憲法人権論第5回

                            甲斐素直

参 政 権

 

一 参政権の概念

 参政権

国民が国家意思の形成過程に何らかの形で関わる権利を包括的にさす概念

 

 ○行政判断形成過程及び司法判断形成過程に国民が関与する権利

現行憲法上全く予定されていない。

 ○立法判断形成過程

憲法改正の決定権(96条)

地方自治特別法の拒否権(95条)

 

 選挙権

 被選挙権

 公務就任権

の特殊性はどこにあるか?

 

二 国民主権概念と現行憲法における解釈の対立

 国民:集合概念(民法学における表現を借りるならば実在的総合人)であって、個々の国民を意味するものでない(主権の唯一・不可分性)

 

(一) 人民主権

 社会契約説(ホッブス、ロック及びジャン・ジャック・ルソー)

主権者たる人民=社会契約に参加する行為能力を持つ個人の集合体

国家権力の源泉

=主権者たる人民が社会契約による国の支配を受けることに対する同意

(被治者の同意)

 ⇒直接民主制を要求

○通常は、代表者を通じて政治を行う(人民代表)。

   人民は、人民代表に対して命令的委任を与える。

   ⇔人民代表が委任に反する行動を執った場合には、解任する(リコール権)。

○ 直接民主制の現実化

人民発案:人民代表が適切な法案を議会に提案しないときは、自ら提案するこ

人民拒否:議会が不適切な法律を制定したときは、それを拒否できる

人民投票:議会にゆだねることが不適切な問題については自ら決定する

 

ナポレオンやヒットラーなど、民衆扇動に長けた人物によって容易に独裁制に移行する点に、本質的な弱点を有している。

 

(二) 狭義の国民主権

 個人主義(シェイエスなど)

主権者たる国民とは、

「老若男女の区別や選挙権の有無を問わず、『いっさいの自然人たる国民の総体』を言う」

(芦部信喜『憲法学T』240頁)。

国家権力の源泉

=統治者たる国民と被治者たる国民とは、同一の存在である

(治者と被治者の自同性)。

「主権が全国民に存すると考えると、このような国民の総体は、現実に国家機関として活動することは不可能であるから、全国民主体説にいう国民主権は、天皇をのぞく国民全体が国家権力の源泉であり、国家権力の正当性を基礎づける究極の根拠だということ、を意味することになる。したがって、国民に主権が存するとは、国家権力が『現実に国民の意思から発するという事実を言っているのではなく、国民から発すべきものだ』という建前を言っているに過ぎないことになる。」

(芦部信喜・同上・241頁)

 ⇒間接民主制を必然的に要求する。

○国民は議会における代表者を通じて行動することになる(国民代表)。

=議会が国家で最高の地位を占める機関(国権の最高機関)。

議会主権=英米ではこちらの表現の方が普通である

⇒誰が国民代表となり、また、誰が国民代表を選ぶことができるかは、国権の最高機関たる議会が決定する。

⇒個々の有権者は、自らの権利として参政権を行使するのではなく、国民全体の利益を考えて参政権を行使することように、議会から義務づけられた者であるに過ぎない(参政権=公務説)。

⇒議会は、参政権をどの国民に与えるかを自由に決定できる(制限選挙)。

 選出された議員は、自分を選出した有権者の代表者ではなく、全国民の代表者である。すなわち国民全体の奉仕者であって、その一部に過ぎない有権者への奉仕者ではない

⇒有権者は議員に対して命令をすることはできない(命令的委任の禁止)。

⇒命令に反したことを理由として解任する権利はない(リコールの禁止)。

○国民投票の禁止:有権者に国民代表たる議会を上回る権限を授与することになる

○議会の解散=総選挙の禁止:事実上国民投票と同じ効果を持つ

 

(三) わが国憲法の解釈

1 狭義の国民主権説を採用しているとする説の根拠=通説

(1) 実質的根拠

a 人民主権説を採ると、全国民が主権を有する国民と主権を有しない国民とに二分されることになるが、主権を有しない国民の部分を認めることは民主主義の基本理念に背く。

b 憲法は、選挙人の資格を法律で定めることとしている(憲法44条)。そして国会は、技術的その他の理由に基づいて、年齢、住所要件、欠格事項等を法律で定めることにより、その資格を制限している。人民主権説だと、有権者集団が人民とされるが、主権を有する国民の範囲を、法律が決定するのは論理矛盾である。

(2) 形式的根拠

a 憲法前文は「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」するとし、また「その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使する」と定めているが、これは間接民主制を採用することを示している。

b 憲法11条及び97条は、基本的人権の主体として「現在及び将来の国民」という表現を使用している。

c 152項、431項はいずれも全国民の代表という概念を使用している。

d 44条、47条は、議員及び選挙人の資格、選挙に関する事項を法律で定めるとしており、41条及び591項により、国会単独立法の原則がとられている。

e 51条が命令的委任の禁止を明記している。

f 我が憲法は二院制を採用しているが、人民主権説で二院制を説明することは不可能である。

2 人民主権説を採用しているとする説の根拠=杉原泰雄、北野弘久、辻村みよ子等

(1)  実質的根拠

主権論とは、「国内における国家権力自体の帰属を指示する法原理である。国家意思の最終または最高の決定権、国家権力の究極の淵源、憲法制定権力などの帰属を指示する原理ではない」

(杉原泰雄『憲法T』有斐閣法学叢書195頁)。

(2)  形式的根拠

a 憲法96条でいう国民は、明らかに有権者集団の意味である。

b 151項の公務員選定・罷免権、同3項及び44条但書の定める普通選挙は、人民主権的に理解できる。

c 憲法95条の地方自治特別法では、有権者集団に法律の拒否権を認めている。

d 憲法7条解散が憲法慣行として確立しており、国民投票の制度は実質的には存在している。

e 51条は命令的委任の禁止を定めていることは確かだが、次の選挙で落選することをおそれる議員は、実質的には命令的委任の下にある。

 

三 狭義の国民主権原理の普通選挙による変容

(一) 最初期=純粋代表

  狭義の国民主権原理における選挙制度

選挙人及び被選挙人は、国全体の利益を考えることができるような人物に限定

⇒制限選挙の要請

○各議員はすべて自分の信念にしたがって国全体の利益を追求するのであって、そこに党派的行動はあり得ない。

⇒政党は敵視される

 

(二)普通選挙の導入

 1 半代表

各人はその個人的利益を追求することを優先して投票行動をとる

 ⇒代表者は、選出母胎の利益の追求を目指して激突する

 ⇒政党の誕生=議会は党利党略の場と化する

衝突と妥協の中から、自ずと国全体にとって最善のものが選択される

 2 半直接代表制

 主権者たる国民が、その代表者に過ぎない議会によって害される可能性

 ⇒直接民主制の導入により、半代表制の持つ欠陥の補正

 国政レベル

有権者集団を正当性の契機たる国民を代表するものとする

=権力性の契機としての国民

⇒憲法改正(96条)

⇒最高裁判所裁判官の国民審査(79条)

 地方政レベル

住民を正当性の契機たる国民を代表するものとする。

⇒全面的な人民主権制度の導入

 

四 参政権の本質

(一) 二元説

「選挙人は一面において、選挙を通じて、国政についての自己の意思を主張する機会が与えられると同時に、他面において、選挙人団という機関を構成して、公務員の選定という公務に参加するものであり、前者の意味では参政の権利をもち、後者の意味では公務執行の義務を持つ」という二重の性格を有する

(清宮四郎『全訂憲法要論』法文社152頁)

 ○ 一面で権利性を強調して国会の裁量権を制限する

⇒国会議員の議員定数不均衡を違憲と判断しうるのは、それが国民の権利の不当な制約となるからである。

 ○ 他面において、公務性を強調して、参政権の制約を肯定する。

⇒議員定数についての国会の裁量権の存在を肯定する結果、衆議院については31,参議院については61を越えなければ違憲とはならないという最高裁の判断根拠

⇒公職選挙法が定める選挙犯罪者等に対する公民権停止処分は、選挙権の公務性に基づく最小限度の制限として許容される。

(二) 権利説

 人民主権説を背景とする参政権を文字通り権利と捉える立場

 ⇒選挙権は原則として11でなければならず、したがって最大でも21を越えてはならない

 ⇒公民権停止処分については、選挙権の内在的制約を超える不当な制限であって違憲

(もっとも選挙の公正確保のため、必要最小限にとどまる限り許されるというような論理で、実際には許容する)。