憲法人権論 第9回
甲斐 素直
プライバシーの権利(その
2)公法上の権利としてのプライバシー
一 その発達の歴史
(一) 初期
3版、453頁)「この権利は、人間の実存と創造性にかかわるものとして、公法の領域でも妥当すべきものと解されるに至った。」(佐藤幸治、第
この結果、プライバシーとして論じられるものが、当初の概念よりも著しく膨張した。
○前科照会の禁止(最高裁昭和
56年4月14日=百選42頁)(二) 後期
情報化社会の出現による決定的変質
断片的な情報そのものは公開されているか、誰もがアクセス可能なものであるが、それが電算化されることにより、相互に連結、総合することが可能となり、その結果、断片的な情報の積み上げに止まらない個人のプロフィールが当該個人の知らない間に広く伝搬する可能性が発生した。こうした形の権利侵害に対応するためには、個々の情報が私生活上の秘匿度が高いかどうかに関係なく、個人情報の蓄積〜外部への提供の段階で、その情報の主体たる個人に、積極的、予防的な権利を認める必要が発生した。これもプライバシーの名の下に理解されることになった。
二 憲法上のプライバシーの定義
(一) 人格的利益説からの定義=自己情報コントロール権
3版、453頁)「個人が道徳的自律の存在として、自ら善であると判断する目的を追求して、他者とコミュニケートし、自己の存在にかかわる情報を開示する範囲を選択できる権利」
(佐藤幸治、第
「個人にかかわる情報のうち道徳的自律の存在としての個人の実存にかかわる情報」
⇒自己情報コントロール権
(二) 一般的行為自由説からの定義=社会的評価からの自由権
250頁)「プライヴァシーを、自由から切り離して考えることはできない。プライヴァシーとは、個人がある確実な私的領域を持っていること、その領域には他人が進入できないことを指す。プライヴァシー権は、社会的評価から自由な活動領域を個人に与えるための法上の概念であり、自由という保護領域の典型例である。プライヴァシーは、対自的自我(意識体験としての自我)と対他的自我(他者との対立や関係交渉によって感知される自我)との間の個体内コミュニケイションを自由に解放して、人間の精神の平穏さを守るのである」 (阪本昌成『憲法理論U』成文堂
↓
「プライヴァシー権を自己情報コントロオル権と同視することを避ける。自己情報コントロオル権といわれる権益から、情報化社会への対抗策を志向すべきではなく、個人情報を大量に収集・処理している組織体の責務(情報管理責任)を明らかにすることからアプロオチすべきところであろう。(同254頁)」
注:戸波江二は一般的行為自由説を採りつつ、自己情報コントロール権を認める。
三 自己情報コントロール権の内容
情報は、すべてのものが大なり小なり、相互に関連しているから、単に自己に関係のある情報というだけでは、範囲の限定が不可能である。
⇒どう考えれば具体的権利性を確保できるか?
(一) プライバシー固有情報⇒その種情報収集の原則的禁止
センシティブ情報=個人の生き方・生活・生存の基本的内容(全体像)を示す個人情報
@正当な理由又は本人の同意なしに他者に非公知の個人情報を収集されない権利
A他者により正当に収集された自己情報であっても、その収集目的を越えて利用・開示されない権利
B他者がいかなる自己情報を保有しているかについて本人が確認・閲覧できる権利
C正当な理由なく保有されている自己情報の削除・訂正請求権
(二) プライバシー外延情報⇒他への提供の原則的禁止
(三) その具体的現れ
1 在日台湾人身上調査票訂正請求権(東京高裁昭和
63年3月24日)「他人の保有する個人の情報が、真実に反して不当であって、その程度が社会的受忍限度を超え、そのため個人が社会的受忍限度を超えて損害を蒙るときには、その個人は、名誉権ないし人格権に基づき、当該他人に対し不真実、不当なその情報の訂正ないし抹消(以下単に「訂正」という。)を請求し得る場合があるというべきであるが、現行法制はその請求の要件につき整備された法条・法理の表現を具備していない状態にあるというべきであるから、いかなる場合に個人情報の訂正請求が認容されるかは、個々具体的な事案に即し、当該情報の種類・性質・内容、その情報の誤りの程度・態様・誤りの生じた理由、その情報の誤謬箇所を訂正しないことによって受けるべき当該個人の不利益並びにその誤謬箇所を訂正することによって受けるべき当該他人の不利益の有無・程度、さらに、公共の具体的利害の有無ひいては当該他人が国その他の公共団体である場合の行政処分或いは公共の利益との関連など、諸般の具体的事情、関係者の関連法益を総合考量し、憲法以下事案に関係する各実定法の関連各法条・法理、さらに信義誠実の原則、衡平の法理に照らし、判断せられるべき問題である。」
2 プライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドラインに関するOECD理事会勧告
(1)(収集制限の原則)
個人データの収集には制限を設けるべきであり、いかなる個人データも、適法かつ公正な手段によって、かつ適当な場合には、データ主体に知らしめ又は同意を得た上で、収集されるべきである。
(2)(データ内容の原則)
個人データは、その利用目的に沿ったものであるべきであり、かつ利用目的に必要な範囲内で正確、完全であり最新なものに保たれなければならない。
(3)(目的明確化の原則)
個人データの収集目的は、収集時よりも遅くない時点において明確化されなければならず、その後のデータの利用は、当該収集目的の達成又は当該収集目的に矛盾しないでかつ、目的の変更毎に明確化された他の目的の達成に限定されるべきである。
(4)(利用制限の原則)
個人データの収集目的は、収集時よりも遅くない時点において明確化されなければならず、その後のデータの利用は、当該収集目的の達成又は当該収集目的に矛盾しないでかつ、目的の変更毎に明確化された他の目的の達成に限定されるべきである。
(a) データ主体の同意がある場合、又は、
(
b) 法律の規定による場合
(5)(安全保護の原則)
個人データは、その紛失又は不正なアクセス、破壊、使用、修正、開示等の危険に対し、合理的な安全保護措置により保護されなければならない。
(6)(公開の原則)
個人データに係わる開発、運用及び政策については、一般的な公開の政策が取られなければならない。個人データの存在、性質及びその主要な利用目的とともにデータ管理者の識別、通常の住所をはっきりさせるための手段が容易に利用できなければならない。
(7)(個人参加の原則)
個人は次の権利を有する。
(a) データ管理者が自己に関するデータを有しているか否かについて、データ管理者又はその他の者から確認を得ること
(
b) 自己に関するデータを、(
i)合理的な期間内に、(
ii)もし必要なら、過度にならない費用で、(
iii)合理的な方法で、かつ、(
iv)自己に分かりやすい形で、自己に知らしめられること。
(
c) 自己に関するデータに対して異議を申し立てること、及びその異議が認められた場合には、そのデータを消去、修正、完全化、補正させること。
(8)(責任の原則)
データ管理者は、上記の諸原則を実施するための措置に従う責任を有する。
3 行政機関の保有する電気計算機処理にかかる個人情報の保護に関する法律(昭和63年法95号、いわゆる「個人情報保護法」)
4 国民総背番号制とプライバシー
2002年8月「住民基本台帳ネットワーク」運用開始住民基本台帳法の一部を改正する法律=
住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資するため、市町村の区域を越えた住民基本台帳に関する事務の処理及び国の行政機関等に対する本人確認情報の提供を行うための体制を整備し、あわせて住民の本人確認情報を保護するための措置を講ずる。
(1) 住民票コードに関する事項
住民票の記載事項として「住民票コード」を加える。市町村長は、住民票に、転入者については前住所地における住民票コードを、初めて住民票が作成される者については全国を通じて重複しない住民票コードを記載する。
(2) 本人確認情報を保護するための措置
a
市町村長、都道府県知事又は指定情報処理機関は、本人確認情報の漏えいの防止など、本人確認情報の適切な管理のための安全確保の措置を講じなければならない。b
この法律の規定に基づく事務の遂行以外の目的のための都道府県知事又は指定情報処理機関の本人確認情報の利用・提供を禁止する。c
住民は、都道府県知事又は指定情報処理機関から自己に係る本人確認情報について開示を受けることができる。d
市町村長、都道府県知事又は指定情報処理機関は本人確認情報に関する事務の実施に関する苦情の適切かつ迅速な処理に努める。5 個人情報の保護に関する法律
第一条 この法律は、高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることにかんがみ、個人情報の適正な取扱いに関し、基本原則及び政府による基本方針の作成その他の個人情報の保護に関する施策の基本となる事項を定め、国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めることにより、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする。
第二条 この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。
(1) 利用目的の特定、利用目的による制限(
15条、16条)個人情報を取り扱うに当たり、その利用目的をできる限り特定
特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えた個人情報の取扱いの原則禁止
(2) 適正な取得、取得に際しての利用目的の通知等(17条、18条)
偽りその他不正の手段による個人情報の取得の禁止
個人情報を取得した際の利用目的の通知又は公表
本人から直接個人情報を取得する場合の利用目的の明示
(3) データ内容の正確性の確保(19条)
利用目的の達成に必要な範囲内で個人データの正確性、最新性を確保
(4) 安全管理措置、従業者・委託先の監督(20条〜22条)
個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置、従業者・委託先に対する 必要かつ適切な監督
(5) 第三者提供の制限(23条)
本人の同意を得ない個人データの第三者提供の原則禁止
本人の求めに応じて第三者提供を停止することとしており、その旨その他一定の事項を通知等しているときは、第三者提供が可能
委託の場合、合併等の場合、特定の者との共同利用の場合(共同利用する旨その他一定の事項を通知等している場合)は第三者提供とみなさない
(6) 公表等、開示、訂正等、利用停止等(24条〜27条)
保有個人データの利用目的、開示等に必要な手続等についての公表等
保有個人データの本人からの求めに応じ、開示、訂正等、利用停止等
(7) 苦情の処理(31条)
個人情報の取扱いに関する苦情の適切かつ迅速な処理
(8) 主務大臣の関与(32条〜35条)
この節の規定の施行に必要な限度における報告の徴収、必要な助言
個人情報取扱事業者が義務規定(努力義務を除く)に違反し、個人の権利利益保護のため必要がある場合における勧告、勧告に従わない一定の場合の命令等
主務大臣の権限の行使の制限(表現、学問、信教、政治活動の自由)
(9) 主務大臣(36条)
個人情報取扱事業者が行う事業等の所管大臣。規定の円滑な実施のために必要があるときは、内閣総理大臣が指定
四 プライバシー類似の権利
(一) 欲せざる意見や刺激によって心をかき乱されない自由
⇒静穏のプライバシー=囚われの聴衆
例:サブリミナル効果
電車内の広告放送(最高裁昭和63年12月20日=百選50頁)
同じプライバシーの権利と呼ばれるが、自己情報コントロール権に比べると遙かに弱い権利である。
(二) 自己決定権=人格的自律のプライバシー
一定種類の重要な決定を独自に行う自由(広義のプライバシーの権利=芦部憲法学U355頁)
例:尊厳死
エホバの証人と輸血の拒否
女性の妊娠中絶権