憲法人権論第16回

 甲斐素直

職業の自由とその規制

一 経済的自由権の意義と限界

(一) その歴史的意義

フランス人権宣言:所有権は神聖にして不可侵

 

(二) 精神的自由権との異同

事前抑制の必要性

 

(三) 社会権との異同

表裏の関係

 

二 職業の自由の性格

(一) 職業は「人が自己の生計を維持するために行う継続的な活動」である

⇒経済的自由権としての側面

(二) 職業は「各人が自己の持つ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有する」

⇒精神的自由権としての側面

(「」内は、いずれも昭和50年4月30日最高裁薬事法判決より引用=百選202頁参照)

三 職業選択の自由と職業遂行の自由

 憲法は、職業選択の自由だけを保障していることをどのように考えるか?

「職業は、ひとりその選択、すなわち職業の開始、継続、廃止において自由であるばかりでなく、選択した職業の遂行自体、すなわちその職業活動の内容、態様においても、原則として自由であることが要請される」最高裁薬事法判決より引用

  参考:ドイツ基本法12条1項

「すべてのドイツ人は、職業、職場及び養成所を自由に選択する権利を有する。職業の遂行については、法律によって、又は法律の根拠に基づいて、これを規律することができる。」⇒職業遂行の自由は法律の留保に服する

四 職業の自由と営業の自由の関係

(一) 職業=営業説

「職業選択の自由は、人がその生活を維持するため欲するところにしたがっていかなる職業をも選びうる自由、即ち私経済活動の自由を意味する」註解日本国憲法434頁)

「22条の保障する『職業活動の自由』は、営利追求を目的として主体的に職業を継続する『営業の自由』を含むと解すべきである」(阪本昌成『憲法理論V』225頁)

(二) 職業遂行=営業説

 「自己の選択した職業を遂行する自由、すなわち営業の自由」

(芦部信喜『憲法』新版201頁、戸波江二『憲法』新版285頁)

 「営業とは、職業遂行上の諸活動のうち、営利を目指す継続的で、自主的な活動をいう」                 (伊藤正己『憲法』第三版、360頁)

   ○ 中村睦男は、これが通説とする(『注釈憲法』青林書院、513頁)。

なぜ職業遂行の自由が直ちに営業の自由を意味するのかは、これらの論者は述べていない。一つの参考になる主張として、次のようなものがある。

「職業選択・遂行に関して経済性を帯びない職業についてはやや問題が残ろう。〈中略〉それらは、精神手キー身体的活動として、当該活動の実質面に従い、あるいは信教の自由、あるいは政治的かkつどうの自由として処理されるべきもので、本条は経済的基本権としての側面を規律するに過ぎないと解すべきであろう。」

(佐藤幸治編著『憲法U』316頁=高橋正俊執筆部分)

(三) 営業=公序説

 営業の自由は、イギリスにおいて、公序public policyとして追求されてきたものであり、歴史的に見て人権に属するものではない(岡田予好「『営業の自由』と『独占』および『団結』」東京大学社会科学研究所編『基本的人権5』129頁以下)。

(四) 営業=22/29条説

 営業の自由を営業する自由と営業活動の自由に分けることができ、前者の自由は22条の自由であるが、営業活動の自由は29条の財産権の保障の中で読むべきである

(今村成和「『営業の自由』の公権的規制」ジュリスト460号41頁以下)

「職業決定の自由は本条項(22条)を根拠とするが、職業活動の自由は、ー自営業にあっては、ー本条項のほか29条1項を根拠とする。」

(長尾一紘「日本国憲法」第3版260頁)

   自ら営業の主体となって活動する⇒営業の自由=職業遂行の自由

   被用者として営業活動をする  ⇒営業の自由=財産権の自由(29条)

    ○ 浦部法穂によれば、今やこれが通説という(『全訂憲法学教室』216頁。)。

(五) 営業=29条説

「営業活動・企業活動をおこなうのは、とりもなおさず、みずからの所有権(財産権)を行使することにほかならない」

(奥平康弘『憲法V 憲法が保障する権利』有斐閣法学叢書221頁)。

*       *       *

 どの説によって論じてもよいが、このように説が錯綜していることを念頭に、しっかりした理由付けを考えなければならない。

五 職業の自由の限界

(一) 営業の自由の規制形態

  1 消極規制

 職業活動のもたらす社会的弊害を防止するという観点から、職業ないし営業に加えられる規制(警察規制)

  (1) 禁止: 反社会性の強い職業(例えば売春婦=売春防止法)や職業そのものは社会的必要性が高いものであっても、私人が営業活動として行う場合には弊害が伴いやすい場合(例えば有料職業紹介事業=職業安定法32条1項)については、それに就くことが全面的に禁止され、例外的にも解除されることがない。

  (2) 資格制限(個人免許): 人の生命や安全にかかわったり、高度の専門的知識を必要とする職業については、一般的に禁止をし、国が特に十分な能力を有すると認めたものについてのみ、免許という形で営業の許可を与える。医師、薬剤師、弁護士、調理師、教員等の免許がこれである。

  (3) 営業に関する免許、許可、登録、届出:

@ 正当な資格を有する者が関与していることを確認する手段としての規制

例えば弁護士会に登録しない限り、弁護士活動ができないという規制

A 必要設備が備わっていることの確認手段としての規制

例えば、調剤設備の存在を確認した上で行われる薬局開設の許可。

B 問題が発生した場合に、その営業の差し止めを行い易くする目的で行われる規制

例えば風俗営業の許可。

  2 積極規制

 福祉国家理念の下に、「国民経済の円満な発展や社会公共の便宜の促進、経済的弱者の保護等の社会政策及び経済政策上の積極的目的を達成するための制約」(薬事法判決より引用)

  (1) 国家の独占事業: 郵便事業⇒私人が取り扱うことが許されない。

「市場の失敗」のために、自由主義経済にゆだねた場合には、すべての者にサービスが提供されなくなる性格を有するために、国家が行わざるを得ない事業

  (2) 特許: 電気、ガス、鉄道、その他の公益事業

「市場の失敗」によりサービスの提供が止まることが、一般国民の生存にきわめて深い関わりがあるものについて、特定の者に特許を与えて一定限度で独占を認め、その代償として、料金を認可制にすることによって消費者が独占により被害を受けないようにする

  (3) 独占禁止法に基づく規制:自由競争を実質的に確保する観点から、私的独占状態の発生を防止する事を目的とする種々の規制

  (4) 社会的経済的弱者保護を目的とした規制: 典型的には過当競争により中小企業の倒産を防ぐことを目的とする規制で、大店法や小売商業調整特別措置法等がそれに当たる。規制手段としては、消極規制の場合と同じく、免許、許可、認可、届け出制等が使用されることが多い。

  (5) 専売:たばこ、塩、樟脳、アルコールの専売は、タバコ農家など社会的弱者保護を目的としたもの

  3 政策的規制

 酒販売の免許制:

「租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。」

(最判平成4年12月15日=百選206頁)。

(二) 職業の自由の多様性に関する根拠

 内在的制約の多様性

「本質的に社会的な、しかも主として経済的な活動であつて、その性質上、社会的相互関連性が大きいものであるから、職業の自由は、それ以外の憲法の保障する自由、殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請がつよく、憲法22条1項が『公共の福祉に反しない限り』という留保のもとに職業選択の自由を認めたのも、特にこの点を強調する趣旨に出たものと考えられる。このように、職業は、それ自身のうちになんらかの制約の必要性が内在する社会的活動であるが、その種類、性質、内容、社会的意義及び影響がきわめて多種多様であるため、その規制を要求する社会的理由ないし目的も、国民経済の円満な発展や社会公共の便宜の促進、経済的弱者の保護等の社会政策及び経済政策上の積極的なものから、社会生活における安全の保障や秩序の維持等の消極的なものに至るまで千差万別で、その重要性も区々にわたるのである。そしてこれに対応して、現実に職業の自由に対して加えられる制限も、あるいは特定の職業につき私人による遂行を一切禁止してこれを国家又は公共団体の専業とし、あるいは一定の条件をみたした者にのみこれを認め、更に、場合によつては、進んでそれらの者に職業の継続、遂行の義務を課し、あるいは職業の開始、継続、廃止の自由を認めながらその遂行の方法又は態様について規制する等、それぞれの事情に応じて各種各様の形をとることとなる」(薬事法最高裁判決より引用)。

  1 自由権と消極規制

  (1) 精神的自由権的側面の規制

  通常の対社会的表現活動⇒個々の、単発的な表現行為

  職業形式による対社会的な表現活動⇒反復継続して実施される

⇒過去の経験から、将来に向かっての制限の必要性

→事前抑制の許容=職業の許可制

⇒厳格な審査基準より一段緩和された厳格な合理性基準の使用

  (2) 経済的自由権的側面の規制

 消極規制(警察規制)の概念

行政法学上、警察とは「公共の安全と秩序を維持するために、一般統治権に基づき、人民に命令し強制し、その自然の自由を制限する作用」

(田中二郎『新版行政法下U』全訂第1版、弘文堂253頁)

「警察消極目的の原則」:

警察は、直接に公共の安全と秩序を維持し、これに対する障害を未然に防止し、除去することを目的とする作用であるから、警察はこの消極的な目的のためにのみ活動することができる。

「個人の経済活動に対する法的規制は、個人の自由な経済活動からもたらされる諸々の弊害が社会公共の安全と秩序の維持の見地から看過することができないような場合に、消極的に、かような弊害を除去ないし緩和するために必要かつ合理的な規制である限りにおいて許されるべき」である(薬事法判決)。

 ⇒最小限度法則に基づき厳格な合理性基準が要請される

  2 社会権と積極規制

 対社会的な継続的表現としての機能

⇒自由権と衝突する可能性だけではなく、他者の有する社会権と衝突する場合が発生する。

社会権:

国家が当事者間に積極的に介入して新たな措置をとり、それに伴い、関連する経済的自由権が制約されるという形が発生する。その場合、社会権の保障は、営業の自由に対する制約を最も小さくすればよいというものではなく、むしろ、社会権を最も効率的、経済的に保障できるものがよいということになる。その結果、制約される自由権の側から見ると、単純な最小限度の侵害に止まらない制約を肯定しなければならない場合が発生する。⇒狭義の合理性基準=例:小売市場判決

  3 許可制の合憲性

 許可制=基本的に全面禁止を意味する

⇒営業や職業の自由の精神的自由権としての側面を侵害する

⇒一段と厳しい審査が必要である。

⇒LRAテストが行われなければならない。

@ 消極規制の場合

「一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要するもの、というべきである。そして、この要件は、許可制そのものについてのみならず、その内容についても要求されるのであつて、許可制の採用自体が是認される場合であつても、個々の許可条件については、更に個別的に右の要件に照らしてその適否を判断しなければならないのである(薬事法最判)」。

A 積極規制の場合

B 財政目的による規制の場合

「一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものというべきである」しかし「租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のための職業の許可制による規制については、その必要性と合理性についての立法府の判断が、右の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理なものでない限り、これを憲法二二条一項の規定に違反するものということはできない。」

(最判平成4年12月15日酒類販売許可制合憲判決)

六 財産権的自由と営業の自由

 職業選択の自由をベースとする営業の自由と異なり、この場合には積極規制であるにも関わらず、二分説を採用せず、薬事法事件と同様に厳格な合理性基準で判断している

 制度的保障(私有財産制)における中核  厳格な合理性基準

  周辺部分 二分説