憲法統治行為論 第14回
甲斐 素直
条 約
一 実質的条約概念と形式的条約概念
以下に、現実に国際間の合意で使用されている文言の例を示す。
@条約 treaty、 | A協約 convention | B協定 agreement |
C取決め arrangement | D決定書 act | E議定書 protocol |
F宣言 declaration | G規約 covenant | H憲章 charter |
I公文 note | J覚書 memorandum | K声明 statement |
これは、代表的な例を示しただけで、悉皆的なものではない→実質的条約概念の必要性
二 国際協調主義(憲法前文)
(一) 憲法における条約概念の多義性
1 憲法93条2項:条約の誠実な遵守義務を定めている。
最広義の条約
法的拘束力をもつ 国家間若しくは国際機関と国家間の 文書による合意
@ 法的拘束力を持つ:93条は最高法規に関する規定
法的拘束力のない国際合意は、前文により、遵守義務が肯定される。
例:世界人権宣言
○「国際法上の」ということがよくあるが、その場合には国内法上の効果を持つ国際合意が含まれないことになり、適切ではない。
A 国家間若しくは国際機関と国家間:条約は原則として国家間で締結される。しかし、第2次大戦後においては、国際機関が著しく発達し、これらと国家との間でも条約が締結されるようになったので、後半が加えられる。
B 文書による合意:慣習法など、文書化されていないものは、確立された「国際規範」に含まれると解される。
→その意味では「文書」という部分はなくとも良い。
以上の概念に該当するものであれば、すべて同条の条約に該当する。
2 憲法73条3号本文:条約締結権は内閣にある
ここでの条約は、内閣が締結する条約に限定される(73条は内閣の権限に関する規定)
通常、「条約」の語はこの意味で使われる。
→各省庁等の締結する条約interdepartmental agreementは、73条には含まれない。
3 憲法73条3号但書:事前に、時宜によっては事後に国会の承認が必要とされる
→憲法61条:条約の承認に際して、衆議院の大幅な優越を認める
ここでの条約は、Aの条約のうち、重要なものに限定される。
(1) 国会の承認を必要とする条約(昭和49年2月の政府見解)
@ いわゆる法律事項を含む国際約束(例:租税条約)
A いわゆる財政事項を含む国際約束(例:経済協力に関する条約)
B わが国と相手国との間、あるいは国家間一般の基本的な関係を法的に規定するという意味において政治的に重要な国際約束であって、それ故に、発効のために批准が要件とされているもの(例:日中友好条約)
(2) 国会の承認の不要な条約(同上)
@ 既に国会の承認を経た条約の範囲内で実施しうる国際約束
A 既に国会の議決を経た予算の範囲内で実施しうる国際約束
B 国内法の範囲内で実施しうる国際約束
これらを通常、「行政協定」という。
4 憲法7条1号:条約は法律及び政令と並んで天皇による公布の対象
実務上、国会の承認を得た条約だけが天皇による公布の対象となる(官報掲載)
→その他の条約は、すべて外務大臣による告示として、やはり官報に掲載される
三 条約の制定手続き
1 条約の交渉
全権代表により行われる
全権委任状(英full powers 仏pleins pouvoirs)
憲法七条六号の定める天皇の認証の必要なその他の外交文書の一つ
2 交渉の成立→条約内容の確定
→全権代表による署名(記名、調印、記名調印等)
文書の交換(簡易式の条約制定方法)
○ 原則として条約は署名等の瞬間に発効する
3 本国政府の批准 ratification があったときに発効させることもできる。
条約によっては、受諾 acceptance、承認 approval、加入 accession等と呼ぶ。
四 国会の承認の効果
(一) 事前又は事後の承認
事前の承認→批准を必要とする条約に関して可能
政府は政治的に重要な条約は必ず批准を条件にしなければならない。
1 国会は、承認に当たり条件を付けることが可能か?
二国間条約→相手国が承諾すればよい。
承諾しない場合には、承認拒否の議決と同じことになる。
多国間条約→不可能
2 国会は、条約の可分の一部だけを承認することができるか。
二国間条約→同上
多国間条約→条約上、留保が可能な点であれば、条約の一部承認は可能である。
3 事後の承認→署名により発効する条約の場合には、事後承認以外に方法はない。
(二) 違憲の条約〜事後に承認を拒否した場合の条約の効力
条約法に関するウィーン条約
27条 当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない。この規則は第46条の規定の適用を妨げるものではない。
46条1項 いずれの国も、条約に拘束されることについての同意が条約を締結する権能に関する国内法の規定に違反して表明されたという事実を、当該同意を無効にする根拠として援用することができない。ただし、違反が明白であり、かつ、基本的な重要性を有する国内法の規則に係るものである場合はこの限りではない。
2項 違反は、条約の締結に関し通常の慣行に従いかつ誠実に行動するいずれの国にとっても客観的に明らかであるような場合には、明白であるとされる。
→原則として、国際法上は、違憲の条約でも有効なこととなる。
五 憲法と条約の関係
(一) 憲法よりも上位の条約、
国の3要素にかかる条約 領土=人民=主権
ポツダム宣言、ウェストファリア条約、ベルサイユ条約等
(二) 憲法よりも下位だが法律よりは上位の条約、
国会の承認のある条約
(三) 法律よりも下位の条約、
行政協定 例外的にAに属する条約がある→日米安保条約6条に基づく地位協定
六 条約の国内法上の効力
(一) non self-executing(自力執行不可能)な条約
通常の条約は、国に対して国際法上の権利を与え、義務を課するだけで、締約国の国民に効力が及ぶことはない。その場合、義務の履行のために、国民の権利義務を制限する必要が生ずる場合には、別に国内法を制定することになる。
(二) self-executing(自力執行可能)な条約
条約文の構成上、締約国の国民に直ちに権利を与え、義務を課することとなっている条約の場合には、わが国では、別に国内法を制定することなく、直ちに国内法としての効力を認める慣行となっている。
七 条約の司法審査
(一) 司法審査否定説
@ 憲法81条及び98条1項から、条約という言葉が欠落している
A 国家間の合意という特質を持ち、一国の意思だけで効力を失わせることはできない
B きわめて政治的内容を含むものが多いこと
(二) 司法審査肯定説
@ 文言解釈としては、次のような説に分かれる。
ア 81条ないし98条1項の「法律」という言葉に条約が含まれる
イ 81条の「規則又は処分」等に条約が含まれる
ウ どの文言にも含まれないが、憲法全体の精神・構造を根拠として司法審査が可能
A 国際法上は誠実遵守義務を負うが、国内法上の効力まで肯定する必要はない
B 普通の条約は高度の政治性は持たない。政治性の高いものについては、立法裁量論その他の理論により、司法審査の対象となるか否かを判断すればよい