判例時報1999号(判例評論592号)171175頁(913頁)

村内で行われた県営事業の用地取得費相当額の

村から県への寄附が地方財政法28条の2に違反しないとされた事例

日本大学教授 甲斐 素直

(公金支出損害賠償等請求控訴事件、東京高裁平16年(行コ)第133号、平1729民一部判決、取消・請求棄却(上告・上告受理申立て〈上告棄却・不受理〉)、判時19813頁)

【事実】 群馬県新里村(その後の合併により現在は桐生市新里町。以下「村」という。)では、群馬県(以下「県」という。)が村内に県立昆虫館を中心とする施設(ぐんま昆虫の森)を設置する構想を表明したのを受けて、平成7年に、県教育委員会との間で、対象地域の用地は村が取得・確保し、対象地域の整備は県が実施する旨の覚書を締結した。しかし、県が直接に事業用地の取得を行えば土地の売主の税金負担を軽減できるため、計画を変更して、県が費用を支出して事業用地を取得することになった。それに伴い、平成9年に、県が支出した用地取得費及び取得事務費を村が負担することとした修正覚書を締結した。

 そして、この修正覚書を受けて、平成11年度末に、上記用地取得費等から、それに地域総合整備事業債を充当することによって、県が国から交付を受けることとなる地方交付税交付金の算定の基礎となる基準財政需要額に算入される金額を、県の支出した土地購入費から減じた残額である52513万余円を、村が県に分割して支払うこととする旨の細目覚書を締結した。それによれば、平成11年度に2億円、12年度に3262万余円、1324年の各年度にそれぞれ2625万円を村は県に支払い、最終の24年度に確定費用を基礎として精算することとされている。村議会ではこれを負担金として決議し*1、村の平成11年度〜13年度までの予算科目では負担金としていた。しかし、県議会では、負担金を村から徴収する場合に必要となる地方財政法(以下、「法」という)272項で要求されている決議を行っておらず、県では一貫して寄附金として処理していた。そこで、村では、平成14年度予算審議の段階から、予算科目を負担金から寄附金に変更した。

 村の住民であるXは、村長Yに対し、本件公金支出は法27条及び法28条の2に違反するとして、住民監査請求を経由して、平成12年度までに既払分公金支出相当額の損害賠償と平成13年度以降の将来分公金支出の差し止めを求めて訴えを提起した。

 審前橋地裁平成16227日判決(判例集未登載)は、本件支出は実質的に負担金であるとし、県議会の負担金としての議決を欠いていることから、「法271項に定める『土木その他の建設事業』に要する経費については、同条2項による都道府県の議会の議決を経て市町村が負担すべき金額が定められない限り、たとえ市町村の強い希望により、当該市町村がその事業に要する経費の一部を寄附金として納めようとする場合についても、その経費の負担者が市町村である限り禁止され、かかる禁止は、形式のいかんを問わず、実質の負担に着目して判断すべきものと解するのが相当である」とし、本件支出が法28条の2違反か否かを判断するまでもなく、Yに過失の成立を認めることができる平成12年度分以降の既払分公金支出についての損害賠償及び将来分の公金支出の差し止めは理由があるとした(平成11年度公金支出分については、期間を徒過し、適法な監査請求を経ていないとして却下された。)。

 これに対し、Yが控訴した。控訴審で、Xは自ら法27条違反という主張を撤回し(裁判所の訴訟指揮によるものと思われる)、法28条の2違反のみを主張して争った。

 

【判旨】取消、請求棄却(Y勝訴)

一 法9条本文は、「地方公共団体の事務を行うために要する経費については、当該地方公共団体が全額これを負担する」旨を一般的に定めているところ、法28条の2にいう「法令の規定に基づき経費の負担区分が定められている事務」とは、個別の法令により負担区分が明示されている具体的に特定された事務のみに限ると解すべき合理的理由はなく、同法9条本文で当該地方公共団体が経費を全額負担すべき旨が定められている地方公共団体の事務全般をも含むと解するのが相当である。

二 地方財政法28条の2は、任意の寄附をすることについても規制の対象とするものと解されるが、「負担区分をみだすようなこと」という評価的要素を有する文言が用いられていることに照らしても、法令の規定と異なる地方公共団体が経費を負担する結果となる行為すべてを一律に禁じるものではなく、法令の規定と異なる地方公共団体が経費を負担する結果となるような行為は、原則として負担区分を乱すものとして禁じるが、実質的にみて地方財政の健全性を害するおそれのないものは例外的に許容していると解するのが相当である。

三 そこで本件をみるに、@本件事業は、法9条本文以外の個別の法令により経費の負担区分が明示されている事務ではないこと、A本件公金支出は、村が自発的かつ任意に県に対して行う寄附であること(村と県の合意により、村が分割支払を行うべき法的義務を負ったことは、当該合意が村の任意による以上、支払の任意性を否定すべき事情とはならない。)〈中略〉、B村が本件公金支出をすることになったのは、本件事業の計画当初は、同村が事業用地を取得した上で、財産の交換譲与無償貸付等に関する条例41号に基づいて県に無償で貸すことを県との間で合意していたが、その後、県が事業用地の取得を行えば土地の売主の税金の負担を軽減できるため、県が費用を支出して事業用地を取得し、その費用の一部を同村が同県に支払うという方法をとることになったという経緯によるのであり〈中略〉、村は土地の取得に関する費用以外の本件事業の経費は負担しないこと、C本件公金支出は、用地取得費及び取得事務費相当額から、用地取得に要した経費に地域総合整備事業債を充当することによって県が国から交付を受けることとなる地方交付税交付金の算定の基礎となる基準財政需要額に算入される金額を減じた額としており、県が不当に地方交付税の交付を受けることにはつながらないこと、D昆虫観察館という事業の内容に照らし、県のうち村が本件事業の事業地として選択されたことが不合理であるというべき事情は見当たらず、事業用地取得費を新里村が負担することが、同事業の適正な遂行に悪影響を及ぼすおそれを具体的に想定しがたいことを総合すると、村による本件公金支出は、法9条本文に定める経費の負担区分とは異なる経費負担ではあるものの、実質的に見て地方財政の健全性を害するおそれがなく、法28条の2に違反しないというべきである。

(本判決に対し、Xは上告したが、平成19523日、最高裁判所第1小法廷(涌井紀夫裁判長)は、上告を退ける決定をしたため、本判決が確定している。)

 

【評釈】 判旨に反対。

 一 本判決における論点

 本判決で問題となった法28条の2は、法9条の全額負担主義の当然の帰結であるが、地方財政の実態は必ずしもそうではなかったために、昭和35年の法改正により設けられた*2。本条において、負担の転嫁等が禁止される経費は、「法令の規定に基づき経費の負担区分が定められている事務」に係るものである。ここで、解釈上問題となるのは、第1に、転嫁等の禁止が絶対的なものか、第2に、法令には法9条も含まれるのか、それとも負担区分を定めている個別法だけが、ここにいう法令に該当するのか、ということである。

 本判決は、上記二つの論点のいずれにも見解を示した。第一の点については、従来の判例を変更した。第二の点については、本判決が初めての判例である。以下、この二つの論点に関する本判決の特徴を、従来の学説及び判例と対比しつつ、説明する。

(一) 禁止の例外は認められるか

 本判決で問題となった、法28条の2そのものに関する先行判例としては、栃木県小川町が県にミニパトカーを寄附した事件(最判平成8426=以下「ミニパトカー事件」という。)がある。この事件では、警察法という個別の法令が存在する場合だったので、第2点は問題とならず、第1点だけが問題となった。最高裁判決は、控訴審判決(東高平8426)を確認しただけなので、控訴審判決を見ると、法28条の2については、理由ははっきりとはしないが、「法定された経費の負担区分を実質的にみだすようなことは、それが直接であれ、又は間接であれ、いかなる形式によるものであっても、禁止されていると解される」と述べている。ミニパトカー事件に関する本誌判決コメントは、本条の解釈として一律禁止説、原則禁止説、個別利益衡量説という三つの説があり得るとした上で、本判決は一律禁止説に近い説を採用したものとした*3。この判決に関してはいくつかの判例評釈がある*4が、いずれも判決の読み方に関してはこの判決コメントを支持している。

 それに対し、本判決は判旨一で「法令の規定と異なる地方公共団体が経費を負担する結果となる行為すべてを一律に禁じるものではな」いと述べて、明確に一律禁止説を排除した。判旨二の限りでは「原則として…禁じる」と表現していて原則禁止説のようだが、判旨三で展開している論理は、本件に関連する個別具体的な諸事項の利益衡量であり、最終的にそれら諸要素を「総合」して、法28条の2に違反するものではない、と結論しているから、明らかに個別利益衡量説を採用したものと言える。そして、本判決は、最高裁判所で上告が退けられ、確定しているので、ミニパトカー事件判例は変更されたことになる。

 ミニパトカー事件判例評釈は、ほとんどが一律禁止説ないし原則禁止説を支持しており*5、個別利益衡量説を支持するものは少い*6。また、実務は、原則禁止説と思われる*7。石原信雄等は「本条は、いかなる方法によるものであっても、実質的にその経費の全部又は一部を他の地方公共団体に負担させる結果となる場合は、全てその規制の対象とするものである。」*8と述べているところから見て、一律禁止説に属すると思われる。このような学説・実務の傾向に照らしてみた場合、本判決はかなり特異な結論と言える。但し、これらの学説は、なぜそのように解釈するのか、という点については、文言解釈という以外には、理由ははっきりしない。

 ミニパトカー事件判決に反対する者としては碓井光明がある*9。ただし、それも特段の法理論を示さず、単に本件事例で村長に損害賠償責任を負担させることが妥当かという、心情的な反対論に留まっている。

 

(二) 法9条違反の寄附は許されるか

 石原信雄等は「本法においては、第9条から第10条の4までに経費の負担区分の原則が示されており、これに基づき、個々の法律又は政令において、国の負担割合が示されるとともに、いかなる地方公共団体がどの事務に要する経費を負担するかが明示されている」*10と述べているから、法28条の2違反が成立するためには法9条とは別の個別法が必要と考えていると読める。

 Yは、個別法が存在しない本件において、法9条は抽象的な一般論に過ぎず、28条の2にいう「法令の規定」には該当しないとする主張を展開していた。これに対し、本判決は、判旨一で、明確に9条が同条にいう法令に該当するという判断を示した。そして、判旨三末尾で「法9条本文に定める経費の負担区分とは異なる経費負担ではある」と述べて、本件公金支出が、法9条の定める負担区分に違反するものであることを明確に認定している。それにも拘わらず、判旨三@において、9条以外の個別法が存在していない事実を指摘し、個別法の不存在が、本件公金支出が「法28条の2に違反しない」かどうかを「総合」的に判断する際の1要素となることも肯定している。

 本判決そのものを評釈しているのは、管見の限りでは、碓井光明のみである*11。碓井は「村の振興策としても昆虫観察館を誘致したいところであり、そのような村の寄附が禁止されることは、むしろ不合理というべきであろう」と述べて、判旨を支持している。しかし、なぜ村として誘致の必要があると、法9条の定める負担区分に違反していても、許容されるのか、という法的根拠は、述べられていない。ただ、碓井は、別の著作の中で、法4条の5や地方財政再建特別措置法242項が定める国等に対する寄附禁止原則に対して反対する見解を示している*12。その根拠として「この条文を置いた当時においては、十分に合理性があったものと思われる。しかし、今日の時点においても維持すべき規範であるとは考えられない。自治体は、既に自律的に意思決定できるまでに成長している。国との関係においても、自主的な判断に基づいて、積極的に協力すべき場合がある。むしろ、自律権としての自治体財政権に妨げとならないように、法律を改正する必要がある。」と述べている。したがって、おそらく、それと同じく、市町村の自主財政権を尊重する趣旨から、都道府県等に対する寄附も許容すべきであると考えているものと思われる。

 

 二 私見

 Yは、地方公共団体が他者に寄附を行う権限を有する(地方自治法232条の2)ことの延長線上に、他の地方公共団体への寄附する権限を肯定する論理を展開しており、本判決はそれを前提にしている。また、碓井光明の論理も、寄附を行う権限のみを問題にしている点で同一である。

 従来の問題意識が、そうであったことは否めない。例えば、法4条の5において、国に対する地方公共団体の寄附が禁止された理由は、立法当時においては、「国・地方公共団体・住民の間において、寄附金の名目に隠れた負担の強制的転嫁が甚だしく、これが財政秩序を乱す重大な原因ともなるおそれがある」ということであった*13。それだけが根拠であれば、確かに碓井の言うように、当時に比べて著しく地方自治が徹底した今日において、その原則を維持する根拠に乏しく、少なくとも本件のような任意的な寄附を禁止する理由はないといえる。

 しかしながら、これは問題意識が逆転していると評すべきである。すなわち、ここで問題とするべきは、地方公共団体は寄附を受ける権限があるか、という点にある。

 財政法10条は、国が寄附を受けることを原則的に禁止している。その根拠は租税国家の理念にある。例えば、槇重博は「民主主義の国では、政治に必要な経費は国民が平等に負担することが租税法律主義の意味であるから、租税法の規定によらない負担を一部の国民に負わせる寄附を、政府が任意に受領することは認めるべきではない。それ故国の特定の事務のために要する費用について、国以外の者にその全部または一部を負担させるには、法律の規定に基づかねばならないことになっている」*14と説明する。この租税国家理念に基づく寄附受領禁止原則は、当然、地方公共団体においても妥当する。

 さらに、本件の場合には、公金の授受が、県という広域団体とその域内に存在する村という、重複的に存在する地方公共団体相互間で行われている。ここでは、わが国憲法の保障する地方自治制度の本質をどのように把握するか、という問題が絡んでくる。

 わが国憲法学の現在の通説に依れば、地方自治は、制度的保障である。地方自治を憲法編入した理由は地方分権の確保であるから、制度的保障の中核に位置する概念は、地方団体の国からの自立、すなわち団体自治と、その団体内部における意思決定をわが憲法の基本原理たる民主主義によること、すなわちその団体の管轄する地域に居住する国民(住民)の自律に委ねるという住民自治の概念であることは、ほぼ異論のないところである。しかし、都道府県と市町村の最大の特徴は、両者の構成員(住民)が重複する点にある。あらゆる市町村民は、同時にその市町村の属する都道府県民なのである。したがって、団体自治及び住民自治の観点だけからみれば、都道府県と市町村という二層の自治体を設ける理由はない*15

 このように住民が重複する地方公共団体の存在を憲法学的に肯定することは、EUで創唱され、近時、わが国現行地方自治法23項及び5項により明確に採用された補充性原理(Subsidiaritatsprinzip)を、団体自治、住民自治に次ぐ第3の中核概念として、憲法レベルでも承認して始めて可能になる。補充性原理は、また、国と地方の権限配分の根拠としても重要である。すなわち、いま仮に補充性原理を否定するならば、国は、法律により、自由に地方公共団体の権限を制限することが可能となるので、極端な場合、地方自治体に配分される事務をゼロに近づけることにより、団体自治・住民自治は侵害することなく、地方自治に関する憲法保障を容易に画餅に帰することが可能になるからである。

 法28条の2が制定された当時においては、地方自治は、憲法学では、狭義の伝来説によって理解されていた*16。その説においては、何が地方公共団体の権限に属するかは、すべて法律の定めるところにより決定される。したがって、石原信雄等が、法令とは個別法を意味する、と解したのは、立法時点における憲法理解の下においては正しいといえる。しかし、憲法の保障する地方自治の本質に制度的保障説を採用し、補充性を肯定すれば、どの事務がどの地方公共団体に配分されるのかは、その事務の本質的性格で決まるのであって、個別法令を待つ必要はない。

 そして、この補充性原理を財政憲法の領域に投影すれば、わが国においても、ドイツにおいて説かれるところと同様に、牽連性原理(Konnexitatsprinzip)が導かれねばならない*17。すなわち、今日の社会国家においては、いかなる事務も、それを適切に実行するに足る税財政的基礎が存在しない限り、無意味なものとなる。したがって、地方公共団体が、憲法上、一定の事務を行う権限を有している以上、国は地方公共団体に対し、その事務を適切に行うだけの財源の保障(Aufgabenangemessene Finanzausstattung)を行う憲法上の義務を負っているといわねばならない。

 牽連性に照らせば、重層的地方公共団体である都道府県とその域内に所在する市町村の間の公金の授受が禁止されるのは当然のことである。それぞれの地方公共団体が、自らの事務を適切に実行するに足る税財源を持っている状態の下において、その公金を他の地方公共団体に交付する理由は、原則として存在しないからである。むしろ、村から県への公金の交付は、事務に応じて配分された租税の混淆を発生させるという意味で不当である。法9条は、まさにこの牽連性原理の端的な表明と読むべきである。同条の定める全額負担主義は、地方公共団体相互間における公金授受の禁止原則の宣言だからである。

 本判決は、法9条が法28条の2にいう法令に該当するとした限りにおいて、補充性及び牽連性に照らし、正当である。そして、狭義の伝来説を基礎にする場合と、制度的保障説を採る場合とでは、原則と例外が逆転する。すなわち、法9条に該当すれば、原則として公金の授受が禁止され、例外として、個別の法律が存在する場合に限って授受が許容されるというべきである。したがって、判旨三にいうように、個別的衡量に基づいて、寄附等を許容する個別法も存在しないのに、安易にその例外を導くのは不当である。

 その例外として考えられる法的根拠としては、次の三つの類型が存在する、と考える。

 第一は、法10条〜104に予定されている例外である。

 第二は、財源保障手段の一態様として、広域団体が、その域内に含まれる地方公共団体に補助金支出という形態の贈与を行うことである。国や都道府県は、各市町村の主体性を尊重しつつ、補助金の交付という手段で市町村を特定方向に誘導することにより、広域的な調整を実現することが認められる。

 第三は、負担金である。特定の市町村が、その地域において行われる国もしくは都道府県の事業の原因を与え、あるいはそこから特別の受益をしている場合には、他の市町村との公平性を確保するという見地から、負担金を都道府県に交付することにより、財政負担の調整を行う必要がある。このことは、明確に法27条等に定められている。

 もちろん、わが国において地方財政における牽連性原理は、未だ完全な意味において実現しているわけではない。しかし、その憲法的要請からのずれは、三位一体の改革が論じられるに際して指摘されたとおり、上に厚く、下に薄い。したがって、牽連性の不徹底さを実質面で補う必要が発生するとしても、それによって市町村から国や都道府県への公金支出が、上記例外を超えて、超法規的に要請される場合があるとは、普通考えられない。

 補充性原理に照らした場合、国や都道府県の事業は、その存在根拠であるところの広域調整の観点から行われるべきである。判旨三Aでは、村側の任意性を強調している。しかし、村が本件公金支出を行わないと決定していれば、本件事業が他の地域で行われる可能性があったからこそ、村は、その財政規模から見て不似合いなほどの大きな公金支出を決定したものと推定される。すなわち、村の任意性とは、県の広域調整過程に、村が公金支出という手段によって干渉し、本来なら全県的な観点から行われるべき判断を、村に有利にねじ曲げようとする試み以外の何者でもない。判旨三Dで、村に本件施設を設置したことが「不合理であるというべき事情は見当た」らないと述べているが、ここで求められるのは、より積極的な、仮に公金支出がなかったとしてもこの地が選ばれたと言えるだけの合理性で無ければならず、本判決の論理は支持できない。

 

 三 法27条について

 事実の概要に述べたとおり、1審判決は本件を法27条の問題として解決したが、X自らが法272項違反という主張を控訴審段階で取り下げた結果、本判決はその点について判断を下していない。その点について、本誌判決コメントは「法27条が規律するのは、都道府県が市町村に対し経費を『負担させる』、すなわち分担金の支払義務を課し、これを徴収することであるから〈中略〉村が義務を課せられることなく、寄附(贈与)としてした本件支出について同条の適用を論ずる余地はない」と述べて、これを支持している*18。しかし、本事件で、村に寄附という議決は存在せず、平成11年度〜13年度までの間は負担金という予算科目の下に県に対して公金支出を行っていたことは、事実に述べたとおりである。このように両当事者に意思の不一致があった以上、贈与(寄附)契約は、そもそも成立していない。そして、市町村が都道府県に公金を支出することが憲法秩序的に肯定できるのは負担金の性格を有する場合以外にはあり得ない。先に述べたとおり、ここで問題になるのは県側に受領権限があるか否かである。したがって、原審の指摘したとおり、県議会の議決が不存在であったことにより、本件公金支出が負担金たり得ない以上、法28条の2を云々するまでもなく、公金支出は許されない、という判断が正しいものといわなければならない。

 

*1 [事実]は基本的に第1審判決の認定に基づいて記述しているが、予算処理についてしか述べておらず、村の当初決議には言及していない。現在、村は桐生市の一部となっているが、その桐生市議会決算特別委員会平成17912日議事録中の発言によれば、村議会においては、負担金という決議しかなされておらず、寄附を行うという議決は存在していないという発言があり、本文はそれに準拠して記述している。

*2 本条の立法経緯に付いて、詳しくは、石原信雄=二橋正弘『地方財政法逐条解説』新版2000年刊242頁以下参照。以下、本書に言及するときは「石原信雄等」という。

*3 ミニパトカー事件判決コメントについては本誌156633頁参照。なお、説の名称については、注4文献1の用語法に従っている。

*4 ミニパトカー事件に関する判例評釈は、管見の限りでは、次のものがある。

1.藤原淳一郎・判例評論457〔判例時報1588187頁以下

2.牛嶋仁・平成8年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊111331頁以下

3.自治関係判例研究会・地方自治職員研修291228頁以下

4.杉山正己・平成8年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊945338頁以下

5.村田哲夫・民商法雑誌115巻4・5号747頁以下

6.本多滝夫・地方自治判例百選<第3版>〔別冊ジュリスト168210頁以下

7.伴義聖・大塚康男・判例地方自治1287

*5 一律禁止説を採るとするのは、注41文献、厳格禁止説を採るものとしては、同文献2、文献4、文献6

*6 本判決に関して個別利益衡量説を採ると思われる者は、注4文献7程度である。

*7 依命通知(昭和38年自治乙財発第10号)によれば、「自発的な任意寄附についても、法28条の2の規定により地方公共団体相互の間における経費の負担区分をみだすようなことをしてはならないものとされていることにもかんがみ、市町村と都道府県との間においては、原則としてこの種のことはないものと考えられること」としている(注2前掲書417頁より引用)。

*8 石原信雄等の見解については、注2前掲書243頁より引用。

*9 碓井光明はいくつかの著書中で、同様の見解を示している。例えば、

 碓井『要説 住民訴訟と自治体財務』改訂版、学陽書房2002年刊207

 碓井『公的資金助成法精義』信山社2007年刊388頁、等

*10 石原信雄等の見解については、注2前掲書243頁より引用。

*11 碓井注9紹介書のうち、後者の391頁で本判決に言及している。

*12 国等に対する寄附禁止原則に関する碓井光明の見解は、碓井『要説 自治体財政・財務法』改訂版、学陽書房1999年刊42頁より引用。

*13 法4条の5の立法当時言われた根拠については注2前掲書43頁より引用

*14 寄附受領禁止主義に関する説明は、槇重博『財政法原論』弘文堂1991年刊、73頁より引用

*15 団体自治と住民自治だけを地方自治の中核概念と把握していた従来の憲法学説は、一般に、都道府県を廃止し、あるいは道州制に再編することは「立法政策の問題」とする姿勢を示し、憲法保障の対象とは考えない(例えば芦部信喜著・高橋和之補訂『憲法』第4版、岩波書店2007年刊351頁等)。

*16 法28条の2が制定された昭和35年の時点においては、学説としては、狭義の伝来説しか存在していなかった。制度的保障説は、成田頼明「地方自治の保障」『日本国憲法体系』第5巻有斐閣昭和39年刊135頁以下、により創唱された。

*17 ドイツにおける地方財政に関する牽連性原理(Konnexitatsprinzip)に関する邦文の文献としては、次のものがある。

 森稔樹「ドイツの地方税財源確保法制度」日本財政法学会編『地方税財源確保の法制度』財政法叢書20巻、龍星出版2004年刊90頁以下

 上代庸平「財政憲法原理としての牽連性――厳格化の傾向と財政立法による補完」慶応大学『法学政治学論究』74193頁以下

*18 本判決コメントに関する引用は、本誌19814頁参照。