憲法統治機構論第12回
司法権の独立
甲斐 素直
一 問題の所在
(一) 議院の自律権との同質性=保障の二重構造
権力の担い手個人に対する保障
その個人を含む組織に対する保障
(二) 議院の自律権との異質性=非政治機関
自律権の制限の必要性と、それによる司法の独立の侵害危険性
二 裁判官の独立=個人に対する保障
(一) 裁判官の職権の独立(76条3項)
陪審裁判の合憲性
「裁判官の良心」の意義
ア 主観的良心説(19条の「良心」と同義とする説)
イ 客観的良心説
「裁判官が適用する法のうちに客観的に存在する心意・精神、いわゆる『裁判官としての良心』を意味する」
(清宮『憲法I』[第3版]357頁より引用)。
両説の相違の現れる場面
1 条理の法源性
@ 成文法の解釈の基準として主観的良心による事ができるか
A 成文法の存在しない領域の問題を解決に、主観的良心を法源とできるか
参照:スイス債務法第1条
「法律に規定がないときは、裁判官は慣習法に従い、慣習法もないときには、自分が立法者ならば法規として規定したであろうと考えるところに従って裁判するべきである。」
2 自由心証主義(新民事訴訟法247条、刑事訴訟法318条)
「証拠の取捨選択は事実審裁判所の専権に属するが、それが経験則に反してはならない。」最高裁判所判例昭和23年11月16日
法定証拠主義の例外→憲法38条、独占禁止法80条等
3 憲法判断における合理性判定基準
「薬局の開設等の許可基準の一つとして地域的制限を定めた薬事法6条2項は、不良医薬品の供給の防止等の目的のために必要かつ合理的な規制を定めたものということができないから、憲法22条1項に違反し、無効である。」
(最高裁昭和50年4月30日=薬事法違憲判決より引用)
(二)裁判官に対する身分保障
1 裁判官の罷免事由の制限
@心身の故障により職務不能と裁判で決定された場合(78条)
A公の弾劾による場合(78条)
B最高裁判所判事の国民審査による場合(79条)
2 報酬受領権及び報酬が減額される事のない事の保障(80条2項)
3 裁判官がその意思に反して、免官、転官、転所、または職務の執行の停止を受ける事のない事の保障(裁判所法48条)
三 司法府の独立=組織に対する保障
(一) 自主立法権
裁判所規則制定権(77条)
(二) 自主行政権
下級裁判所判事の名簿による指名権(80条1項)
裁判官以外の裁判所職員の任免権(裁判所法64条)
→人事はすべて裁判所が行う
⇒人事院の管理に属させない(国家公務員法2条3項13号参照)
人事権行使の手段→補職(裁判所法47条)
←国家公務員においては職階制が導入され(国家公務員法第三章参照)、 官職制は否定されたこととの比較
(三) 自主司法権(懲戒権)
裁判官の懲戒は行政機関が行う事はできない(78条後段)
行政機関=権力分立における行政府
懲戒は裁判により行う(裁判所法49条)
懲戒免職は許されない←身分保障
「裁判官の懲戒は、戒告又は一万円以下の過料とする」裁判官分限法2条
(四) 自主財政権
国会中心財政主義(83条)により、国会に対しては認められない。
内閣に対する独立性は有する⇒二重予算制度(財政法19条以下)
四 司法権の独立の濫用とその防止制度
民主的基盤をもたない組織による国民の権利侵害の危険性
フランス革命時のパリ大法院の反動性
米国ニューディール政策とオールドコート
(一) 最高裁判所に関する民主的統制
1 最高裁判所判事任命権(79条第1項)→内閣
最高裁判所長官指名権(6条第2項) →内閣
2 最高裁判事に関する国民審査(79条2、3、4項)
←公務員を選定し罷免する権利(15条1項)
3 最高裁判所判事の定年(79条5項)
(二) 下級裁判所に関する民主的統制
1 下級裁判所判事任命権→内閣(80条1項第1文)
最高裁に名簿作成権が憲法上保障されている
2 下級裁判所判事の任期を10年に限定(80条1項第2文)
(三) 裁判官一般に対する民主的統制
公の弾劾制度 public impeachment
民意を背景とする訴追行為に基づく、公権力による罷免手続き
参考
裁判官弾劾法2条
弾劾により裁判官を罷免するのは、左の場合とする。
一 職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったとき。
二 その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき。
五 司法権独立の侵害可能性
(一) 行政府
裁判官任命権の濫用の危険
(二) 立法府
国政調査権の行使
浦和充子事件
裁判官訴追委員会の活動
吹田黙祷事件
(三) 司法行政機関
1 再任における名簿掲載権とその限界 青法協事件
ア 自由裁量説
イ 羈束裁量説
ウ 任務継続説
2 司法内部における干渉⇔検察一体の原則との相違
平賀書簡事件
飯盛裁判官事件
(四) 社会勢力
新聞等による裁判批判とその限界