憲法統治機構論第20回

       甲斐 素直

地方自治の本旨

 

一 地方自治と国民主権原理の緊張関係

(一) 封建政治と地方自治

  封建制の下において、各地方の自治権は、その固有の権利といえる。

(二) 国民主権原理の確立と地方自治の排斥

  主権はただ一つしかない

   =主権を分割することは不可能である→地方自治の否定(例えばフランス)

三) 地方自治の黙認ないし法律レベルによる是認

  官選知事の下における地方分権

(四) 地方自治の憲法編入と、その法理論的根拠

  @ 全体主義の経験→過度の権力集中の危険性

     地方自治=国家権力の均衡と抑制のシステムを補完する役割を持つ

  A 人々に民主主義を身近なものとして認識させる=民主主義の学校

  B 政治の実験室

 

二 地方自治権の法的性質

 伝来説⇔固有権説

=主権がただ一つしかない以上、地方自治権は国が地方に授権した範囲においてのみ存在する→固有権説は国民主権原理の下においては成立しない

(一) 狭義の伝来説

   地方自治の範囲は法律の定めるところに依る。=国会が自由に決定しうる

(二) 制度的保障説

=自治権は国から伝来したものであるが、法律によっても地方自治の中核を侵害することは許されない。

   →地方自治の不可侵の中核=地方自治の本旨(憲法92条)

三) 新固有権説

 伝来説による限り、制度的保障概念を使用しようとも、自治権の尊重には限界がある。そこで、主権の単一性を破らず(つまり伝来説の枠内で)、しかも自治権が固有の権利であることを論証することにより、法律の授権無くして自治権の行使を可能にしようとすることを目指す学説が生まれる。それを一般に新固有権説と総称する。その代表的なものを示せば、次のとおりである。

  1 人民主権説

  2 納税者基本権説

  3 基本的人権説

 これらの学説は、いずれもいまだ広範な支持を受けているとはいいがたく、必ずしも論文等で触れる要はないが、基本書を読むに当たっては、こうした議論が存在する、ということ自体を、問題意識として持ちながら読む必要がある。

 

三 制度的保障の概念

(一) その基本的な問題意識

  1 硬性憲法の下で、人権等における法律の留保規定をどう理解するか ?

「法律の定めるところに従い」

「法律の範囲内において」

  →文字どおり理解すると、硬性憲法(=憲法が立法府の権限を制約する機能   を持つ)で権利を保障した意義が失われる。

  2 制度的保障概念の内容

議会は憲法の定める制度を創設、維持すべき義務を課され、その制度の本質的な内容については法律によって侵害することも許されない

  →保障の対象になっているのは制度自体であって、個人の人権ではない。

  現行憲法の下における例

政教分離 (20条)

大学の自治(23条)

家族制度 (24条)

私有財産制(29条)

(二)地方自治における適用

 地方自治においても「法律の範囲内」という限定の意義

「制度的保障」概念の適用の効果

 伝来説からは当然の結論(地方自治の形式や実質を法律で自由に制定しうる)  を排除し、より強力な憲法上の保障を与えることが可能となる。

(三) 地方自治の本旨=制度の中核  

 住民自治⇒民主主義

その実体 イギリス法に基づく概念

⇒自己統治

 団体自治⇒地方分権

ドイツ法に基づく概念

=地域団体自身の機関により、その団体の名と責任の下に行われる

補完性原理

現行地方自治法2条3項及び5項参照

 

(四) 地方自治の主体=地方公共団体の意味

  1 学説の状況

@ 立法者意思説

   =憲法制定当時地方公共団体として予定されていた都道府県及び市町村

A 住民意思説

   =地域の住民がその住民としての共同体意識を有している地域団体

B 以上二つの折衷説

C 沿革説

   =沿革的に行政や人事面で完全な自治体の実体を備えている地域団体

D 権能説=ある程度自主的な立法、行財政権を付与されている地域団体

E 二分説=92条ではすべての地方公共団体、

    93条・94条では地方自治の本旨を生かすに不可欠な地方公共団体

F 基礎団体説=基礎的普遍的な地方公共団体を指す

G 社会情勢説=社会情勢の要求するところにより決まる

注:これらの学説は、その基礎となっているものに、狭義の伝来説であるものもあり、制度的保障説の下で、そのまますべてが立論可能と言うことではない。

 

 2 最高裁判所判例(昭和38年3月27日大法廷)=百選4版 442頁

「地方公共団体と言い得るためには、単に法律で地方公共団体として取り扱われているということだけでは足らず、事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識を持っているという社会的基盤が存在し、沿革的に見ても、また現実の行政の上においても、相当程度の自主立法権、自主行政権、自主財政権等地方自治の基本的な権能を付与された地域団体であることを必要とする」

注1: 昭和27年の地方自治法改正により、東京都特別区の区長が住民の直接選挙から、区議による間接選挙に変わったこと際に、渋谷区議会で起きた区長選出を巡る贈収賄事件に関する判決

注2: この判決は、基本的に狭義の伝来説に依存している。これを今日の時点で、文字通りに正しいとして取り扱った場合には、現行地方自治法と矛盾を起こすことになる。