憲法訴訟論第
9回甲斐素直
二重の基準論と合理性基準
一 審査基準論における二大分類
判定基準の二つの判定基準の差異をしっかりと理解することが大切である。
(一) 実体的判断基準
standard of constitutionality基本的人権に関する条文解釈等によって導き出される法令の解釈基準
(二) 審査基準
standard of proof of constitutionality裁判の過程で、当該法令、あるいは当該事件における適用が実体的解釈基準に達しているかどうかを審査するための基準
二
アメリカ憲法訴訟略史(一) マーベリ対マディソン事件
1800年11月 共和党のジェファーソンが第3代大統領に当選
共和党は、上下両院でも多数派になる。
3
3
3
12
1802
(二) ドレッド・スコット対サンフォード事件
1820年 ミズーリ妥協成立
1832年 エマソン軍医 ドレッド・スコットを奴隷として購入
1843年 エマソン軍医死亡。エマソン夫人の兄、サンフォードが財産管理人。
1853年 ドレッド・スコット、連邦裁判所に奴隷でないことの確認訴訟を提起
1857年3月6日 連邦最高裁、ドレッド・スコット判決
ミズーリ妥協は、適正手続きを保障した憲法5条に違反し、無効。
1861〜1865年 南北戦争
(三) ニューディール政策と連邦最高裁
1905年 ロックナー対ニューヨーク州事件 パン工場における労働時間制限を違憲
以後、「実体的経済的適正手続き条項」による違憲判決が続く
1929
年 大恐慌始まる1932
年11月 ルーズベルト大統領に当選、翌1月に就任。ニューディール政策開始される。1935
年1月 全国産業復興法を違憲と判断する。1935
年1月から翌年5月までの17ヶ月間に11のニューディール立法が違憲と判断される。1936
年11月 ルーズベルト、大統領選で地滑り的大勝利1937
年 2月 ルーズベルト大統領、司法部改革案を議会に提案連邦最高裁が、ニューディール政策にあゆみよる
→ルーズベルトコートの誕生=憲法革命
(四) キャロリーヌ
Carolene Products事件1923年 連邦議会、脱脂ミルク禁止法Filled Milk Act制定(ボーデン社等の運動)
脱脂して入試以外の脂肪や油を混入してミルクに類似させた脱脂ミルクは、公衆の健康を損なう不純食品であってその販売は公衆に対する詐欺であり、州際通商に載せることを禁ずる
1938年 キャロリーヌ事件連邦最高裁判決
脚注4 立法が、憲法の特定の禁止に文面上該当すると思われる場合には、合憲性の推定の作用の範囲は狭いものかもしれない。例えば、はじめの
望ましくない立法の廃止をもたらすことが通常期待されうる政治的プロセスを制約する立法が、修正第
14条の一般的な禁止の下で、他の種類のほとんどの立法よりも、より厳格な司法審査に服すべきか否かを、今検討することは必要ではない。<参照判例略>また、特定の宗教的少数者<参照判例略>、あるいは出身国から見た少数者<参照判例略>、若しくは人種的少数者<参照判例略>に向けられた法律の審査に類似の考慮が働くかどうか、切り離され孤立した少数者に対する偏見が、少数者を保護するため通常は頼りになる政治的プロセスの作用を著しく制約する傾向を持ち、それ故、相当したより厳格な司法審査を要求するかもしれない特別の条件かどうかについても検討する必要は存しない。<参照判例略>
松井茂記『二重の基準論』有斐閣
1994年刊、18頁より引用三 二重の基準の基本理念
「二重の基準の理論は、元々アメリカ合衆国の
@精神活動の自由の規制:厳しい基準によって合憲性を審査する。
A経済活動の自由の規制:立法府の裁量を尊重し緩やかな基準で合憲性を審査する。
こういう考え方であります。」
(芦部『憲法判例を読む』岩波セミナーブックス
98頁)1938年の判決とは、キャロリーヌ判決脚注4を意味する。このため、2重の基準のことをキャロリーヌドクトリンと呼ぶこともある。注:
換言すれば、
自由権の中で精神的自由権については司法積極主義を認め、
経済的自由権については司法消極主義を妥当とする考え方
司法と民主政の関わりの中で、司法審査の外延を決定する理論
(芦部信喜『憲法学U』有斐閣、
218頁)⇒近時わが国では、精神的自由権が経済的自由権に比べて優越的な権利という理解も増加してきている。
四 合理性を判定する審査基準の意味で、基本的に二重の基準に対応している。
(一) 狭義の合理性基準
rationality test、 rational basis standard of review1 司法消極主義⇒明白性の原則
2 「合理的な疑い」の基準
裁判官個人ではなく、客観的な「合理的人間」の持つであろう疑い⇒裁判官の良心
3 わが国判例における適用例
○ 経済的自由権の積極的規制(政策目的規制)に対する適用例
小売市場事件判決(最大昭和
○ 社会権における適用例
堀木訴訟(最大昭和
57年7月7日=百選U294頁)4 特徴
立法事実論に踏み込まない
(二)
厳格な審査基準strict scrutiny test1 司法積極主義⇒違憲性推定
2 違憲性推定を覆すための基準=必要最小限度基準
@立法目的が正当であること、
A立法目的を達成するために採用された手段が、立法目的の持っている「やむにやまれぬ利益
compelling interest)」を促進するのに必要不可欠であること、B 挙証責任を国に負わせる
3 適用対象
米国の場合は、米国憲法修正1条〜修正10条までの規定が保証する個人の自由が対象
⇒具体的には、表現の自由、投票権、信教の自由、旅行の自由、刑事手続上の権利等
4 わが国判例における適用例
○ 前科照会回答事件(最
3小昭和56年4月14日)百選T 44頁参照前科等の有無が訴訟等の重要な争点となっていて、市区町村長に照会して回答を得るのでなければ他に立証方法がないような場合には、裁判所から前科等の照会を受けた市区町村長は、これに応じて前科等につき回答をすることができるのであり、同様な場合に弁護士法
8年1月30日=百選T 88頁)○ オウム真理教解散命令事件(最決平成
(三) 厳格な合理性基準 strict rationality test
中間審査基準 intermediate standardとも呼ばれる。
1 司法積極主義⇒違憲性推定
2 違憲性推定を覆すための基準=必要最小限度基準
@ 立法目的が重要な国家利益 important government interest に仕えるものであり、
A 目的と手段の間に「事実上の実質的関連性
substantial relationship in facts」が存在することを要求B 挙証責任を国に負わせる。
⇒立法目的が、それを達成するために法によって用意された手段によって合理的に促進されるものであることを、国の側は事実に基づいて証明しなければならない。
合理性基準を基本的に適用しながらも、事実上の実質的関連性の審査に当たって、問題の性質上、立法目的の合理性そのものの合理性に関しても審査できること、及びそれに当たって国家利益に適合するか否かを審査可能である点で、合理性基準よりも司法介入を強く認める点に特徴がある。
3 わが国判例における適用例
○ 表現の自由の規制に対する適用例
猿払事件判決(最大昭和
49年11月6日)百選T 30頁参照○ 経済的自由の消極的規制(警察規制)に対する適用例
薬局距離制限違憲判決(最大昭和
50年4月30日)百選T 202頁参照○ 平等権における適用例
サラリーマン税金訴訟(最大昭和