統治機構論第8回
甲斐素直
議員定数の不均衡
一 参政権の法的性質
二元論と一元論の対立
二 平等権(14条)の選挙権への適用
「 憲法は、14条1項において、すべて国民は法の下に平等であると定め、一般的に平等の原理を宣明するとともに、政治の領域におけるその適用として、前記のように、選挙権について15条1項、3項、44条但し書の規定を設けている。これらの規定を通覧し、かつ、右15条1項等の規定が前述のような選挙権の平等の原則の歴史的発展の成果の反映であることを考慮するときは、憲法14条1項に定める法の下の平等は、選挙権に関しては、国民はすべて政治的価値において平等であるべきであるとする徹底した平等化を志向するものであり、右15条1項等の各規定の文言上は単に選挙人資格における差別の禁止が定められているにすぎないけれども、単にそれだけにとどまらず、選挙権の内容、すなわち各選挙人の投票の価値の平等もまた、憲法の要求するところであると解するのが、相当である。」
(衆議院議員定数違憲判決=最大昭和51年4月14日=百選 322頁参照)
すなわち、44条但書は14条を排除するのではなく、14条の注意規定と読むことにより、14条違反の論理を引き出している。
三 立法裁量論
(一)広い立法裁量
「個人の経済活動に対する法的規制措置については、立法府の政策的技術的な裁量に委ねるほかはなく、裁判所は右裁量的判断を尊重するを建て前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限って、これを違憲としてその効力を否定できる」。
小売市場事件最大昭和47年11月22日 百選T、186頁参照
すなわち、国会の現実に行った裁量が著しく不合理であることが明白な場合に限って、裁判所はそれを尊重しないのであって、普通はそれを尊重し、判断を自制するのである。
(二)狭い立法裁量
「具体的に決定された選挙区割りと議員定数の配分の下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達しているときは、もはや国会の合理的裁量の限界を越えているものと推定されるべきものであり、このような不平等を正当化すべき特段の理由が示されない限り憲法違反と判断するほかはないというべきである」(同上)
(三)立法裁量がゼロの場合(裁量権がゼロに収束する場合)
立法の不作為が成立する場合には、これに該当することが多い。
⇒河川付近地制限令事件、第三者没収違憲事件、高田事件等
四 国会の裁量とその拘束力
(一) 衆議院の場合
51年の最高裁判例の場合には、まず憲法上の要請を確認する。
「平等選挙権の一要素としての投票価値の平等が、単に国会の裁量権の行使の際における考慮事項の一つであるにとどまり、憲法上の要求としての意義と価値を有しないことを意味するものではない。投票価値の平等は、常にその絶対的な形における実現を必要とするものではないけれども、国会がその裁量によって決定した具体的な選挙制度において現実に投票価値に不平等の結果が生じている場合には、それは、国会が正当に考慮することのできる重要な政策的目的ないしは理由に基づく結果として合理的に是認することができるものでなければならないと解されるのであり、その限りにおいて大きな意義と効果を有するのである。それ故、国会が衆議院及び参議院それぞれについて決定した具体的選挙制度は、それが憲法上の選挙権の平等の要求に反するものでないかどうかにつき、常に各別に右の観点からする吟味と検討を免れることができないというべきである。」
ここまでが、憲法上の物差しの認定である。この物差しを使用して、過去に行われた立法裁量の合憲性の検討が行われる。
「 本件は、衆議院議員の選挙に関するものであるところ、右選挙については、いわゆる中選挙区単記投票制が採用されている。これは、衆議院の有すべき性格にかんがみ候補者と地域住民との密接性を考慮し、また、原則として選挙人の多数の意思の反映を確保しながら、少数者の意思を代表する議員の選出の可能性をも残そうとする趣旨に出たものと考えられるが、このような政策的考慮に立つ選挙制度の採用が憲法上国会の裁量権の範囲に属することは、異論のないところである。」
すなわち、過去の立法裁量の大枠は合憲であったとする。そこで、この大枠の中で、個別の選挙区の議員定数決定にあたっての立法裁量の合憲性を検討することになる。
「 ところで、右のように、全国を幾つかの選挙区に分け、各選挙区に選挙されるべき議員数を配分し、単記投票をもつて選挙を行わせる場合においては、各選挙区の選挙人数と議員定数との比率が必ずしも正確に一致せず、その間に多かれ少なかれ幾らかの差異を生ずるのが、通常である。それ故、このような差異が、特に問題とするに足りない程度にとどまる場合は格別、右の程度を超えて看過することのできない程度に達した場合には、選挙人の居住場所のいかんによつてその選挙権の投票価値に不当な差別を設けるものではないかという憲法上の疑問が生ずることとならざるをえず、本件も、その一場合である。
思うに、衆議院議員の選挙について、右のように全国を多数の選挙区に分け、各選挙区に議員定数を配分して選挙を行わせる制度をとる場合において、具体的に、どのように選挙区を区分し、そのそれぞれに幾人の議員を配分するかを決定するについては、各選挙区の選挙人数又は人口数(厳密には選挙人数を基準とすべきものと考えられるけれども、選挙人数と人口数とはおおむね比例するとみてよいから、人口数を基準とすることも許されるというべきである。それ故、以下においては、専ら人口数を基準として論ずることとする。)と配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされるべきことは当然であるとしても、それ以外にも、実際上考慮され、かつ、考慮されてしかるべき要素は少なくない。殊に、都道府県は、それが従来わが国の政治及び行政の実際において果たしてきた役割や、国民生活及び国民感情の上におけるその比重にかんがみ、選挙区割の基礎をなすものとして無視することのできない要素であり、また、これらの都道府県を更に細分するにあたつては、従来の選挙の実績や、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の要素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつつ、具体的な決定がされるものと考えられるのである。更にまた、社会の急激な変化や、その一つのあらわれとしての人口の都市集中化の現象などが生じた場合、これをどのように評価し、前述した政治における安定の要請をも考慮しながら、これを選挙区割や議員定数配分にどのように反映させるかも、国会における高度に政策的な考慮要素の一つであることを失わない。」
要するに、人口以外の要素を議員定数決定の基準として使っていることを認定し、かつ、そうした立法裁量も合憲である、とする。そして、そうした判断にあたって専門機関としての国会の判断を裁判所は尊重せざるを得ない。
「衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数の配分の決定には、極めて多種多様で、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要素が含まれており、それらの諸要素のそれぞれをどの程度考慮し、これを具体的決定にどこまで反映させることができるかについては、もとより厳密に一定された客観的基準が存在するわけのものではないから、結局は国会の具体的に決定したところがその裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによつて決するほかはなく、しかも事の性質上、その判断にあたつては特に慎重であることを要し、限られた資料に基づき、限られた観点からたやすくその決定の適否を判断すべきものでないことは、いうまでもない。」
しかし、先の述べたとおり、この立法裁量を裁判所が尊重する範囲は、相対的に狭いものとなる。
「しかしながら、このような見地に立つて考えても、具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票価値の不平等が国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達しているときは、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定されるべきものであり、このような不平等を正当化すべき特段の理由が示されない限り、憲法違反と判断するほかはないというべきである。」
公職選挙法別表2「本表は、この法律施行の日から5年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によって、更正するのを例とする」(現在は若干文言が変わっている)
(二)参議院の場合(平成8年9月11日大法廷判決=百選330頁参照)
1 衆議院議員選挙と参議院議員選挙の質的相違
「参議院議員の選挙制度の仕組みは、憲法が二院制を採用した前記の趣旨からひとしく全国民を代表する議員であるという枠の中にあっても、参議院議員の選出方法を衆議院議員のそれとは異ならせることによってその代表の実質的内容ないし機能に独特の要素を持たせようとする意図の下に、参議院議員を全国選出議員ないし比例代表選出議員と地方選出議員ないし選挙区選出議員とに分け、後者については、都道府県が歴史的にも政治的、経済的、社会的にも独自の意義と実体を有し政治的に一つのまとまりを有する単位としてとらえ得ることに照らし、これを構成する住民の意思を集約的に反映させるという意義ないし機能を加味しようとしたものであると解することができる。したがって、公職選挙法が定めた参議院議員の選挙制度の仕組みは、国民各自、各層の利害や意見を公正かつ効果的に国会に代表させるための方法として合理性を欠くものとはいえず、国会の有する立法裁量権の合理的な行使の範囲を逸脱するものであると断ずることはできない。」
例えば、都道府県の人口規模を完全に無視して、一律に議席を配分するという形で選挙制度を国会が定めたとすれば、それはそれで立派に合憲ということになり、14条違反ということはできない。そのように広範な裁量権が国会には認められている。
「したがって、議員定数配分規定の制定又は改正の後、人口の異動が生じた結果、それだけ選挙区間における議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差が拡大するなどして、当初における議員定数の配分の基準及び方法と現実の配分の状況との間にそごを来したとしても、その一事では直ちに憲法違反の問題が生ずるものではなく、その人口の異動が当該選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせ、かつ、それが相当期間継続して、このような不平等状態を是正する何らの措置も講じないことが、複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき国会の裁量的権限に係るものであることを考慮してもその許される限界を超えると判断される場合に、初めて議員定数の配分の定めが憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。」
2 人口比例の要素
参院地方区の1票の落差がこの時点では1対6.59に達していた、という点
「各選挙区への議員定数の配分につき厳格な人口比例主義を唯一、絶対の基準とすべきことまでは要求されていないにせよ、投票価値の平等の要求は、憲法14条1項に由来するものであり、国会が選挙制度の仕組みを定めるに当たって重要な考慮要素となることは否定し難いのであって、国会の立法裁量権にもおのずから一定の限界があることはいうまでもないところ、本件選挙当時の右較差が示す選挙区間における投票価値の不平等は、極めて大きなものといわざるを得ない。また、公職選挙法が採用した前記のような選挙制度の仕組みに従い、参議院(選挙区選出)議員の全体の定数を増減しないまま選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差の是正を図ることには技術的な限界があることは明らかである〈中略〉
そうすると、本件選挙当時の前記の較差が示す選挙区間における投票価値の不平等は、前記のような参議院(選挙区選出)議員の選挙制度の仕組み、是正の技術的限界、参議院議員のうち比例代表選出議員の選挙については各選挙人の投票価値に何らの差異もないこと等を考慮しても、右仕組みの下においてもなお投票価値の平等の有すべき重要性に照らして、もはや到底看過することができないと認められる程度に達していたものというほかはなく、これを正当化すべき特別の理由も見出せない以上、本件選挙当時、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたものと評価せざるを得ない。」
五 最近の判例から(いずれも平成16年1月14日最高裁判所大法廷判決)
(一) 非拘束名簿式比例代表制の合憲性
「憲法は,政党について規定するところがないが,政党の存在を当然に予定しているものであり,政党は,議会制民主主義を支える不可欠の要素であって,国民の政治意思を形成する最も有力な媒体である。したがって,国会が,参議院議員の選挙制度の仕組みを決定するに当たり,政党の上記のような国政上の重要な役割にかんがみて,政党を媒体として国民の政治意思を国政に反映させる名簿式比例代表制を採用することは,その裁量の範囲に属することが明らかであるといわなければならない。そして,名簿式比例代表制は,政党の選択という意味を持たない投票を認めない制度であるから,本件非拘束名簿式比例代表制の下において,参議院名簿登載者個人には投票したいが,その者の所属する参議院名簿届出政党等には投票したくないという投票意思が認められないことをもって,国民の選挙権を侵害し,憲法15条に違反するものとまでいうことはできない。また,名簿式比例代表制の下においては,名簿登載者は,各政党に所属する者という立場で候補者となっているのであるから,改正公選法が参議院名簿登載者の氏名の記載のある投票を当該参議院名簿登載者の所属する参議院名簿届出政党等に対する投票としてその得票数を計算するものとしていることには,合理性が認められるのであって,これが国会の裁量権の限界を超えるものとは解されない。」
(二) 参院定数=選挙区選出議員
こちらの判決については、結論的には合憲というものであるが、議論がきわめて多岐に分かれた。すなわち、多数意見が大きく補足意見1と補足意見2に分かれた。そして、補足意見1については追加補足意見が亀山継夫と島田仁郎から、また補足意見2については追加補足意見が横尾和子からでている。また、反対意見については、追加反対意見が福田博、梶谷玄、深沢武久、滝井繁男、泉徳治がそれぞれ付さているという状況で、簡単に判決の全体像を紹介することができない。以下には、多数意見、補足意見1,補足意見2及び反対意見のポイントと思われるところを紹介するが、これで全体像が見えるとはとうてい言える状況ではない。是非、一度、原文を読んで欲しい。
多数意見
「本件改正は,憲法が選挙制度の具体的な仕組みの決定につき国会にゆだねた立法裁量権の限界を超えるものではなく,本件選挙当時において本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたものとすることはできない。したがって,本件定数配分規定が本件選挙当時憲法に違反するに至っていたということはできないとした原審の判断は,是認することができる。」
補足意見その1(町田顯,金谷利廣,北川弘治,上田豊三,島田仁郎)
「国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り,それによって投票価値の平等が損なわれることになっても,やむを得ないものと解すべきである。」
補足意見その2(亀山継夫,横尾和子,藤田宙靖,甲斐中辰夫)
「私たちもまた,従来の多数意見と同様,立法府が法律によって両議院の選挙に関する事項を定めるについては(憲法47条),裁量権が与えられており,とりわけ参議院選挙の制度設計に当たっては,日本国憲法の定める二院制から来る当然の制約として,選挙人の投票権の価値について絶対的な平等を厳格に貫くことが,衆議院選挙の場合以上に困難であることを認めざるを得ないものと考える。しかし,他方で,従来の多数意見が,立法府に要請される複雑高度な政策的考慮と判断を理由に,とりわけその単なる不作為についても,結果的に極めて広範な立法裁量の余地を是認してきたことについては,賛成することができず,そのような思考枠組みに従うことはできない。」〈中略〉「今回の改正の目的(考慮要素)の一つが『いわゆる逆転現象を解消し,定数較差の拡大を防止すること』にあり,そのための方法が『定数4人の選挙区の中で人口の少ない県から順次2人ずつ定数削減を実施』するものであったという事実が,明らかにされており,これが,不平等是正に向けての一歩であることは疑いがない。もとより,今回の改正の直接の動機そのものは,必ずしも較差の減少それ自体にあったわけではなく,上記の作業は,全体としての定数削減の必要を契機としての最小限の作業であったにすぎないが,しかし,参議院の定数削減それ自体,国民の要望に基づき立法府が果たすべき課題の一つであったこと,都道府県単位の選挙区制を前提とした現行制度の下で,全体としての定数が減少すれば,最大較差の是正の余地はそれだけ窮屈なものとなること等にかんがみるならば,今回の改正作業にそれなりの合理性が認められることを否定することはできない。その意味において,私たちは,今回の改正の結果をもって違憲と判断することには,なお,躊躇を感じざるを得ないのである。」
反対意見(福田博,梶谷玄,深澤武久,濱田邦夫,滝井繁男,泉徳治)
「本件選挙当時における選挙区間の議員1人当たりの選挙人数の最大較差は1対5.06にまで達していたのであるから,本件定数配分規定は,憲法上の選挙権平等の原則に大きく違背し,憲法に違反するものであることが明らかである。」
【掲載文献】
最高裁判所民事判例集58巻1号56頁
訟務月報50巻10号2968頁
裁判所時報1355号3頁
判例時報1849号9頁
判例タイムズ1144号112頁
判例地方自治251号27頁