憲法統治機構論第25回
甲斐 素直
地方自治特別法とホームルール憲章
一 95条の定める地方自治特別法の意義
なにが地方自治特別法かは条文上はっきりしない。
実務上の取扱も一定していない。
(一) 実務上、地方自治特別法とされ、住民投票に付されたのは広島平和記念都市建設法、長崎国際文化都市建設法、首都建設法、旧軍港都市転換法(対象:横須賀、呉、佐世保、舞鶴)等15法、18都市を対象とするものである。
(二) 逆に、首都圏整備法、明日香村における歴史的風土の保存及び生活環境の整備に関する特別措置法は、それに当たらないとされた。また、都及び特別区は、東京以外に存在しないにも関わらず、やはりそれに当たらないとされている。
(三) 当初は「特別市」という制度が地方自治法で制定されていた(昭和31年廃止)。その時には、特別市になるには住民投票が必要と解されていた。現在では、地方自治法は一般的に特別市を指定する方式を導入し、その指定は政令によることとした結果、住民投票は不要となった。
二 地方自治特別法の定義(通説)
「特定の地方公共団体の組織・権能・運営に関する基本的事項について、一般の地方公共団体と異なった取扱をする法律」
上記定義の意味するもの
(一) 特定の地方公共団体を対象とする必要がある。
1 「一の」とあるが、一つに限る必要はない。
2 特定の地方公共団体の領域で行われるものでも、国の事務、事業を定めるなど国の活動を規制する法律(たとえば北海道開発法)はこれに該当しない。
3 地方公共団体と取り扱われない特殊な地域に関する法律(秋田県八郎潟の埋立に伴う大潟村の設置や、小笠原の復帰に関する法律など)もこれに該当しない。
(二) 憲法の保障する地方公共団体の権限、すなわちその組織、運営、権能に関するものである必要がある。
1 特別法という言葉は、通常は一般法に対応するものであるが、本条の場合には、その前提として一般的制度が存在する必要はない。したがって、たとえば特定都道府県の間の境界を決定するような法律は、これに該当する。
2 それが利益を与えるのみの場合や特例の程度が軽い場合には、地方自治特別法に該当すると解する必要はない。明日香村における歴史的風土の保存及び生活環境の整備に関する特別措置法程度であれば、一般法として制定して良い。
(三) 一般的制度を定めるという形式を採用している場合には、結果的に特定地方公共団体にのみ適用される場合にも、地方自治特別法には該当しない。
1 地方自治法で一般的制度を定めるという形式を採用しているから、都制は東京都にしか適用されないが、地方自治特別法ではない。特別区制も同様である。
2 地方自治特別法を廃止する法律は、地方自治特別法には該当しない。なぜならその廃止は原則に復帰することだからである。
三 少数説
(一) 個別立法拒否権と理解するもの
(二) ホールルール憲章制定権と理解するもの
その問題点
現行憲法の制定の際に「日本側は、かかる制度は『連邦制』的であるとして抵抗し、結局(87条の)後段は削除され、日本国憲法第94条及び第92条に変容した。」から、わが国では自治的憲章制度は導入されてない(佐藤幸治『憲法』新版247頁より引用。=第3版ではこの文は削除されている)
四 米国の地方自治制度
米国の地方自治は、州(主権を有する)により、異なる。
○ 地方公共団体の設置は、すべて州が憲章 charter をその地方公共団体市に付与することによって行われる。←自治権の州からの伝来
○ 憲章は州が地方公共団体の設置を法的に承認し、地方公共団体として必要な権限を授与するための形式である。
現在の制度としては次のような類型が存在する。
(一) 州が一方的に地方公共団体に憲章を付与する型
1 一般憲章 General charter:その州内のすべての地方公共団体に同一の憲章を与えるもの
2 階層別憲章 Classified charter:州内の地方公共団体を人口別に分類し、それに応じて異なる憲章を与えるもの=わが国地方自治法の構造
3 選択的憲章 Optional charter:州法により数種類の憲章を予め定め、各地方公共団体では、その中から住民投票によってその地方公共団体の憲章を選択するもの
4 個別憲章 Special charter:州内の各地方公共団体ごとにそれぞれ内容の異なる憲章を州で作成し、与えるもの、
(二)個別立法拒否権型:州から付与された憲章を、拒否する権能を当該地方公共団体に与える型(上記いずれの類型に対してもあり得る。)
(三) 地方公共団体が州の法律の形を借りて自主的に憲章を制定する型
自治的憲章 Home rule charter:事務、権限及び機構等については州憲法ないしは州法により一定の制限を設けるが、その他の事項については全く関係住民の自主的決定に委ねる方式。
自治的憲章の制定手続きは、通常、当該地方公共団体の住民が憲章起草委員会を選出し、この委員会が憲章案を制定して州議会に提出すると、州議会でこれを住民投票にかけた上で、州法として制定するという形式を採る。これを最初に制定したのはミズーリ州(1875年)であるが、その後、この型の憲章を求める運動が全米的に拡大した。ただし、現在でも50州のうち、34州(うち、憲法に基づくもの29州、州法によるもの5州)が自治的憲章を採用しているにとどまり、全州ではない。また、ホームルール憲章がが認められている州でも、州法に留保されている権限の内容や程度は州により様々である。
五 地方自治に関するマッカーサー草案から現行憲法までの条文の対比
以下の条文は次の順序に並んでいる。
@ マッカーサー草案原文 A 同外務省による当時の公式翻訳文
B 現行憲法英文 C 現行憲法邦文
(1)@Article 86:The governors of prefectures, the mayors of cities and towns and the chief executive officers of all other subordinate bodies politic and corporate having taxing power, the members of prefectural and local legislative assemblies, and such other prefectural and local officials as the Diet may determine, shall be elected by direct popular vote within their several communities.
A第86条 府県知事、市長、町長、徴税権を有するその他の一切の下級自治体及び法人の行政長、府県議会及び地方議会の議員、並びに国会の定めるその他の府県及び地方役員はそれぞれのその社会内において直接普通選挙により選挙せらるべし
BArticle 93 U:The chief executive officers of all local public entities, the members of their assemblies, and such other local officials as may be determined by law shall be elected by direct popular vote within their several community.
C第93条第2項 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。
(2)
@Article 87:The inhabitants of metropolitan areas, cities and towns shall be secure in their right to manage their property, affairs and government and to frame their own charters within such laws as the Diet may enact.
A第87条 首都地方、市及び町の住民は彼らの財産、事務及び政治を処理し並びに国会の制定する法律の範囲内において彼ら自身の憲章を作成する権利を奪わるることなかるべし
Article 94 Local public entities shall have the right to manage their property, affairs and administration and to enact their own regulations within law.
C第94条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
(3)
@Article 88: The Diet shall pass no local or special act applicable to a metropolitan area, city or town where a general act can be made applicable, unless it be made subject to the acceptance of a majority of the electorate of such community.
A第88条 国会は一般法律の適用せられ得る首都地方、市または町に適用せらるべき地方的又は特別法律を通過すべからず。ただし右社会の選挙民の多数の受諾を条件とするときはこの限りにあらず。
BArticle 95 A special law, applicable only to one local public entity, can not be enacted by the Diet without the consent of the majority of the voters of the local public entity concerned, obtained in accordance with law.
C第95条 一の地方公共団体にのみ適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会はこれを制定することができない。