憲法人権論第15

                           甲斐素直

         適正法定手続条項と行政手続き

一 その源流

 憲法31条=英米法におけるdue process of lawの理念のわが憲法における現れ

⇒手続及び実体要件の双方について法定されなければならないのみならず、内容も共に適正なものでなければならない。

(一) マグナカルタ39条(現在もイギリス憲法として有効)

 「 いかなる自由人も、その同輩者による合法的裁判によるか、もしくは国土の法によるにあらずして、逮捕、監禁、権利もしくは財産の剥奪、法外放置、追放その他の方法により地位を剥奪されることはなく、朕が軍を派遣することも、他の者を送ることもない。」

(二) アメリカ合衆国憲法修正5

 「何人も・・法の適正な過程によらずに生命、自由または財産を奪われることはない。」

⇒手続き面での保障

(三) 同修正141

 「いかなる州も法の適正な過程によらずに、何人からも生命、自由または財産を奪ってはならない。」

⇒アメリカ連邦最高裁によって、実体的デュープロセス(substantive due process)と理解される

→わが国の場合には、無名基本権は13条の幸福追求権として理解するので、実体的デュープロセスという理解は必要ない。

(四) わが国への継受

31条⇒「法律の定める手続きによらなければ(except according to procedure established by law)」という表現をとって、“due process of law”いう表現はあえてとられていない

 

二 学説の推移

(一) 憲法31条が手続き的デュープロセスであることの否定説=美濃部達吉『新憲法逐条解説』1947年刊70頁参照

(二) 手続き的デュープロセス肯定説=法学協会編『註解日本国憲法』1953年刊、

「被告人の言い分を充分聴取(rechtliche Gehoer)しないで処罰したり、曖昧で、広い内容を持った刑法を制定したりしたときなどのように、憲法のどの条文に反すると明らかにはいえないが、憲法の精神に反するといわざるをえない場合がある。このような場合本条によって救済するのが妥当である。この限度で英米法の『適法手続』を採用したと解するのは、全体として英米法の影響を受けたわが憲法の解釈として不当ではないと思われる。」(588頁より引用)

○ 行政手続きについては否定

「本条は、刑事に限定されたものであろうか、それとも、ひろく生命、自由、財産に対する一切の侵害に対する保障を規定したものであるか。アメリカ憲法は後者である。しかし、わが憲法は、『生命もしくは自由を奪われ、またはその他の刑罰を科せられない』としているのであって、アメリカ憲法のように、たんに「生命、自由、財産を奪われない」としているのとは異なる。条文の位置からいっても、刑事手続きに関する一群の規定の最初に置かれている。また、わが憲法には、自由権、平等権、財産権、労働権について、幾多の規定が設けられているから、本条によって、アメリカ憲法のように経済活動までも含んだ包括的な自由保障の規定と解する実質的な必要も存在しない。このような理由から、本条は、少なくとも主眼としては刑罰に関する規定と解するのが妥当であろう。」(584頁)

(三) 手続き的デュープロセス肯定説の通説化(宮沢俊義『日本国憲法』1950年刊)

「『法律の定める手続』は、かような意味において、いわゆる『妥当な法の手続』(due process of law)とその趣旨を同じくするといえよう。」(285頁)

○ 行政手続きへの準用肯定説=宮沢俊義『日本国憲法』1950年刊、

「かならずしも刑罰の場合以外は、『法律の定める手続き』によらずに、自由を侵していいという意味ではない。そういう場合には、当然、本条が、ことの性質に応じて、準用されるべきものとおもう。たとえば、少年法による保護処分や伝染病予防法による強制収容などは、やはりそれぞれの性質に即した『法律の定める手続き』によるべきものである。」 (286頁)、同旨 杉原泰雄、芦部信喜

(四) 行政手続きへの適用肯定説=高柳信一「行政手続きと人権保障」清宮・佐藤功編『憲法講座』21963年刊、260

「現代国家において増大してやまない行政権力をこの手続き的保障の埒外に放してしまったのでは、国民の自由保障の核心が失われるであろう。憲法上記の文言の単なる形式論理的解釈ですますことなく、個々の手続き的保障の本旨と個々の行政手続きの性質に即して、具体的に慎重に検討されなければならない。」

⇒この説の段階では、上述の少年法による保護処分や伝染病予防法による強制収用などについて、適用を肯定するのであって、広く行政手続き全体について、適用を肯定するのではない。

(五) 単純肯定説=浦部法穂『全訂憲法学教室』267

「こんにちにおいては、かつての『消極国家』の時代とは違って、刑罰権のみを制約することだけで人権侵害の危険性がのぞかれるものではない。『積極国家』という言葉で表されるように、こんにちの国家は国民生活に多種多様な形で単に秩序維持・弊害除去といった消極的な形だけでなく、より積極的に特定の政策目的を推進するなどの形でーかかわりをもつようになっている。ここでは、必然的に、行政権の役割が増大する。このように、行政権の機能が増大し国民生活に大きくかかわるものになってくると、行政権の行使による国民の権利・自由侵害の危険性が、刑罰権の発動による場合と同じく、(あるいはそれ以上に)、重大な問題とならざるを得ない。そうであれば、人権保障のためには、行政権の発動についても、適正な手続きによるべきことが要請されなければならないことになる。」

(六) 31条ではなく、13条から行政手続きにおけるデュープロセスを肯定する説=佐藤幸治『憲法』第3462

「公権力が法律に基づいて一定の措置をとる場合、その措置によって重大な損失を被る個人は、その措置がとられる過程において適正な手続き的処遇を受ける権利を有すると解される。この点、31条を根拠にこの権利を肯定する説もあるが、31条の表現及び憲法体系上の位置に照らし、基本的には13条の『幸福追求権』の問題とすべきである。」

 同旨 松井茂記『憲法』第2522頁、

(七) 手続き的法治国家説

ドイツ法系にいう法治主義(Gesetzmassigkeit)による説明

「これは、憲法の具体的条文によるのではなく、日本国憲法における法治国の原理の手続法的理解の下に、国民の権利・利益の手続き的保障が憲法上の要請であるとするのである。」(塩野宏『行政法T』有斐閣1994年刊、226頁)

 

三 学説の内容

(一) 刑罰と実質的に同様の機能を果たす秩序罰や、執行罰としての科料

(二) 身体の拘束を伴う行政処分(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律29条以下に基づく知事の強制入院などについて、手続き的保障が及ぶという点についてはほとんど異論がない。

(三)  より一般的に行政手続きにデュープロセス保障は及ぶかという点になると議論が分かれてくる。

「行政手続きにおける手続き的デュープロセスの問題は、概して、そもそも憲法31条が『行政手続き』に適用されるかどうか、という形でしか論じられなかった。しかも憲法31条の要求が『行政手続き』にも適用されるべきだといわれながら、その適用されるべき『行政手続き』というのが具体的にはいかなる手続きを指すのか、いっこうに明らかにはされなかった。

 さらに従来の学説は、そもそも憲法31条が行政手続きに適用されるか否かというレヴェルでの議論に終始したため、憲法31条が適用された場合、いかなる手続きが要求されるのかというレヴェルでの議論が全く欠けてしまった。つまり、具体的な行政の手続きが手続き的デュープロセス違反だとして裁判所で争われたときに、裁判所が手続きの合憲性を判断する具体的な基準の議論が存在しなかったのである。」

松井茂記「行政手続きにおけるデュープロセス」ジュリスト1089273

四 判例の推移

(一) 第3者没収違憲判決=最大昭和371128日(憲法百選第4版 246頁)

「第三者の所有物を没収する場合において、その没収に関して当該所有者に対し何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理であつて、憲法の容認しないところであるといわなければならない。けだし、憲法291項は、財産権は、これを侵してはならないと規定し、また同31条は、何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられないと規定しているが、前記第三者の所有物の没収は、被告人に対する附加刑として言い渡され、その刑事処分の効果が第三者に及ぶものであるから、所有物を没収せられる第三者についても、告知、弁解、防禦の機会を与えることが必要であつて、これなくして第三者の所有物を没収することは、適正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を科するに外ならないからである。」

(二) 個人タクシー事件 最判昭和461028日(行政判例百選268頁)

「多数の者のうちから少数特定の者を、具体的個別的事実関係に基づき選択して免許の拒否を決しようとする行政庁としては、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもっともと認められるような不公正な手続きをとってはならないものと解せられる。」

(三) 川崎民商事件=最大昭和471122日(百選第4260頁)

「憲法351項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続きにおける強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続きが刑事責任追及を目的とするものではないとの理由のみで、その手続きにおける一切の強制が当然右規定による保障の枠外にあると判断することは相当でない。しかしながら前に述べた諸点を総合して判断すれば、旧所得税法7010号、63条に規定する検査は、予め裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからと言って、これを憲法35条の法意に反するものとすることはできない。」

(四) 群馬バス事件   最判昭和50529日(行政判例百選270頁)

「行政庁が行政処分をするにあたって、諮問機関に諮問し、その決定を尊重して処分をしなければならない旨を法が定めているのは、処分行政庁が、諮問機関の決定(答申)を慎重に検討し、これに十分な考慮を払い、特段の合理的な理由のない限りこれに反する処分を行わないように要求することにより、当該行政処分の客観的な適正妥当と公正を担保する事を法が所期しているためと考えられるから、かかる場合における諮問機関に対する諮問の経由は、きわめて重大な意義を有するものというべく、したがって、行政処分が諮問を経ないでなされた場合はもちろん、これを経た場合においても、当該諮問機関の審理、決定(答申)の過程に重大な法規違反があることなどにより、その決定(答申)自体に法が右諮問機関に対する諮問を経ることを要求した趣旨に反すると認められるような瑕疵があるときは、これを経てなされた処分も違法として取り消しを免れないこととなるものと解するのが相当である。」

(五) 米子銀行強盗事件  最判昭和53620日(刑事訴訟法判例百選10頁)

「犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であって、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正に対応してこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないとするのは相当ではなく、〈中略〉捜索にいたらない程度の行為は強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合がある」

(六) 成田新法事件=最大平成471日(憲法百選第4252頁)

【事実の概要】

 東京新国際空港(成田空港)は、1966年の閣議で建設が決定され、1978年に開港が予定されていた。しかし、政府の地元無視の姿勢に怒った農民を中心に当初から空港建設反対闘争が繰り広げられており、1968年頃からはこれに過激派集団が介入して、反対闘争が激化するようになった。過激派集団は、空港反対の拠点として、新空港周辺に合計37箇所の要塞とか団結小屋と称する工作物を設置し、これを拠点に空港施設等に対する過激な破壊活動を展開し、警官に死者が出るなどの事態となり、開港延期に追い込まれていた。そこで、こうした過激派の取り締まりのために急遽制定されたのが成田新法(正式には「新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和53年法律第42号)」)である。

【成田新法】

「第3条 国土交通大臣は、規制区域内に所在する建築物その他の工作物について、その工作物が次の各号に掲げる用に供され、又は供されるおそれがあると認めるときは、当該工作物の所有者、管理者又は占有者に対して、期限を付して、当該工作物をその用に供することを禁止することを命ずることができる。

一 多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用

二 暴力主義的破壊活動等に使用され、又は使用されるおそれがあると認められる爆発物、火炎びん等の製造又は保管の場所の用

三 新東京国際空港又はその周辺における航空機の航行に対する暴力主義的破壊活動者による妨害の用」

【判決】

「憲法31条の定める法定手続きの保障は、直接には刑事手続きに関するものであるが、行政手続きについては、それが刑事手続きでないとの理由のみで、その全てが当然に同条の保障の枠外にあると判断することは相当ではない。

 しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続きは、刑事手続きとその性質において自ずから差違があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合衡量して決定されるべきものであって、常にそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。

〈中略〉行政手続きにおける強制の一種である立ち入りに全て裁判官の令状を要すると解するのは相当ではなく、当該立ち入りが、公共の福祉の維持という行政目的を達成するため欠くべからざるものであるかどうか、刑事責任追及のための資料収集に直接結びつくものであるかどうか、また、強制の程度、態様が直接的なものであるかどうかなどを総合判断して、裁判官の令状の要否を決めるべきである。」

【園部意見】

「個別の行政庁の処分の趣旨・目的に照らし、刑事上の処分に準じた手続によるべきものと解される場合において、適正な手続に関する規定の根拠を、憲法31条又はその精神に求めることができる」

 

五 行政手続法

(一) 告知・聴聞

 聴聞手続きについては第二節聴聞として、15条以下に詳細な規定が置かれている。15条は告知としての行政庁の通知について詳細に定めている。

(二) 文書閲覧

 文書閲覧権については、18条が明文でこれを認めている。

(三) 理由付記

 申請に対する拒否処分の理由提示義務は8条が、不利益処分の場合における理由提示義務は14条が定めている。

(四) 審査・処分基準の設定・公表  

審査基準の設定、公表は5条が保障している。処分基準に関しては12条が定めている。また行政指導を行う際の基準については36条が定めている。