憲法統治機構論第4回

甲斐素直

天皇と地位と権能

 

一 天皇制と天皇の地位にある自然人の関係

憲法上の「天皇」 天皇制(=制度)を天皇と呼ぶ場合 Crown
その地位にある自然人を天皇と呼ぶ場合 King

  例:ウェストミンスター条約前文<英連邦の基本条約>

「国王Crownは、イギリス連邦所属国の自由な連合の象徴Symbolであり、連合諸国は、国王Crownに対する共通の忠誠によって結合されている」

  現行憲法第1章は、もっぱら「天皇制」に関する規定である。

国事行為・・天皇制上の天皇の行為=国家機関としての行為

天皇の行為 公的行為・・天皇の地位にある自然人の公的行為

私的行為・・天皇の地位にある自然人の私的行為

 

二 国事行為の性質

 天皇が「国事行為」を行う

⇒天皇が、その国事行為を行うべき国家機関としての地位を有する

(一) 国事行為についての文言解釈

  1 国事行為には、「国政に関する権能」は含まれていない

  2 国事行為は、憲法そのもののが個別に定める

 ⇒6条及び7条に列挙されている

  3 憲法1条の持つ二重の機能

(1) 国民を主権者であると明確に宣言し、国民主権原理の採用を明らかにすることにより、旧憲法の採用していた天皇主権原理を明確に否定した

(2) 天皇を日本国の象徴である、と宣言することにより、天皇が実質的決定権を有することはないことを明確にした

 以上のことを前提に考えるならば、

@ 国政に関する権限とは、文字通り、国政に関する実質的な決定権を意味する。

⇒国民主権原理の下においては、必然的に国民そのもの及び国民を代表する議会ないしその信任の下に存在する内閣等の権限である。

A それとの対比及び「認証」という形式的・儀礼的行為が多数明示されていることから、国事行為とは、単なる形式的儀礼的な行為にすぎない。

 

(二) 内閣の助言と承認

 天皇が国事行為を行う場合の実質的な決定権の所在を示している(天皇無答責の原則)

⇒単なる輔弼行為ではない(旧憲法55条)。

⇒事前の「助言」と事後の「承認」という2段階の行為は不要

天皇の国事行為が、全体として内閣の実施的決定に服していると認められれば、それがどのような形式をとろうとも問題ではない(百選U370頁)。

 

(三) 国事行為そのものの決定権と国事行為の原因となる決定権の相違

6条・7条各号は、内閣が、国事行為の原因となる決定を実質的に下す権限を含むか?

  1 否定説

  (1) 明らかにそう解することが不可能な規定が存在している

⇒一連の「認証」行為の本質は形式的儀礼的な行為である

⇒認証に対応する内閣の実質的権限が73条に明記されている場合がある

@ 7条6号   ⇔73条7号

A 7条8号、9号⇔73条2号、3号

  (2) 明らかに実質的決定権が内閣にないものが、国事行為に含まれている

@ 内閣総理大臣の決定権は国会にある(憲法6条1項、67条)

A 国務大臣の決定権は、内閣総理大臣にある(同68条)

B 憲法改正は国民の権限で、その公布も「国民の名」で行われる(96条2項)

C 法律は国会の議決のみで成立する(同59条1項)ので、それを国民に知らせる公布を行うか否かの実質的決定権は、国会にある。

  2 肯定説

(1) 否定すると、実質的権限について条文上の根拠のないものが発生する。

 これらをどう考えるかが、説の対立点

@ 国会の召集

A 衆議院の解散

B 国会議員の総選挙の施行の公示

C 栄典の授与

(2) 実質的決定権が内閣にないものについては、助言と承認は不要という説も存在する。

@ 内閣総理大臣の任命については、助言と承認は全く不要

A 国務大臣の任免は、内閣総理大臣単独の助言と承認で足りる。

  天皇無答責の原則とどう調和させるのか?

 

三 象徴天皇制

(一) 象徴概念の内容

「象徴」とは、「無形の抽象的な何ものかを、ある物象を通じて感得せしめる場合に、その物象を前者との関係においていう」(佐藤幸治『憲法』第3版238頁)

  ⇒把握しにくい概念を、よりイメージしやすい他の概念によって置き換えること

(置き換えたものもまた抽象的概念であることに注意!)

    日本の象徴=雉、桜  平和の象徴=鳩

 ここでの雉、鳩、桜は、いずれも実際のものではなく、イメージである。

第1条にいう天皇も、自然人としての天皇ではなく、「天皇制」の持つイメージ

⇒ウェストミンスター条約参照

 

(二) 天皇の象徴性の持つ意味

 君主は一般に象徴性を有する

○ ハンス・ケルゼン「象徴的機能こそが、君主制度の持つ意義」

○ 伊藤博文「国王は国権の肖像なり、故に独逸各国の憲法に明言したるが如く、国王は一切の諸般の政権を統し、憲法に遵い之を施行する者なり」(伊藤編『憲法資料』)

 ⇒明治憲法における天皇に象徴としての機能があったことは疑う余地がない。

  1 天皇の象徴性は旧憲法以来の一貫したものとする説

「明治憲法における天皇が、統治面と象徴面との両面を持っていたのに対し、現行憲法は、象徴面のみを認めることにしたため、これを成文に示した」

(清宮四郎『憲法要論』法文社刊、163頁)

  2 両者の異質性を強調する説

「明治憲法において、天皇が象徴であったのは、その権力性、万能性の故であった。これに対して、日本国憲法においては、天皇が象徴とされるのはその権力性・万能性の故ではなく、むしろその非権力性・無力性の故である。」

(佐藤功『日本国憲法概説』学陽書房刊)

(三) 公的行為

  1 説の対立

  (1) 象徴としての地位に基づく行為説

 日本国憲法1条後半「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」

前半の全体を指示していると読むことが可能

⇒憲法が天皇に、国事行為を行うための基礎となる国家機関たる地位とは別に、象徴たる地位があると宣言していると解釈できる。

    ⇒地位があれば、それに基づく権能も当然に存在する

⇒現実に天皇が行っている、

@ 国会の開会式に参列されて「お言葉」を賜る行為、

A 外国の元首などとの親書・親電の交換、

B 公的色彩のある国内巡幸や外国訪問等の活動

は、国事行為に含まれておらず、かつ、私人としての行為でもない。これが憲⇒象徴としての地位が、「公的行為」を許容しているから

⇒自らの行為決定権はなく、内閣の助言と承認を必要とする

 この説の弱点

病気、旅行等の理由で公務に携わることができない間は、摂政その他の代行者によって公的行為を行うことが不可能

⇒摂政等は天皇ではないから、「象徴」としての役割を有しない(異説はない)

⇒象徴としての地位に基づく行為の代行は不可能

  (2) 公的行為禁止説

 憲法の文言に忠実に、国事行為以外は、私的行為しかすることはできないと考える

@ 妥協説:公的行為をできるだけ許容するため、例えば国会の開会式に出席される行為は7条10号に該当しようと読む立場(坂本昌成『憲法理論T』)

A 厳格説:現在公的行為として行われているものはすべて違憲として排除する

  (3) 公人としての地位説

首相その他の国務大臣に、国家機関としての地位に基づく権限とは別に、その地位にある自然人に認められる公人としての地位を考えることができる。こうした公人としての地位に基づく権能として、首相等は、憲法に定められた権能以外の様々な活動を行っているし、そうした公人としての活動に対しては、国費の支弁も許されている。

 同様に、天皇としての地位にある自然人もまた、公人としての責任と同時に、公人としての権能も有している、と考える立場

⇒こうした公人としての地位は、臨時にその職務を行う者は当然につくことになるから、先に象徴としての地位説で問題となった点も解決可能になる。

  2 公的行為の方法及び許容範囲

  (1) 準国事行為説

@ 公的行為として行いうるのは、憲法7条に列挙されている国事行為に準ずる性格を持つものに限る。

A 第4条と同様に、国政に関与する行為を含まない。

B 第3条を準用し国事行為と同様、内閣の助言と承認がない限り行うことはできない

 

四 天皇制と私人としての行為

 憲法第3章の保障する基本的人権の享有主体となれるか。

(一) 適用否定説

「旧憲法においては君主に対する関係において『臣民』という語を用いて居たが、新憲法は之に代えて『国民』の語を用いて居る。それは一身上の封建的君臣主従の関係を否定する趣意を示して居るのであるが、その意味するところは同様で、臣民の語が君主に対するもので天皇を包含しないと同様に、国民の語も天皇に対して用いられ天皇を含むものではない」

(美濃部達吉『日本国憲法原論』有斐閣、昭和23年刊、153頁)

(二) 適用肯定説

 原則として適用を認める。ただし、憲法自身が明文でもうけた天皇制の中で、天皇という特殊な地位を占める日本国民の一人として、一般の日本国民とは異なる制約に服する場合がある。

1 憲法は世襲制を明確に予定している(2条)

 ○ 天皇及び皇族には婚姻の自由(24条)は認められない。

   皇室会議の議を経る要がある(皇室典範10条)

養子をとることもできない(同9条)

 ○ 天皇に職業選択の自由を認めることはできない。

皇族の場合には、身分を離脱することにより、認める余地がある(同11条)

2 象徴あるいは公人としての地位を肯定する場合には、それに伴い、政治的基本権の制限が発生する

 ○ 表現の自由が制限される場合がある。

 ○ 参政権が制限される。

一般国民でも、国家公務員のように、公的地位を有するものは、たとえ私人として行動する場合であっても、関係者に有形、無形の影響を与えることから、政治的基本権の行使が制限されている(国家公務員法102条)。天皇の制限もそれと同様に考えられる。

3 憲法の定める天皇制に直接関係のない人権については否定の必要はない。

 ○ 憲法上は天皇に信教の自由を認めることに何ら問題はない。

(三) 私人としての行為により発生する責任

  天皇無答責の原則から、天皇自身が責任を問われることはあり得ない(憲法1条)。

  ⇒天皇にそのような行為をする機会を与えた内閣の責任が問題となる。

⇒民事の場合、国家賠償の対象となる。

⇒刑事の場合、在位している限りは訴追されない。

皇室典範21条参照