1 本書の特徴

 本書は、いわゆる演習書といわれる書の一つである。演習書というのは、概説書と違い一つの法的テーマを選んで、それに関連するあらゆる論点をまとめて述べている、という点に特徴がある。すなわち、概説書であれば、あるテーマに関係する事項が、その書の筆者の理論体系に従い、本の各所にバラバラに書かれているが、演習書では、特定のテーマに関連する限り、すべて集中的に書かれている、という点に特徴がある。

 これまで憲法に関する演習書も多数書かれてきた。私よりはるかに優れた業績を上げられた方々による書も多い。その中で本書の特徴を紹介するならば、前述のとおり、これが私のゼミにおけるレジュメを集大成したものである、という点にある。

 私のゼミは、司法試験や国家公務員試験法律職など、実務法曹を目指す学生諸君を対象として、論文の書き方指導に重点を置いて運営している。毎週のテーマは、ゼミ生諸君が互いに討論して決定する。提出された論文について、私は添削するとともに、そこに共通に見られる問題点を意識しつつ、どのようにすれば、良い評価を得られる論文となりうるかという点を中心に説明を行っている。さらに、ゼミの場で学生諸君から質問があれば、それをフィードバックして、レジュメに加筆修正を行ってきた。

 すなわち、通常の演習書であれば、学者としての立場から、何が論点となり、どのように論ずればよいか、という点だけを叙述している。これに対して、本書では、学生諸君が国家試験の論文を書く際に論点として把握すべき点を取り上げている。さらに、私のゼミ生が犯した過ちに対する論及を通じて、一般に学生諸君がついうっかり犯しがちな間違い、すなわち何は論点としてはならず、また、どのような記述をしてはいけないか、という点も含めて叙述している。したがって、論文式国家試験を目指す諸君にとっては、類書より参考になる度合いが強いはずだと自負している。

 また、私は、論文がよいものとなるためには、直接論文に書かれる事項でなくとも、その背景となった事実を知っているのといないのとでは、個々の言い回しなどに決定的な違いが生じ、それが結局試験における当落を分かつ要素になる、と信じている。そこで、論文には書く必要のない背景情報にもかなり力を入れた記述をしている。特に、判例に関する正確な知識は、実務法曹を目指す者にとっては、欠くことのできないものであるところから、関係する判例については、憲法判例百選(第4版、有斐閣別冊ジュリスト)を適宜紹介し、また、そこに紹介されているだけでは不足すると認められるものについては、原文をかなり詳細に引用し、かつその解説を行っている。

 年来の懸案であった法科大学院が、いまや現実のものとなろうとしている。そこでの教育が、どのような形態で行われるべきかについては、これまで、抽象的には多くの方が意見を公表されている。一般に「少人数教育を基本とし、双方向的・多方向的で密度の濃いものとする」(中教審・法科大学院における教育内容・方法に関する研究会の報告)べきものである点で、異論はないと思われる。このような要求を満たすには、受講者の側でも講義に先行して、事前にかなり周到な準備作業が必要となることはいうまでもない。また、講義後における復習においても、従来の学部教育とは次元の違う密度の高い作業が必要となるはずである。

 私は、このような法科大学院における予習や復習のニーズを満たすには、従来の体系的な概説書では不十分で、それと併用する形で第二の教科書ないし副読書が必要になる、と考えている。そして、それはどのようなものであるべきか、という問に対する単なる抽象的答えではなく、具体性ある答えを見いだすべく、私の大学におけるゼミの場を利用して数年前から具体的な試みを展開してきた。本書は、そのゼミにおけるレジュメをまとめたもので、上記問題に対する現時点における私の回答である。

 

2 本書の構成

 今日、わが国の憲法学は次のような四つの領域でそれぞれ様々な論点を有するように発展している。

 1 憲法総論

 2 統治機構論

 3 人権論

 4 憲法訴訟論

 したがって、本書で取り上げるテーマもまた、こうした領域に対応して説明するのが便利である。しかし、本書では憲法総論については特に項目をたてていない。国家試験において、単純に憲法総論だけを論点とする出題例は近年全くないこと、また、良い論文というものは、その中に必ず憲法総論的な要素を持っているものであることなどが理由である。

 人権論は、近年では、常に憲法訴訟論の要素を取り込んで論じられる必要がある。人権を個々人のレベルで国家に対して主張するには、常に裁判が最後のよりどころになるからである。また、憲法訴訟論のあるものは、統治機構における活動の限界として論じられることも多い。そうした事項は、当然統治機構論や人権論の一環として論じている。しかし、いくつか、憲法訴訟固有の論点というべきものがある。それらについては、特に憲法訴訟論に集めてみた。

 

3 本書の利用法

 本書は、体系書ではないので、始めから終わりまで通して読む必要はない。普通の演習書と同じように、目次から、関心のあるテーマを選んで読んで貰えればよい。しかし、もし自分の論文力を伸ばしたいならば、10頁以下に各講の問題だけを抜き出してあるので、それに目を通し、適当な問題を選んで、現在の自分の力でどこまで書けるかを試してみてほしい。その上で、自分の答案と対比しつつ、各講を読んで貰えれば、一段と実力をつけることができると考えている。

 

目次

序論 国家試験を目指して

 第1章 国家試験に向けた法律書の読み方

 第2章 国家試験論文の論文の書き方

 

第一部 統治機構論

 第1章 立法権

1 最高機関性について

2 唯一の立法機関

3 二院制の意義

4 議院の自律権

5 国政調査権の限界

6 議院内閣制

7 条約の効力

8 議員の免責特権とその限界

 

 第2章 行政権

9 内閣総理大臣の地位と権限

10 独立行政委員会

 

 第3章 司法権

11 裁判の公開

12 司法権の独立

13 裁判官の良心

 

 第4章 財政権

14 予算と法律

15 89条後段にいう公の支配

 

 第5章 地方自治

16 地方自治の本旨

17 条例と法律

18 条例による財産権の制限

 

第二部 人権論

 第1章 人権総論

19 人権の制約

20 外国人の人権

21 定住外国人の参政権

22 プライバシーの具体的権利性

23 プライバシーと芸術

24 自己決定権とその限界

25 団体自立権と人権の制限

26 人権の私人間効力

27 参政権

 

 第2章 精神的自由権論

28 政教分離原則

29 裁判官の政治的自由権制限

30 報道の自由

31 取材の自由

32 マスメディアへのアクセス権

33 通信の秘密

34 大学の自治

35 適正手続条項と行政手続き

 

 第3章 経済的自由権論

36 営業の自由とその審査基準

37 財産権の本質と限界

38 国家補償制度

 

 第4章 社会権論

39 教育を受ける権利

40 公務員の労働基本権

41 救済処分としての陳謝命令

 

 第5章 平等権論

42 法の下の平等と性差別

43 非嫡出子の相続分

 

第三部 憲法訴訟論

 第1章 司法判断適合性

44 司法権の概念

45 行政権の第一次判断権

46 いわゆる部分社会論

 

 第2章 憲法判断の法理論

47 憲法判断回避の準則

48 立法裁量論(議員定数の不均衡)

49 立法の不作為と司法審査

 

 第3章 合憲性判定基準(審査基準論)

50 二重の審査基準

51 精神的自由権における審査基準(検閲及び事前抑制)

52 時・所及び方法の規制

53 統治行為論

 

 第4章 判決の方式と効力

54 違憲判決の効力

55 事情判決の法理

56 条約の司法審査

 

 事項索引

 判例索引