憲法統治機構論第24回
甲斐素直
条例制定権の意義と限界
ポイント
条例制定権の意義や限界は、ほぼ完全に地方自治の本旨の把握と連動している。この問題について論文を書くときには、したがって、必ず地方自治の本旨をどのように把握しているか、についてから書き起こさなければならない。
[問題]
「地方自治の本旨」の意義を説明し、法律と条例の関係について論ぜよ。
平成11年国T行政職試験問題
憲法31条は「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」と規定している。
一方地方自治法は14条3項において「普通地方公共団体は、法令に特別の定めがあるものを除くほか、その条例中に、条例に違反したものに対し、2年以下の懲役若しくは禁固、100万円以下の罰金、拘留、科料又は没収の刑を科する旨の規定を設けることができる」としている。
この規定は憲法31条と関連してどのような憲法上の問題を含んでいるかを論ぜよ。 また、地方自治法は15条2項において「普通地方公共団体の長は、法令に特別の定めがあるものを除くほか、普通地方公共団体の規則中に、規則に違反したものに対し、5万円以下の過料を科する旨の規定を設けることができる」としているが、この場合はどうか。
平成8年国T法律職試験問題
一 伝来説における条例制定権の意義
条例制定権は、94条によって創設されたと考える。
「法律が一定の団体に対して自治権を付与すれば、当該団体は、その自治権の範囲内で存立を維持し活動をするために必要な組織・運営に関する内部的な規律を一般的な規範の形式で定めることは出来るであろうが、その構成員である一般人民に新たな義務を課し、その権利・自由を制限する実質的な意味での法規を定立するには、そのための特別の授権を必要とするものと解すべきであろう。〈中略〉
憲法94条中の条例制定権に関する規定は、地方公共団体が『地方自治の本旨』に基づいて当然に有する権能を確認する趣旨の規定ではなく、むしろ、創設的に条例制定権を付与する趣旨とみるのが妥当であろう。
(成田頼明「法律と条例」有斐閣『憲法講座4』199頁)
(一) 条例で罰則等を定める場合には個別委任が必要とする説
「(上告)論旨は、右地方自治法14条1項、5項が法令に特別の定があるものを除く外、その条例中に条例違反者に対し前示の如き刑を科する旨の規定を設けることができるとしたのはその授権の範囲が不特定かつ抽象的で具体的に特定されていない結果一般に条例でいかなる事項についても罰則を付することが可能となり罪刑法定主義を定めた憲法31条に違反する、と主張する。
しかし、憲法31条はかならずしも刑罰がすべて法律そのもので定められなければならないとするものでなく、法律の授権によつてそれ以下の法令によつて定めることもできると解すべきで、このことは憲法73条6号但書によつても明らかである。ただ、法律の授権が不特定な一般的の白紙委任的なものであつてはならないことは、いうまでもない。ところで、地方自治法2条に規定された事項のうちで、本件に関係のあるのは3項7号及び1号に挙げられた事項であるが、これらの事項は相当に具体的な内容のものであるし、同法14条5項による罰則の範囲も限定されている。しかも、条例は、法律以下の法令といつても、上述のように、公選の議員をもつて組織する地方公共団体の議会の議決を経て制定される自治立法であつて、行政府の制定する命令等とは性質を異にし、むしろ国民の公選した議員をもつて組織する国会の議決を経て制定される法律に類するものであるから、条例によつて刑罰を定める場合には、法律の授権が相当な程度に具体的であり、限定されておればたりると解するのが正当である。そうしてみれば、地方自治法2条3項7号及び1号のように相当に具体的な内容の事項につき、同法14条5項のように限定された刑罰の範囲内において、条例をもつて罰則を定めることができるとしたのは、憲法31条の意味において法律の定める手続によつて刑罰を科するものということができるのであつて、所論のように同条に違反するとはいえない。従つて地方自治法14条5項に基づく本件条例の右条項も憲法同条に違反するものということができない。」
最高裁判所大法廷判決昭和37年5月30日大阪売春勧誘取締条例事件=百選U 470頁
地方自治法14条3項
15条2項 は具体的委任規定か?
(二) 94条がその委任規定であると解する説
「刑罰権及び刑罰規定の設定は、本来国家事務であって、地方自治権の範囲に属しないと考えられるから、憲法94条によって条例制定権が与えられているというだけでは、その実効性を担保するための刑罰規定を設ける権能までも当然に地方公共団体に与えられたとはいえない。したがって、条例中に刑罰規定を設けるには、地方自治法14条5項のような特別の授権規定を必要とするものと解すべきであろう。条例中に設けられた罰則規定が、このように地方自治法14条5項の委任に基づく限り、条例中に罰則を設けることが直接憲法31条に違反するとはいえない。また、右の委任が罰則の包括委任として憲法73条6号に違反するか否かについては、条例への罰則の委任は、行政府の命令への罰則の委任とは本質を異にし、かつ、条例は民主的手続きを経て制定される自治立法であるから、憲法73条6号の関知するところではない、と解したい。」
注:現行地方自治法14条3項は、改正前は5項だった。
二 制度的保障説における条例制定権
地方自治の本旨で既に認められる自主立法権を確認したとする説
92条の地方自治の本旨から当然に導かれ、94条はそれを確認したに過ぎず、あらたに創設したのではない。
異説もないわけではない(長尾一紘『日本国憲法』第3版535頁参照)
(一) 条例の概念
制度的保障説に立つ場合には、94条にいう条例として、具体的にはどの範囲まで補償されるかが問題となる。
1 狭義説:地方議会制定法だけがここにいう条例に該当するとする説
「憲法の趣旨は、『地方自治の本旨』(憲法92条)に含まれる住民自治の原則を実現するために、地方公共団体が、その住民を代表する議事機関としての議会によって、その自主法を制定することを要する、という意味に解されるから」
(種谷春洋「条例制定権の範囲と限界」法学教室第2期(6)28頁)
2 広義説:議会の条例のほか、長の制定する規則が条例に該当するとする説
この説は狭義説が「自治体の長が、議会と同じく住民の公選によるものとして憲法上の保障を受けた機関であることを見過ごしている。」と批判する
(山下健次・小林武『自治体憲法』学陽書房188頁)
3 最広義説:委員会規則も条例に該当する
「憲法が、地方公共団体の諸機関が定める自主立法を広く条例と呼ぶ趣旨だと理解するのが正当であろう(伊藤正己『憲法』第3版680頁)」
(二) 「法律の範囲内」をどのように理解するか?
1 条例の外延
条例が法令より劣後するのは合憲か
地方自治法第14条第1項=「法令に違反しない限りにおいて〈中略〉条例を制定」
↓
憲法は「法律」となっている→合憲か?
政令等は法律の委任または執行のため以外に制定することができない
→法律と命令とは統一的な法体系を形成している
2 条例制定権の事項的限界
(1) 条例で制定できる事項は、法律でこれを定める。
(2) 条例を制定する手続きは、法律でこれを定める。
(3) 条例は、法律に劣後する(地方自治法2条16項参照)
3 条例の形式的効力は法律のそれよりも弱いことの具体的な意味
(1) 法律先占領域説(かっての通説)
(2) 内容により区別する説
最高裁判所大法廷判決昭和50年9月10日徳島市公安条例違反事件=参照=百選466頁
なお参照百選178頁
「条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない。例えば、ある事項について国の法令中にこれを規律する明文の規定がない場合でも、当該法令全体全体からみて、右規定の欠如が特に当該事項についていかなる規制をも施すことなく放置すべきものとする趣旨であると解されるときは、これについて規律を設ける条例の規定は国の法令に違反することとなりうるし、逆に、特定事項についてこれを規律する国の法令と条例とが併存する場合でも、後者が前者とは別の目的に基づく規律を意図するものであり、その適用によって前者の規定の意図する目的と効果をなんら阻害することがないときや、両者が同一の目的にでたものであっても、国の法令が必ずしもその規定によって全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例の間にはなんらの矛盾抵触はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じ得ないのである。」
@ 当該事項を規律する国の法令がない場合
例:寄付金等取り締まり条例、自転車の盗難防止条例、青少年保護育成条例等
A 国の法令が規制している事項・対象と同一の事項・対象について、当該法令と異なる目的で規制する場合
例:狂犬病予防法 →犬の特定の疾病の流行の防止を目的とする
飼い犬取締条例→犬による咬傷事故等の防止を目的とする
その他、道路交通法と公安条例
B 国の法令が規制している目的と同一の目的の下に、国の法令が規制の範囲外においている事項・対象を規制する場合
上乗せ条例:大気汚染防止法vs大気汚染防止条例
横出し条例:食品衛生法vs各地の特産食品に関する条例
4 憲法が法律に留保している事項を条例で定めることは可能か?
(1) 法規命令を条例で定めることはできるか
○ 民主的基盤を有すること
「地方公共団体の制定する条例は、憲法が特に民主主義政治組織の欠くべからざる構成として保障する地方自治の本旨に基き〔憲法九二条〕、直接憲法九四条により法律の範囲内において制定する権能を認められた自治立法にほかならない。」
最高裁判所大法廷判決昭和29年11月24日新潟県公安条例違反事件
(2) 条例で財産権の制限を行うことができるか(29条)
最高裁判所大法廷判決昭和38年6月25日奈良県ため池条例判決=百選4版210頁
本条における法律の二つの意義
@ 法治主義の要求⇒条例も可
A 財産権の現代化
○高田敏「条例論」有斐閣『現代行政法大系』8 地方自治、昭和59年刊189頁
「29条1項において定められた財産権の不可侵は、同条2項において、近代(狭義)的な不可侵性を意味するものではなく、現代的に変質すべきものとされたのである。したがって、29条2項で『法律でこれを定める』という場合、それは、財産権の現代的性質の表現であって、決して条例による定めを排する趣旨ではない。」
(3) 条例で刑罰を課することはできるか(31条)
○ 条例に強制力を付けることは、制定権に当然含まれる⇒罪刑条例主義
(4) 条例で課税することができるか(84条)
仙台高裁秋田支部昭和57年7月23日判決=百選4版434頁⇒租税条例主義
三 新固有権説と条例制定権の意義
○ 上記の説明は、新固有権説でもほぼ共通して妥当する。
○ 条例に固有の立法領域における法律は、その限りで無効となる。その点で、場合によっては、条令が法律に優越することもあり得る。