実に基づいて証明しなければならない。

     合理性基準を基本的に適用しながらも、事実上の実質的関連性の審査に当たって、問題の性質上、立法目的の合理性そのものの合理性に関しても審査できること、及びそれに当たって国家利益に適合するか否かを審査可能である点で、合理性基準よりも司法介入を強く認める点に特徴がある。

      3 わが国判例における適用例

       ○ 表現の自由の規制に対する適用例

        猿払事件判決(最大昭和49116日)百選T 30頁参照

       ○ 経済的自由の消極的規制(警察規制)に対する適用例

        薬局距離制限違憲判決(最大昭和50430日)百選T 202頁参照

    ○ 平等権における適用例

     サラリーマン税金訴訟(最大昭和60327日=百選T 72頁)