憲法=人権論第
11回通信の秘密
甲斐素直
一 自己の意思の対外的伝達
1 一般に公開する(公的なコミュニケーション) ⇒表現の自由
2 特定の者に伝達する(私的なコミュニケーション)⇒通信の秘密
3 公開の討議(中間的なコミュニケーション)⇒どう扱うか?
二 通信
伝統的な定義:通信とは封書や葉書、電信・電話のように、「当事者間の地理的な隔たりのために、第三者の仲介に依拠する特定人どおしの私的なコミュニケーション」(鈴木秀美「通信の秘密」『憲法の争点(第3版)』118ページ)
問題点1:この定義は、隔地者でない場合には憲法35条の住居の不可侵などによって保護されると考える(参照:高橋正俊「通信の秘密」『憲法の争点(第2版)』104頁)。しかし、35条は手続的保障の規定であるから、実体的にそこにどのような権利が存在しているかの回答とはなっていない。
問題点2:私人の看取する屋内などについては35条で律しうるとしても、公道・広場や電話ボックス内の会話を電子装置を使用して盗聴されることからの保護が必要
⇒米国憲法修正4条の保障するのは、「場所ではなく、人である」
「不合理な捜索及び逮捕または押収に対し、身体、家屋、書類及び所有物の安全を保障されるという人民の権利は、これを侵してはならない。令状は宣誓または確約によって裏付けられた相当な理由に基づいてのみ発せられ、かつ捜索されるべき場所及び逮捕されるべき人または押収されるべき物件を特定して示したものでなければならない。」
私の定義:音声、書簡、電気通信その他、媒体の如何を問わず、特定人間において行われる一切の私的コミュニケーション
三 通信の秘密の意義
通信の秘密の意義に関する学説
(一) 表現の自由・プライバシー説:21条を根拠に通信の秘密が依然として表現の自由の一環であることを承認しつつ、プライバシーの権利の一環であることも承認する、という折衷的な考え方(おそらく通説)
○「通信が他者に対する意思の伝達という一種の表現行為であることに基づくが、更に、公権力による通信内容の探索の可能性を断ち切ることが政治的表現の自由の確保に連なるという考え方もそこにひそんでいると解される。」(芦部信喜『憲法』新版補訂版、199頁)
○「個人間の意思伝達が個人の意思形成にかかわり、表現活動の前提となるので、その秘密を保護し、公権力による監視を排除する趣旨を持つものである。」(右崎正博「通信の秘密」佐藤幸治編著『要説コンメンタール日本国憲法』三省堂1994年刊、155頁)
(二) プライバシー説:プライバシーの権利説そのものであって、表現の自由とは独立の権利と考える立場。この説は、上記表現の自由・プライバシー説が、表現の自由の法理を混在させることを批判しつつ、次のように説く。
「(通信の秘密)は本来プライヴァシイの問題と考えられる。意思・情報の人格間での伝達の保護が眼目となっており、この保護は個人の持つ秘匿欲求に応ずるものと見られるからである。かかる保障の一般的根拠は憲法13条の『幸福追求権』に基づくものであるが、それが当人の管理範囲内で行われる場合には35条の『住居等の不可侵』による。」(高橋正俊前掲論文より引用)
(三) 通信の自由説:21条に定められていることを直視し、プライバシーから峻別された表現の自由の一環として通信の秘密を理解しようとする立場。すなわち、プライバシー説ないし表現の自由・プライバシー説で把握するときは、ここで秘密と呼ばれているものはプライバシーを意味する、という議論であるのに対して、表現の自由の一環として把握するときは、通信の自由が保護され、その消極形態として、通信の秘密も保護されるという論理構造をとることになる(阪本昌成『憲法理論V』成文堂140頁参照)。
この説は、秘密の概念における異質性という点で上記二説と相違する。すなわち、秘密とは、第三者の知得を排除する意図があって初めて成立する概念であると説く。したがって、表面上も封鎖性が期待されることの明らかな封書や小包に限られる。葉書やインターネット通信のようなものには、第三者の知得を排除する意図があるとは認められないから、それらを対象に通信の秘密侵害という問題は起こり得ない。あるいは、先に論じた直接的な私的会話の場合、偶然脇にいれば耳にはいるような状態下で行われている私的会話については、通信の秘密の対象とはならないので、公権力が故意に傍受しても問題にならないと考えるべきである、と説く。これに対して表現の自由・プライバシー説ないしプライバシー説に立つ場合には、それらについても私的コミュニケーションである限り、プライバシーが成立するから、そのコミュニケーションが実質的に保護に値する秘密性を有するか、また、通信の当事者が秘密にすることを欲するか否かに関わりなく、通信の秘密を侵害する行為と評価されることになる。
四 通信の秘密の内容
(一) 不可侵性の内容
第一に、通信の有無そのものが秘密となる。
守秘義務者は、公権力からの問い合わせに対して、単に特定当事者間に通信が存在した事実を明かすことも、また禁じられることになる。
⇒刑事訴訟法197条2項「捜査については、公務所または公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」に基づき、郵便官署や電気通信事業者が、通信に関する事項を報告するのは許されない。
第二に、通信の外形から知ることのできる事柄、すなわち通信当事者の氏名・住所、通信日時、通信の場所等もまた保護の対象となる。通信の回数もまた、保護対象である。
第三に通信の内容が保護の対象となる。先に述べたように、その内容が実質的に保護に値する秘密性を有するか、また、通信の当事者がその内容を秘密にすることを欲するか否かに関わりない。
(二) 私人間効力
通説は、通信の秘密は国家からの侵害に向けられた保護でありるので、私人による侵害までもカバーするものではないと説く。
⇒プライバシーの一環と読む時には妥当ではない
○ 電気通信事業法
3条 電気通信事業者の取扱中に係る通信は、検閲してはならない。
4条
1
項 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。2
項 電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取り扱いに係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。○ 刑法が私人の信書開封行為を処罰している(133条)。
(三) 検閲の意義
事前・事後を問わず、公権力による通信に対する調査・探求を禁ずる(通説)。
五 通信の秘密の限界
通信の秘密は絶対的な保障を意味するものではない
「(
(2) 通信の秘密と並列関係にあると考えられる住居等の不可侵は、その保障解除について詳しく規定する、ことなどから推測される。」(高橋前掲書より引用))
(一) 郵便物
憲法35条⇒刑事訴訟法100条⇔99条と対比せよ
違憲の疑いが濃い(例えば田宮裕『ホーンブック刑事訴訟法』北樹出版108頁参照)。
(二) 盗聴
1 一方当事者の了解に基づく盗聴
内閣法制局意見(昭和38年12月9日付)
犯人の「逮捕に必要な限度においては、事柄の性質上、現行犯人の私生活の秘密を含む基本的人権が即時的に侵害を受けるのはやむを得ない」ことで「日本国憲法33条及び35条も、このことを当然の前提としていることは明らか」
⇒脅迫等を含む通信は、通信の秘密の保護対象ではない
2 双方の了解のない盗聴
郵便物と異なり、電話等の場合は、あらかじめ盗聴すべき対象を限定することがきわめて困難⇒ある程度包括的な許容を予定せざるを得ない。通説は、
「
b 特に盗聴に依らねばならない特殊事情が存在すること、
c@ある特定の犯罪がすでに犯され、または犯されつつあること、
Aその会話がある特定の電話または場所で行われるであろうこと、を信ずるに足る相当の理由があること」を最低基準にすべきものとする(佐藤幸治・芦辺編憲法U、665頁)。
通信傍受法についてはどう考えるか?
六 中間的コミュニケーション
例:公開討論会におけるパネラー同士の討論
インターネット上の電子会議室・電子掲示板
(一) 対抗言論の法理が認められる根拠
動物病院対2チャンネル事件東京高裁平成14年12月25日判決より引用
(二) 対抗言論の法理の限界
1 対等当事者といえない場合
「本件においては,本件掲示板に本件各発言をした者は,匿名という隠れみのに隠れ,自己の発言については何ら責任を負わないことを前提に発言しているのであるから,対等に責任をもって言論を交わすという立場に立っていないのであって,このような者に対して言論をもって対抗せよということはできない。」(同上)
2 当初から同じ土俵に登っているのではない場合
○ 公開討論の場合には、討論者はいずれも自ら選んでその場に立っている。
○ 電子会議室・掲示板等で論争がエスカレートして、侮辱的な言辞が飛び交う場合も同様である。
○ しかし、気が付いてみれば、いつの間にか、侮辱的な言辞を連ねたスレッドが作られていた場合に、そのような媒体に不慣れなものに、後から、侮辱者と同じ土俵で戦わない限り、裁判所が救済しない、というのは、明らかに不適当である。
3 名誉毀損(具体的な事実の摘示)ではない場合
「上記の各発言は,Aの議論の中では,その主張を裏付ける意味をおよそ有せず,また,Xの主張を反駁するためにされているとも解せられず,Xの公表した事実が犯罪に当たることを言葉汚く罵っているに過ぎないのであり,言論の名においてこのような発言が許容されることはない。
フォーラムにおいては,批判や非難の対象となった者が反論することは容易であるが,言葉汚く罵られることに対しては,反論する価値も認め難く,反論が可能であるからといって,罵倒することが言論として許容されることになるものでもない。」
ニフティ・サーブ事件控訴審平成13年9月5日判決より引用
(三) プロバイダーの責任
プロバイダーが国家機関である場合、その行う削除行為に対しては、検閲ないし事前抑制禁止の法理の適用を考えなければならないことは明らか
⇒その私人間適用という難しい問題になる。
⇒立法的解決=プロバイダー責任法
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律
(平成13年11月30日法律第137号)
(趣旨)
第一条 この法律は、特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害があった場合について、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示を請求する権利につき定めるものとする。
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 特定電気通信 不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(電気通信事業法 第2条第1号 に規定する電気通信をいう。以下この号において同じ。)の送信(公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。)をいう。
二 特定電気通信設備 特定電気通信の用に供される電気通信設備(電気通信事業法第2第2号 に規定する電気通信設備をいう。)をいう。
三 特定電気通信役務提供者 特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者をいう。
四 発信者 特定電気通信役務提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者をいう。
(損害賠償責任の制限)
第三条 特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害されたときは、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下この項において「関係役務提供者」という。)は、これによって生じた損害については、権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合であって、次の各号のいずれかに該当するときでなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該関係役務提供者が当該権利を侵害した情報の発信者である場合は、この限りでない。
一 当該関係役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき。
二 当該関係役務提供者が、当該特定電気通信による情報の流通を知っていた場合であって、当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき。
2 特定電気通信役務提供者は、特定電気通信による情報の送信を防止する措置を講じた場合において、当該措置により送信を防止された情報の発信者に生じた損害については、当該措置が当該情報の不特定の者に対する送信を防止するために必要な限度において行われたものである場合であって、次の各号のいずれかに該当するときは、賠償の責めに任じない。
一 当該特定電気通信役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったとき。
二 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者から、当該権利を侵害したとする情報(以下「侵害情報」という。)、侵害されたとする権利及び権利が侵害されたとする理由(以下この号において「侵害情報等」という。)を示して当該特定電気通信役務提供者に対し侵害情報の送信を防止する措置(以下この号において「送信防止措置」という。)を講ずるよう申出があった場合に、当該特定電気通信役務提供者が、当該侵害情報の発信者に対し当該侵害情報等を示して当該送信防止措置を講ずることに同意するかどうかを照会した場合において、当該発信者が当該照会を受けた日から七日を経過しても当該発信者から当該送信防止措置を講ずることに同意しない旨の申出がなかったとき。
(発信者情報の開示請求等)
第四条 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下「開示関係役務提供者」という。)に対し、当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の開示を請求することができる。
一 侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。
2 開示関係役務提供者は、前項の規定による開示の請求を受けたときは、当該開示の請求に係る侵害情報の発信者と連絡することができない場合その他特別の事情がある場合を除き、開示するかどうかについて当該発信者の意見を聴かなければならない。
3 第一項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない。
4 開示関係役務提供者は、第一項の規定による開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じた損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該開示関係役務提供者が当該開示の請求に係る侵害情報の発信者である場合は、この限りでない。