ハワイ大学法科大学院の概要

The Outline of the University of Hawaii William S. Richardson School of Law

日本大学法科大学院教授 甲斐素直

『法務研究』第2号149頁〜173頁(2006年3月25日刊行)

[はじめに]

 筆者は、2005年の夏期休暇を利用してハワイ大学法科大学院を訪問し、アメリカ公法を研究する傍ら、同校そのものに関する様々な資料を収集すると共に、法科大学院関係者に対し個別のインタビューを行った。

 同法科大学院は、3年制の法務博士(Juris DoctorJ.D.と略称)課程と、対象を外国人に限った1年制の修士(Master of LawsLL.M.と略称される)課程が中心である*1。法務博士課程の1学年は定員が90人で若干の定員超過がある。修士課程は毎年数名である。したがって、同校の現員は平均して310名程度という。教員は、学部長(Dean)のアビアム・ソイファー(Aviam Soifer)教授を筆頭に、計22名の専任教員を擁している。

 このように、日本大学法科大学院ときわめて類似した規模の法科大学院であり、アメリカにおける法科大学院としては、中位に位置し*2、決してずば抜けた存在ではない点で、これから発展していこうとするわが国法科大学院には、むしろ参考になる点が多いと考えられる。以下、その調査結果を紹介する。

 

一 プロフィール

(一) ハワイ大学について

 ハワイ州憲法第10章第5節は「ハワイ大学(The University of Hawai`i)」と題されている*3。すなわち、ハワイ大学は、同州における憲法機関*4の一つである。正式に言及する場合には、ハワイ大学システムという*5UHという略称もしばしば使用される。

 大学キャンパスを3箇所持ち、そのほかに7箇所のコミュニティカレッジといわれるキャンパスがあるので、合計10のキャンパスがあることになる*6

 大学キャンパスとしては、中心的位置を占めるのが、マノア校である。オアフ島のワイキキ地区の北部に位置するマノア地区に所在する。マノア校は、1907年に創立されたので、近々100周年を迎えることになる。創立の時点では農学部と工学部を擁するカレッジであった。1920年に、芸術学部及び科学部を加えたのを機会に、大学に昇格した。1972年に、他のハワイ大学システムを構成する組織と識別するために、マノア校と呼ばれるようになった。

 今日、マノア校に登録している学生は2万人を超える。学部レベル(Undergraduate School)の学生が、約8割を占める。大学院(Graduate School)は、建築、法律及び医学の3分野に置かれている。また、学生の56%は女性であり、73%が学生専業(full-time)である。学生の平均年齢は26歳となっている。

 

(二) ハワイ大学法科大学院について

ハワイ大学法科大学院は、正式名称をthe University of Hawaii William S. Richardson School of Lawといい、ハワイ大学マノア校の一画にある。米国弁護士協会(American Bar Association 、以下ABAと略称する。)が認定するハワイ州にある唯一のロースクールである*7

 ハワイにおいて、法科大学院の設立が討議されるようになったのは、1968年であった。その5年後の1973年にようやく設立に漕ぎ着けた。設立時にはわずか6名の専任教員しかおらず、学生数は53名であった*8。第1期生が卒業したのは19765月である。ハワイにおける格付けに対し、ABAが認定を与えたのは1974年春であるが、完全な認証(full accreditation)を得たのは、19828月になってからである。そこで、これを記念して、1983年に、設立時に中心的役割を演じた人物を記念し、ウィリアム・S・リチャードソン法科大学院(William S. Richardson School of Law)と命名された*9

 

二 法務博士課程の入学について*10

 ハワイ大学法科大学院の法務博士課程における1学年の定員は、今日では、冒頭に触れたとおり、90名である。この定員に対する入学志願者の過去数年間の平均倍率は、12倍という。

 入試委員会は、教員と学生団体の代表者から構成される。採否は、学問的将来性及び専門家としての将来性、並びに社会や学問及び学校内の多様性確保にどれだけ貢献できるのは誰かという観点から行われる。それに当たっては、法科大学院進学適性試験(Law School Admission Test=以下、LSATと略称する)及び学部における成績が特に重視される。

 LSATに関しては、合格者の75%は161以上であり、残り25%も154以上である*11。また出身校のGPAについては、合格者の75%は3.63以上であり、残り25%も3.17以上である。外国人学生の場合には、TOEFL600点以上(ペーパーベースの場合)又は250点以上(コンピュータベースの場合)が要求されている。

 他のロースクールに行くものなどを考慮して、合格者を毎年若干多めに発表しているため、定員を若干超えた入学者がいるのが通例である。例えば2005年秋に入学した学生数は95人である。その出身大学及び出身学部がどのようなばらつきを示しているかについて、この2005年度新入生のデータの提供を、同校から得ることができた。それに基づいて、分析した結果が、表1及び2である*12

 表1は、新入生の出身校一覧である。わずか97人の出身校が52校に達しており、ハワイ大学マノア校の21名を唯一の例外として、入学者が2桁に達している大学は一つもない。僅かにそれに近いのがカリフォルニア大学で、バークレー校5人、ディビス校1人、ロサンジェルス校5人、サンディエゴ校1人で、各校を合計すれば12名の入学者がある。国際性もかなり豊かで、わが国からも、慶応大学、岡山大学及び創価大学アメリカ校から各1名の入学者がある。きわめて広く分散していることが判る。

1. ハワイ大学法科大学院2005年度新入生出身校一覧

  出身大学名  人数
Boston University 2
Brigham Young University 1
Brigham Young University-Hawaii 2
Brighnade University 1
California State University-Chico 1
California State University-Long Beach 1
Carleton College 1
Chaminade University 3
Colorado College 1
Colorado State University 2
Cornell University 1
Creighton University 1
Duke University 1
Eastern Washington University 1
Fordham University 1
Georgetown University 1
Hanover College 1
Keio University 1
Manhattan College 1
Massachusetts Institute of Technology 1
New York University 3
Okayama University 1
Oregon State University 1
Pepperdine University 1
Pomona College 2
Rhodes College 1
SaintAandrews University 1
Santa Clara University 1
Soka University of America 1
Stanford University 1
United States Air Force Academy 1
United States Merchant Marine Academy 1
University of California-Berkeley 5
University of California-Davis 1
University of California-Los Angeles 5
University of California-San Diego 1
University of Central Florida 1
University of Colorado 1
University of Hawaii-Manoa 21
University of Michigan 1
University of Mississippi 1
University of Notre Dame 1
University of Pennsylvania 4
University of Rhode Island 1
University of San Francisco 1
University of Southern California 3
University of Southern Indiana 1
University of Virginia 1
University of Washington 5
University of Wisconsin 1
University of Wisconsin-Milwaukee 1
Virginia Military Institute 1
合  計 97

 表2は、2005年度新入生の出身学科(専攻)一覧である。こちらも、52の学科(専攻)にまたがっており、複数の出身者がいるのは、僅かに政治学の11名だけであり、次いで、生物学、通信学、経済学、英語学の各5名が目立つ程度で、非常に分散していることが判る。このうち、14名の学生は、それぞれの分野で大学院(Graduate School)を終了しているが、他は大学(Undergraduate School)修了者である。

2. ハワイ大学法科大学院2005年度新入生出身学科等一覧

出身学科(専攻)名 人数
Agronomy 1
American Political Economy 1
American Studies 1
Asian Studies 1
Biology 5
Business Management 1
Business Administration 2
Chemistry 1
Communication 5
Computer Science 2
Criminal Justice 2
Economics 5
Education 1
Electrical Engineering 1
English 4
English / American Ethnic Studie 1
Environmental Health & Safety 1
Environmental Studies 1
Environmental Engineering 1
Ethnic Studies 1
Family Resources 2
Finance 3
French 1
Government 1
Hawaiian Studies 1
History / Biology 1
History of Art 1
History 1
International Relations 2
International Trade and Finance 1
Japanese Studies 1
L+Information Systems 1
Law 1
Liberal Arts 1
Management Information Systems 1
Management 1
Marine Engineering 1
Marketing 3
Mathematics 2
Mechanical Engineering 1
Philosophy 2
Political Science 11
Politics 1
Political Science / Psychology 1
Pre-Medicine 1
Psychology 8
Psychobiology 1
Resource Management 1
Resource Economics 1
Sociology 3
Spanish 1
Technology 1
合  計 97

 なお、2003年度入学者については、このような個別データは得られていないが、統計数字を得ることができたので、併せ紹介する*13。それに依れば、入学者の55%が女性、45%が男性である。ハワイの居住者か否かで見ると、70%がハワイ居住者(Hawaii Residents)、29%が非居住者(Non-Residents)、1%が外国居住者(Foreign/Pacific Residents)である。

 同じく、2004年について紹介すると、入学者の53%が女性、47%が男性である。ハワイの居住者か否かで見ると、86%がハワイ居住者、10%が非居住者、4%が外国居住者である*14

 何れの年度を見ても、出身校の多様性に比し、ハワイ居住者の比率が異様に高いと感じられる。これは、ハワイ出身であっても、本土の大学に進学しているものがあることが一因であることは確かである。しかし、それ以上に大きな要素として、ハワイ居住者が学費面で優遇されるため、真剣にハワイ大学法科大学院を目指すものは、居住者資格を獲得するべく努力するためと思われる。

 すなわち、1学期あたりの学費は、ハワイ居住者が6,060ドル(仮に1ドル110円とすると、66万余円)であるのに対し、非居住者は10,392ドル(同114万余円)である。法科大学院を卒業するには、3年間6学期が必要であるから、居住者か否かによる発生する差額は卒業までの間に25,992ドル(同約286万円)に達する。

 法科大学院事務局の説明に依れば、居住者か否かの識別は、入学前にハワイ州に1年間住んでいたか否かであるというから、居住者の資格を充たすのはそう難しいことではないのである。しかも、戸籍や住民登録のある国ではないので、最終的には本人が「居住者申告(Residency Declaration)」の書類を提出した場合には、それを信頼することになる。

 法科大学院のカリキュラムには、中心をなす法務博士課程(Juris Doctor Program)のほかに、国内的にも高く評価されている環境法課程(Environmental Law Program)及び太平洋アジア法律研究(Pacific Asian Legal Study)の二つが、その特色として存在している。前者は、全米法科大学院で25位以内に入ると高く評価されているという。後者は、太平洋・アジア地域各国の比較法的・国際私法的研究活動という。

 

三 学期とオリエンテーションについて

 ハワイ大学法科大学院は、2学期制である。2005年度の場合、秋学期(Fall Semester)は、8月第3週から始まっている。8月の半ば過ぎの新学期というのに、筆者は驚いたが、一般に、秋学期をクリスマス前に終了しようとすると、どうしてもこの時期になるので、アメリカでは、この時期の新学期が一般化しつつあるという。

 最初の週は、1年生向けのオリエンテーションにまるまる充てられている。ただし、初日である15日(月)は、各地から到着する1年生の受け入れに充てられており、16日(火)から本格的なオリエンテーションが始まった。

 16日(火)の場合、朝の8.30分に、ハワイ法律援助会(Hawaii Legal Auxiliary)主催の朝食会で一日が始まり、以下、法科大学院職員紹介、学部長の講演、事務局による様々な事務手続きの説明などが、ハワイ女性法律家協会(Hawaii Woman Lawyers)主催の昼食会を挟んで終日続くことになる。

 17日(水)は、午前中は、裁判所施設の見学に充てられている。そこから戻った後、学生基金調達者(Student Fundraiser)による昼食会があり、午後は今度はハワイ弁護士会青年部(HSBA Young Lawyers Division)など、先輩達による講演に充てられ、最後に、学生会主催のコンパで終わる。青年部の講演のタイトルが、「法科大学院1年生用のサバイバル・キット」と名づけられていたので驚いたが、全く法律の素養のない学生達の不安を除くことが主目的なので、毎回、このようなタイトルということであった。

 18日(木)は、やはり朝830分から、ハワイ法律ボランティアサービス(Volunteer Legal Services Hawaii)主催の朝食会に始まり、論文の書き方とか、法科大学院図書館の利用説明といった実戦的な説明が続き、昼食会は、レクシスネクシス(LexisNexis)とウェスト・ロー(West Law)の提供によるものである。午後は学生会の紹介があり、最後がティーパーティで終わる。

 なお、学生の個人研究席は、すべて図書館内に設置されている。毎年、秋学期の始まりと共に、席の配置を変更する。そのため、原則的に夏休み中は、各人の席に私物を置くことはできない。事実、ほとんどの席は8月第3週の時点ではからであったが、幾つかは私物で埋まっていた。ハワイに残って勉強している学生に対しては、必ずしも厳しく取り締まっているということではないようである。

 また、図書館長の説明によれば、レクシスネキシスとウェスト・ローの両システムは、何れも図書館内における学生の利用に対しては、無償で提供されているという。学生時代にそれらのシステムの利用に慣れていれば、法曹になった後において、有償での利用が期待できるからとのことであった。現実問題として、学生が両者のシステムに慣れすぎて、図書館が折角備えている書籍の利用率が低いというのが、図書館長の悩みであった。

 学期末試験は128日〜16日まで予定されており、それぞれ、午前1科目、午後1科目の、12科目のペースで行われる。

 春学期は、19日に始まり、515日に終了する予定である。

 

四 講義その他について

(一) 1年生の時間割について

 1年生が、秋学期における受講するべき必須科目は合計6科目16単位(Credits)である。それを整理したのが、表3.である。

3. 1年生秋学期における履修科目

整理番号

単位数

民事訴訟法1Civil Procedure I

Law 516

3

契約法T(Contracts I

Law 509

3

刑事訴訟法(Criminal Justice

Law 513

4

不法行為法T(Torts I

Law 522

2

法律検索(Legal Research

Law 506

1

法学ゼミ(Legal Method Seminar

Law 504

3

 表4.に示したのは、2005年度秋学期における時間表である。原本は、1年生から3年生までの全学年用の時間割が、一表に纏められたものであるが、すべてを紹介すると煩雑なものになるので、便宜上、ここでは1年生の教科だけを抜き出して見た。最初が上記整理番号、次が教科名、最後が担当教員名であるが、ゼミの場合には、担当教員名は私が訪問した学期開始直後の時点では書いていない時間が多い。ゼミにおける括弧書きは、グループ名である。

 2年生以上は、原則として、どの講義をとるかは学生の選択であるが、1年生だけは、全教科が義務制なので、1年生は95人全員が、講義時間に関しては1団となって行動し、この通りの時間割で講義を受けることになる。また、その様な大人数のため、使われるのはほぼ常にclass room 2CR2)という160人収容の階段教室になる。これに対してゼミは、その半数くらいの規模で行われている。

4. 2005年秋学期1年生の時間表

月曜 火曜 水曜 木曜 金曜 土曜
1時限

8.30

-

9.45

504

Legal Practice/

Legal Method

Sem (2)

501

Pre Admission

Seminar

504

Legal Practice/

Legal Method

Sem (2)

501

Pre Admission

Seminar

2時限

9.55

-

11.10

504

Legal Practice/

Legal Method

Sem.(4)(5)(6)(8)

509

Contracts

Chomskv

504

Legal Practice/

Legal Method

Sem (4)(5)(6)(8)

509

Contracts

Chomskv

520

Rhetoric of Race & Gender

Abraham

3時限

11.20

-

12.35

516

Civil Procedure Jones

504

Legal Practice/

Legal Method Sem(1)(3)(7)(9)

516

Civil Procedure Jones

504

Legal Practice/

Legal Method Sem(1)(3)(7)(9)

513

Criminal Justice

Hench

4 時限

1.30

-

2.45

513

Criminal Justice

Hench

522

Torts I

Matsuda

513

Criminal Justice

Hench

522

Torts I

Matsuda

5 時限

3.00

-

4.15

506

Legal Practice/

Legal Research

(1)(2)(3)(7)(9)

Ramsfield/

Seeuer

506

Legal Practice/

Legal Research

(4)(5)(6)(8)

Ramsfield/

Seeger

 この時間割で注目するべきは、1時限が75分となっていることである。これはやはり法科大学院の講義時間としては短いらしく、少なくとも私が滞在していた8月中の講義に関する限り、ほとんどすべての講義が時間内には終わらず、休憩時間には次の時限を受講する学生が講堂前の中庭に溢れ、次の時限を担当する教授も、彼らに混じって講堂の前で待っているという状態であった。

 参考までに、春学期に1年生が履修するべき講座を表5に示す。履修するべき講義は5科目、単位数は合計15単位である。

5. 1年生春学期における履修科目

教 科

整理番号

単位数

控訴審における弁論T(Appellate Advocacy I

Law 505

2

民事訴訟法U(Civil Procedure II

Law 517

3

契約法U(Contracts II

Law 510

3

不動産法T(Real Property Law I

Law 518

4

不法行為法U(Torts II

Law 523

3

(二) 23年生の履修科目について

 上述のとおり、2年生以上は、原則として何を履修するかは選択制になるが、必修の概念は当然ある。すなわち、憲法T(Constitutional Law I )は、2年生の秋学期の必修である。また、2年生の春学期に抽選で6つのゼミのいずれかに参加しなければならない。何についてゼミが設けられるかは、年度によって異なる。3年生になると、必修科目はなく、すべて選択制になる。

(三) 追加的履修科目(Additional Curriculum)について

 23年生は、上記の履修科目に加えて、表6に示した中からいずれかの追加的履修科目をとり、少なくとも2単位を履修することが要求される。この追加的履修科目に履修登録するためには、法科大学院のボランティア活動課程(pro bono program)で、60時間のボランティア活動を完了していることが必要である。

6. 追加的履修科目一覧

教科

整理番号

単位数

Professional Responsibility

Law 511

3

Moot Court Team

Law 536

(V)

Negotiation and Alternative Dispute Resolution

Law 508

2

Trial Practice

Law 563

2

Pretrial Litigation

Law 564

2

Estate Planning Workshop

Law 590G

3

Prosecution Clinic

Law 590B

4

Defense Clinic

Law 590C

3

Family Law Clinic

Law 590J

3

Legal Aid Clinic

Law 590H

3

Mediation Clinic

Law 590M

2

Native Hawaiian Rights Clinic

Law 590I

3

(四) ボランティア活動課程(The Pro Bono Program)について

 法曹になろうとする者にとって、公共奉仕の重要性を理解することは大切であるという認識の下、ハワイ大学法科大学院では、1992年からボランティア活動を正課に取り入れた。1995年卒業生が、その第1期生になる。それを通して、法曹教育を豊かなものにすると同時に、社会の中で充たされていない現実の法的ニーヅを知る機会になるからである。ハワイ大学法科大学院は、アメリカでも、ボランティア活動を正課に取り入れた最初の法科大学院の一つである。

 ボランティア活動を行うに当たり、学生は、ボランティア活動計画責任者によって任命された弁護士、法科大学院教員その他の監督の下に、法と関係したボランティア活動の場に赴かなければならない。「法に関係した」とは、きわめて緩やかに解釈され、連邦、州若しくは地方自治体政府、裁判所若しくは議会のいずれかにおける法と関係する活動を含むものとされている。しかし、書記や行政官の仕事は含まない。学生は極貧の依頼者にボランティアサービスを提供するように激励される。

 ボランティア活動60時間以上が卒業のための条件である。*15

 

(五) 憲法の講義について

 ハワイ大学法科大学院では、憲法は、必修科目であるが、1年生には無理ということで、前述のとおり、2年生秋学期に配当されている。憲法担当の教員は2名いるが、ソイファー(Aviam Soifer)教授は学部長の業務が繁多であるため、今学期は講義を持っておらず、ヴァン・ダイク(Jon M. Van Dyke)教授だけが講義を担当していた。したがって、受講生は2年生全員に、後述する修士(LL.M.)課程を加えた100人ほどの人数であった。講義は週2回、火曜日と木曜日に行われた。12月までの合計講義回数は、中間試験及び期末試験を除外して29回である。サンクス・ギビング・デーで1回が休講になっているためで、そういうことがなければちょうど30回になる。

 2005年秋学期の講義は、8月第4週(22日)からスタートしたので、その第2回講義を傍聴させて貰うことができた。講義スタイルは、パワーポイントを活用していた点を除くと、意外に私自身のものと違いが少ないのが、却って印象的であった。

 同法科大学院では、統一的なシラバスは作成せず、各教授が自らのシラバスを作成して、講義時に学生に配布する方式であった。以下、同教授より入手したシラバスから、興味ある点を紹介する。

 1 特定のケースブックを教科書として指定していた*16。私が出席した第2回の講義で読むべき範囲として指定されていたのは1頁〜58頁であった。シラバスに、以後、毎回の読むべき頁が指定されているが、同程度であった。なお、このケースブックは、法科大学院図書館には置かれていなかった。図書館長と面談した際、その理由について質したところ、学生が指定されたケースブックを確実に買うことを確保するため、教科書とされたケースブック類は図書館には置かない方針という回答だった。

 2 成績は2回の試験で評価する。3分の1は、1時間で行う中間試験であり、3分の2は、2時間で行う期末試験である。共に、教科書持ち込み可である。中間試験の場合には、最初の15分間問題文を読み、それから解答用紙を配布する。したがって、回答を記述するのに45分が使用できる。期末試験の場合には、1時間の試験が二つで構成される。何れも、中間試験同様に、問題を読む時間が15分、回答時間が45分である。学生に答案構成を確実にやらせるための興味深い試験方法と考えた。

 3 講義そのものは、いわゆるソクラテスメソッドで行われる。学生は、その日の講義に予定されている部分について、予習してこなかった場合には、助手にその旨のメモを提出して欲しいとされている。その様なメモを提出しても、評価そのものには影響しない旨が明記されていた。すなわち、教授が学生に質問するのは、予習をしてきている学生だけなのである。100人内外の大人数に対して確実に予定通り講義を進めるには、確かにこのような方法しかないかもしれないと痛感した。

 4 学生は講堂にノートパソコンの持ち込みが許されている。但し、それは講義のメモをとるためであって、ネットサーフィンその他の事を行ってはならないとされている。実際には、ほとんどの学生がノートパソコンを持ち込んでおり、階段教室の下から、100人以上の学生が一斉にノートパソコンを開いているのを見上げるのは、壮観であった。

 5 シラバスを見る限り、明らかに体系を意識した構成になっている。しかし、教科書として使用するのはあくまでもケースブックであって、体系書ではない。この点について、同校で日本法を講義しているレヴィン(Mark Levin)教授に質したところ、法科大学院卒業後、司法試験受験までの間に通う受験予備校では、体系書を使用した教育が通例であるとのことであった。同教授の説明によれば、法科大学院では、法律や判例は移り変わるという前提の下に、あくまでも法的な考え方を身につけさせるということに教育の主眼がおかれるため、ケースブック中心になるのに対し、受験予備校では短期間に確実な知識を身につけさせるという観点から体系的な講義が行われるという。日本における大学と受験予備校の関係が逆転している感があり、興味を感じた。

 

(六) リーガル・クリニックについて

 リーガル・クリニックは、学外で行うイクスターンシップと、学内で行うクリニカル・コースに分けられる。以下、順次説明する。

 T イクスターンシップ(Externship)について*17

 ハワイ大学法科大学院では、イクスターンシップは、義務づけられているわけではなく、参加するか否かは学生の自由である。同校でイクスターンシップを担当しているフォスター(Lawrence C. Foster)教授から、制度発足以降、今日までの参加状況の資料の提供を受けたが、それを見ると、人数が最も多い時で47人、少ない時で13人と非常にばらつきがある。同教授から提供された資料の中から、最近の参加状況を表7に示した。

 イクスターンシップの対象となっている分野は、大きく司法、行政、立法、民間の4つに分類されている。民間という場合には主としてNGOの団体活動に参加するのである。これに対し、それ以外の分野では、例えば、司法であれば特定の判事、立法であれば特定の議員というように、特定人に密着した形で、その活動の詳細を学ぶ機会が与えられる点に、イクスターンシップの大きな特徴がある。

 イクスターンシップに参加することで、学生が得られる単位は、参加形態により異なる。

 秋学期、春学期又はサマースクールにおいて、学業の傍ら参加するパートタイムの場合には、参加時間に応じ、2単位又は4単位が与えられる。

 ハワイ州の外で参加する場合には、フルタイム・イクスターンシップとして、春又は秋学期の場合には12単位、サマースクールの場合には6単位が与えられる。

 

7. イクスターンシップ 参加状況(単位:人)

学期

司法

民間

行政

立法

合計

2001年秋

8

8

1

0

17

2002年春

9

5

3

2

19

2002年秋

10

5

3

2

19

2003年春

10

6

3

2

21

2003年秋

16

8

7

0

31

2004年春

19

4

12

6

41

2004年秋

32

8

6

1

47

U クリニカル・コース(Clinical Course)について

 クリニカル・コースは、基本的には学内で、常勤または非常勤の教員が入念に指導した後に、学生自身によって実施される。実施する場所は、原則として学内に設けられた模擬法廷である。それをビデオに撮影し、その後、図書館内のビデオルームで担当教員が批評するという流れになる。

 2005年度において、開講されているクリニカル・コースは表8に示した15コースである*18

 表8 2005年クリニカル・コース一覧

Defense Clinic

Elder Law Clinic

Environmental Law Clinic

Estate Law Clinic

Family Law Clinic

Immigration Law Clinic

Layering Skills Workshop

Legal Aid Clinic

Meditation Clinic

Native Hawaiian Rights Clinic

Negotiation and Alternative Dispute Resolution

Pretrial Litigation Clinic

Prosecution Clinic

Real Estate Development Workshop

Trial Practice Clinic

 上述したクリニカル・コースのうち、Defense clinic及びProsecution Clinicに参加している学生については、現実にハワイ州の法廷で審理中の事件に拘わることが認められている。その参加の形態については、ハワイ州最高裁判所第7規則(Hawai'i Supreme Court Rule 7.)に詳細に定められている*19。その概要を示せば次のとおりである。

@ 参加学生は、「法律学生インターン(law student intern)」と呼ばれ、ハワイ大学法科大学院において、卒業に必要な単位の3分の1以上を履修済みであり、クリニカル・コースに登録されている人物をいうと定義される。

A 「クリニカルプログラム(clinical program)」とは、実務指向型の法律活動であって、法科大学院教員の指導の下に行われる、と定義される。

B 実際に法廷で学生の指導に当たる弁護士は、「指導弁護士(supervising lawyer)」と呼ばれ、ハワイ州弁護士会のメンバーであって、法科大学院によって法律学生インターンの監督者として適任であると認定されたものをいう、と定義される。

C クリニカルプログラムにあたっては、法律学生インターンは、依頼人が、出席することを文書で承認した場合であって、かつ指導弁護士が出席を文書で承認した場合には、依頼人のため、任意の司法裁判あるいは立法ないし行政審理の場に出席することができる。但し、司法裁判所や行政審判所が、指導弁護士なしで法律学生インターンが出席することに同意しない場合には、法律学生インターンは指導弁護士を同伴するものとされる。

D 制定法または規制によって禁止されない限り、法律学生インターンは、アメリカ合衆国、ハワイ州、あるいは地方公共団体を代表するあらゆる問題に出席することができる。

E 法律学生インターンが、そのように出席した場合、本規則で言及した文書の同意、および承認は、法廷の記録にとどめられるか、若しくは、担当裁判官ないし行政官の手元に保管するものとする。

 これ以外のクリニカル・コースの場合には、常勤または非常勤の担当教員による学内の指導にとどまり、現実に進行中の事件に拘わるというわけではない。

 

五 GPA制度について

 GPA制度が、少なくともハワイ大学のそれは、日本大学のそれとは大きく食い違っていることを発見した。さらに、ハワイ大学本体と、ハワイ大学法科大学院のGPA制度の間にも若干の差違があることを発見した。そこで、以下、順次紹介する。

(一) ハワイ大学のGPA制度*20

 ハワイ大学における成績は、それぞれ表9.のように、数値に換算される。

表9. ハワイ大学における成績換算表

A=4.0

B+=3.3

C+=2.3

D+=1.3

F0.0

A =4.0

B =3.0

C =2.0

D =1.0

A=3.7

B−=2.7

C−=1.7

D−=0.7

 ここに、Aは優(excellent)、Bは良(above average)、Cは可(average)、Dはぎりぎりの及第(minimal passing)、そしてFは不可(failure)を意味する。なお、AA+では、配点に差違がない。要するに、Aが通常における最高得点であり、A+というのは、教授から学生に対する賞賛の意思表示以上の意味をもたないのだという。

 先に、ハワイ大学法科大学院を受験するに当たって、合否判定の基礎となるGPAを示したが、これは、このような方法で算出されたものである。したがって、仮に日本大学学生が、ハワイ大学法科大学院を受験する際には、日本大学のGPAを同様の方法で換算し直さない限り、相当の不利益を受けることになるであろう。

 また、ここで重要なことは、F評価を受けた場合にも、それが一つの成績であるので、学生として例え必須科目であったとしても、再履修の義務はない、という点である。

 但し、C−、D+、DD−及びF評価を受けた者は、1回限り、再度の履修をすることが許される。しかし、一度とった点が消えることはない。従って、結局、GPAには、新旧両ポイントの平均値が反映することになる。今仮に、第1回の受験でD1.0)をとり、再修でA4.0)をとったと仮定すると、その合計の半分である2.5GPA計算に当たっての基礎数値ということになる。

 

(二) ハワイ大学法科大学院のGPA制度*21

 ハワイ大学法科大学院で採用している成績換算表は、上記ハワイ大学のものと同一である。ただし、次の点に相違がある。

 第1に、各得点の意味づけに関する表現が異なっている。すなわち、Aとは「高い業績(high achievement)」、Bとは「期待に合致する(meet expectation)」、Cとは「期待に及ばない(below expectation)、Dとは「不適切な成績(inadequate performance)」である。Fは大学と同じように失敗を意味する。また、+や−の評価を行うかどうかは、各教授の自由である。D−とFの相違について、事務局の担当者に質したが、これは各教授の判断であり、確定的な線引きはないとのことであった。 

 第2に、大学は得点分布については特段の規制がなかったが、法科大学院では、各得点について表10.のとおりの分布制限が存在する。

表10. ハワイ大学法科大学院における得点分布制限

 得点

 範囲

 備考

 A+〜A

5%〜25

但し、15%以上は、AないしA+を受けてはならない。

 B+〜B

75%〜90

但し、15%は必ずB−にならなければならない。

 C

 ――

特記なし

 D

 ――

特記なし

 F

 ――

特記なし

 第3に、再履修に関する規則が異なる。再履修が可能なのは、DD−及びF評価を受けた者に限られ、C−及びD+の者は、再履修ができない。また、法科大学院の場合には、元の得点は消える代わりに、再履修に当たっては、仮にA+〜C+に相当する好成績を採った場合にも、Cまでしか与えられない。

 法科大学院事務局に聞いたところでは、このようなルールである結果、現実問題として再履修する学生は、先ずいないということである。なぜなら、大学の成績制度で述べたとおり、仮にFであったとしても、それも一つの成績であって、再履修の義務はない。したがって、新しい科目を受講した方が、A等をとる可能性が出てくるため、最高でもCと決まっている再履修をするよりも、学生にとり有利だからである。

 第4に、法科大学院では、学生に、その成績に応じて、ランクを付ける。これは、春学期後の成績が出た段階で決定し、2年次生以上は、累積得点をベースに決定する。これはクィンタイル(Quintile=5分位数)を用いて表現する。すなわち、学年のトップから20%以内が第1クィンタイル、以下、第2クィンタイル(40%)、第3クィンタイル(60%)、第4クィンタイル(80%)、そして第5クィンタイルと呼ばれる。

 また、成績に応じて、次に示した特別の称号が与えられる。

Summa cum laude トップから5%以内の学生

Magna cum laude トップから10%以内の学生

Cum laude トップから25%以内の学生

 何れも、学生に勉学の意欲をかき立てるための手段である。授業料免除や、奨学金交付以外に、このような称号の付与により、勉学意欲をかき立てる手段を導入することは、十分参考にするに足る手法と考える。

 なお、イクスターンシップ等は、単位が得られるか、否かであって、A以下の具体的評価は与えられないので、GPAの算定基礎には入らない。

 

(三) 学業継続及び卒業に必要なGPA

 ハワイ大学法科大学院の学生は、学期末の時点で、累積得点から算出されたGPA1.60未満の場合には、次学期における履修登録が許されない。GPA2.00を下回ったが、1.60以上の学生は、履修登録は許されるが、保護観察(probation)に付される*22。すなわち、保護観察期間である次学期に履修したすべての科目の平均で2.00以上をとらねばならない。もし、下回った場合には、その次の学期の履修登録は許されない。保護観察中の学生は、学生組織の選挙に立候補したり、任命を継続したり、各種委員会の委員になってはならない。また、模擬裁判のコンテスト等に出場したり、イクスターンシップに参加したりすることも許されない。

 これは、当然卒業にも妥当する。すなわち、1.60未満の学生は卒業できない。

 

六 司法試験(Bar Examinations)について

 ハワイにおける司法試験は、州最高裁判所事務局が執り行う*23。受験資格としては、ABAに認証された法科大学院を卒業し、法務博士(J.D.もしくはLL.B.)の資格を有することである。修士号(LL.M., M.C.L.もしくは S.J.D.)では、受験資格としては認められない*24。試験は、2月及び6月の最終水曜日がある週に行われる。

 試験は2日間に渡って行われる*25。試験のうち、エッセイ(essay)は第1日目に行われる。それは、多数の州にかかわるエッセイ7問と、職業行為にかかるハワイ州における問題とからなる。その日の午後には、多数の州にかかわる90分間の業務試験(Performance Test)が二つ行われる。第2日には、多数の州にかかわる試験(Multistate Bar ExaminationMBEと略称される*26)が行われる*27

 MBE200問からなる多枝選択式の試験で、6時間かけて回答する。出題範囲は、契約法(contracts)、不法行為法(torts)、アメリカ憲法(American constitutional law)、刑法(criminal law)、証拠法(evidence)及び不動産法(real property)である。

 表11は、ハワイ州における最近5年間の司法試験合格率である。ハワイ大学法科大学院は、ハワイ州唯一の法科大学院であるだけに、ハワイ州特有の問題などに関しては、絶対的な強みを保っているので、他州の法科大学院を卒業した受験者も含めた、州全体の平均合格率よりも、常に高い合格水準を維持していることが判る。

 特に注目するべきが、第1回受験で合格する率である。ハワイ州では、司法試験受験回数に制限はない。しかし、ハワイ大学法科大学院事務局の説明に依れば、第2回受験での合格率は、5割が良いところであり、以下、受験回数が増えるにしたがって、急速に合格可能性が低下するので、普通3回程度までしか受験しないという。

11. ハワイ州における司法試験合格率

年度

州平均合格率(%)

ハワイ大学法科大学院全合格率(%)

ハワイ大学法科大学院第1回受験者合格率(%)

2000

72.0

85.0

85.0

2001

72.0

78.0

86.0

2002

67.0

80.0

89.0

2003

75.0

86.0

96.0

2004

62.0

68.0

73.0

七 就職指導について

 就職指導(Career Services)について、ハワイ大学法科大学院は非常に力を入れている。リー(Carol Mon Lee)副学部長(Associate Dean )にインタビューした際には、就職指導が、事務局としては最重要の任務であるという表現をされた。

 就職指導の対象は、建前的には在校生及び卒業生となっているが、実際には、在校生を主たる対象としている。これは、ハワイにおける司法試験が前項に説明したとおり、きわめて平易であり、優秀な学生であれば、間違いなく卒業後第1回の受験で合格する為であるという。その結果、法科大学院では、未だ第1回の試験も受けていない在校生の段階で、法律事務所や地方検事事務所などへの就職斡旋活動を開始するのである。

 法科大学院事務局の口答説明に依れば、法科大学院に入学しようとする者にとり、卒業後にどのような就職見込みがあるかは最も重大な問題という。そこで、入学志望者を対象とした法科大学院公式カタログの段階で、すでに表12.のような数字が示されている。

12. 2003年度クラスにおける雇用状況*28

職  種

給 与 水 準

個人営業(28%)

40,000--125,000

民間企業(10%)

40,000--63,000

法律事務所事務職(38%)

42,000--53,000

政府職員(15%)

36,000--55,000

公益事業(1%)

32000

 就職指導担当者は、入学したその日から、個々の学生を知るために膨大な時間を投入し、一人一人の個性に応じて、その就職の可能性を発見するために努力している。そのため、就職指導課には全部で6人もの職員が配置されているという。

 

八 修士課程(LL.M. program for foreign lawyers)について*29

 ハワイ大学法科大学院では、外国人に対象を限定した形で、修士課程を開講している。1年間で修士資格が得られる点が特徴である。2005年秋学期からの入学者は、メキシコ人1名、日本人2名、アゼルバイジャン人1名、ペルー人1名、ロシア人1名の計6名である。

 実をいうと、この修士課程については、その担当者より、強力な売り込みを受けた。すなわち、日本の場合には、法科大学院を卒業しても、司法試験に合格しない可能性が無視できないほど高いが、同校の修士課程がそれに対する救済策となり得るというのである。確かに、ハワイ州の場合には、修士課程修了資格では司法試験受験を認めていない。しかし、アメリカでは、例えばニューヨーク州のように、多くの州で認めている。したがって、日本の法科大学院を卒業した、十分に法的素養を持つ人物であれば、ハワイ大学法科大学院の修士号を1年かけて取得することにより、楽勝でそれらの州の司法試験を合格できるはずだというのである。

 その場合、通常の日本人にとって、最大のネックは、英語力の問題だと思われる。すなわち、ハワイ大学法科大学院の修士課程に入学するには、TOEFLで、580点(ペーパーベースの場合)又は237点(コンピュータベースの場合)をとることを要求しているからである。

 しかし、この点数は、本稿第二節で紹介した法務博士課程に入学する際に要求される数字より低い。そこで、外国人の中には、本来は法務博士課程を希望しているのに、それに入る代わりに、修士課程に入学する者もある。なぜなら、修士課程修了後、通常の法務博士課程に転科することが出来るからである。事実、2004年度入学の6名中2名は、その道を選んでいる。また、2005年度入学者中1名は、はじめから来年度における法務博士課程転科を希望していることを明らかにしている。

 参考までに紹介すると、修士課程に入学した場合、留学費用として次の額が必要となると同校では算定している。

 学費(Tuition and Fees)         :$21,888.00

 本代等(Books and Supplies) :$  800.00

 生活費(Living Expenses)     :$12,000.00

 総計(Total)                 :$34,688.00

 

[おわりに]

 出発前には不勉強で、夏期休暇中なのでインタビューする相手がいるか否かに最大の不安を持ちつつ訪れたハワイ大学法科大学院であった。しかし、上述のように、新学期開始直後の一番の繁忙期に訪れることになってしまった。それにも拘わらず、真摯に対応してくださった、同校の教職員の皆さんに、心から感謝したい。

 2週間強という短い調査期間と、筆者の語学力の低さから、調査は必ずしも徹底しておらず、あるいは誤解している点もあるかと思われる。しかし、他山の石として、一応の価値があるのではないかと思われるところから、報告する次第である。

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*1 ここで、博士と修士という訳語を使用しているが、これは便宜的なものであって、わが国におけるそれと混同してはならない。わが国の場合、博士課程前期において修士号をとらなくては、博士課程後期に進んで、博士号をとることはできない。それに対して、ここでいう法務博士課程というのは、わが国法科大学院と同様に、通常の大学卒業後直ちに法務博士課程に進学することができるのである。それとは別に、ここで修士課程と訳した課程も、ハワイ大学には設けられているのである。以下、わが国の従来型の博士との混同を避けるためJ.D.については、法務博士と訳する。修士課程も、ハワイ大学法科大学院独特のもので、日本の修士課程との類似性はほとんど無い。詳しくは、本稿第八節参照。

*2 USNews.comが行っているAmerica's Best Graduate Schools 2006に含まれる全米トップ100校のLaw Schoolランキングでは、ハワイ大学法科大学院は、83位に位置づけられている。その出典については、次を参照

 http://www.usnews.com/usnews/edu/grad/rankings/law/brief/lawrank_brief.php

 

*3 ハワイ州憲法第10章は、Educationと題されている。その第5節の原文を紹介すれば、以下の通りである。

UNIVERSITY OF HAWAI'I

 Section 5. The University of Hawaii is hereby established as the state university and constituted a body corporate. It shall have title to all the real and personal property now or hereafter set aside or conveyed to it, which shall be held in public trust for its purposes, to be administered and disposed of as provided by law.

*4 憲法機関(アメリカ法=constitutional organ、ドイツ法=Verfassungsorgan)とは、憲法学において、憲法典の明文の規定に基づいて設置されている国家機関をいう。わが国においては、天皇、国会(衆議院・参議院)、内閣(内閣総理大臣)、裁判所(最高裁判所)及び会計検査院がそれに当たる。憲法機関は、その廃止や権限の変更はもちろん、単なる名称の変更でさえも憲法改正の手続きをとる必要がある。したがって、ハワイ大学が同州における憲法機関とされていることは、その地位の強力さを端的に示していると言える。

*5 ハワイ大学マノア校が、2005-2006教育年度における公式カタログとして発行している“University of Hawaii at Manoa 2005-2006 Catalog"5頁に掲記されているハワイ大学の紹介は、“The University of Hawai'i System”のタイトルから始まっている。以下、本文に書かれているハワイ大学の紹介は、基本的にはこのハワイ大学公式カタログに依っている。

*6 ハワイ大学に関する2005-2006年度の、様々なパラメータに関する具体的な数字を以下に示す(出典:http://www.hawaii.edu/about/)。

 全登録者数(Total Enrollment 50,569

  学部生(Undergraduate44,165

  大学院生(Graduate6,404

 性別(Gender

  男性(Men41%

  女性(Women59%

居住Residency

  ハワイ居住者(Hawaii77%

  米本土居住者(Mainland)  10%

  外国人(Foreign5%

  その他(Other7%

 年齢(Age

  平均(Average 25.7

  18歳未満 3%

18-24 60%

  25以上 37%

 履修可能なコース(Programs Offered

  Total620

  Bachelor's 122

  Master's 91

  Doctorate 52

  1st Professional 3

  Post Baccalaureate 4

  Associate Degree 118

  Certificate of Achievement 83

  Certificate of Completion 69

  Undergraduate Certificate 51

  Graduate Certificate 27

*7 ハワイ大学法科大学院に関する基本的なデータは、同法科大学院の公式カタログである“Official School of Law Catalog 2005-2006“及び“Official School of Law Catalog 2006-2007“に準拠している。以下、同カタログに言及する時は、法科大学院公式カタログという。区別して表現する時には、前者を2005年版、後者を2006年版と呼ぶ。

*8 一期生の一人に、ジョン・ワイヘエ(John Waihe'e)がいる。彼は、1986年から1994年まで、ハワイ州知事を務めた。

*9 リチャードソン(William S. Richardson)は、人種的にはハワイ原住民と中国系アメリカ人の混血で、1966年から1982年までハワイ州最高裁判所長官(Chief Justice)を務めた人物である。最高裁長官在職中に書いた意見は、ハワイそのものに強い影響を与えた。一例を挙げるとアシュフォード決定(Ashford decision)と呼ばれるものでは、ハワイ州の海岸は、すべて公的財産であるとし、プライベート・ビーチを否定した。リチャードソンは、ハワイに住む誰でも法曹教育を受ける機会を有するべきで、米本土の法科大学院に入学できる資産を有するものだけに限られるべきではない、との考えから、1973年に法科大学院が設立されるに際し、中心的な役割を果たしたことから、彼の名がハワイ大学法科大学院に付されたのである。リチャードソンは、今日では教鞭をとってはいないが、いまもなお、法科大学院内に研究室を持ち、入学式その他の公式行事には出席している(この記述は、主として、法科大学院公式カタログ4頁に準拠した。)。

*10 入学試験の詳細については、次を参照。

 http://www.hawaii.edu/law/admissions/index.html#4

 

*11 米国におけるLSATは、法科大学院入学試験適性協議会(Law School Admission CouncilLSAC)によって実施されている。LSACは、米国及びカナダの200を超える法科大学院をメンバーとする非営利団体である。LSATそのものは、5分野にまたがる合計101の問題より成り立っている。それに対する回答で得られた生の点数をそのまま使うと、その時々の試験問題の難易により、ばらつきが生ずるため、一定の方式により、最高180、最低120、平均150の分布を持つスコアに換算する。例えば、生点で101問中99点とっていれば、スコアは180に換算されるのが普通である。全米のトップ25位以内の法科大学院に入学するためには、160以上のスコアをとることが必要と言われる。

 LSACの詳細については、次のホームページを参照。

  http://www.lsac.org/LSAC.asp?url=lsac/about-lsac.asp

 

 また、LSATの詳細については、次のホームページを参照。

  http://www.lsat-center.com/lsat-page1.html

 

*12 2005年度新入生については、入学手続き後に辞退した学生が2名いた。しかし、入学者のばらつき状況を見るには、資料が多い方が好ましいと考えたので、あえてその2名を削除せず、分析対象に含めたため、合計は97名となっている。但し、結果として、この2名は、いずれも複数の入学者を出した大学出身であり、また、複数の入学者を出している学科の出身であったため、表1及び表2のいずれにおいても、項目数には影響を与えなかった。なお、ここで検討しているのは法務博士課程の学生だけである。修士課程の学生6名は、ここでの分析対象には加えていない。

*13 この統計数字は、ハワイ大学法科大学院公式カタログ2005年版21頁より得たものである。なお、次のホームページにも同一の数字がある。

 http://www.hawaii.edu/law/admissions/index.html#2

 

*14 2004年度の入学者に関する統計数字は、ハワイ大学法科大学院公式カタログ2006年版21頁から紹介した。

*15 ハワイ大学法科大学院におけるボランティア活動の詳細については、次を参照。

 http://www.hawaii.edu/law/probono.html

 

*16 指定されていたケースブックは次のものである。

Daniel A. Farber, William M. Eskridge, Jr. & Philip P. Frickey, "Constitutional Law:Themes for the Constitution's Third Century (American Casebook Series)(third edition 2003)"

*17 イクスターンシップの詳細については、次を参照

 http://www.hawaii.edu/law/academic/Externship/index.html

 

*18 2005年度のクリニカル・コースについては、同年の公式カタログ15頁参照。

*19 ハワイ州最高裁判所規則については、次のホームページを参照。

  http://www.state.hi.us/jud/ctrules/rsch.htm

 

*20 以下のハワイ大学GPAに関する説明は、ハワイ大学公式カタログに準拠している。

*21 ハワイ大学法科大学院のGPA制度並びに学業継続及び卒業に必要なGPAについては"Student Handbook Fall 20055頁以下の記述に準拠している。

*22  英米法において、プロベイション(probation)とは、犯罪を犯した者を、刑務所や少年院などに収容せず、保護司などに観察・補導させ、社会内でその改善・更生を図ることを目的とする制度である。わが国でもこれを継受し、少年犯罪や、執行猶予、仮出所等の際に導入しており、それを保護観察という。ハワイ大学法科大学院では、このプロベイションという語を、本文に述べたとおり、卒業が危ぶまれるほどに成績が不良な学生に対し学内でその成績の改善を図ることを目的とする制度の名称として使用している。犯罪を犯したわけでもない学生に対する指導制度の名称の訳語として、保護観察はきつすぎると思われるかもしれないが、原語がこのような用語であるので、その語感を日本語で示す狙いからこの訳語を使用した。

*23 ハワイ州司法試験は、州最高裁判所規則(RULES OF THE SUPREME COURT OF THE STATE OF HAWAI'I)の定めるところにより行われる。同規則については、次のホームページ参照。

 http://www.state.hi.us/jud/ctrules/rsch.htm

 

*24 修士号では受験資格と認められない点については、注23引用のハワイ州最高裁判所規則の1.3 Requirements for admission(b)Legal Education or Experience Requirements(1)参照。

*25 ハワイ州の司法試験の具体的な実施方法は、次を出典としている。

 http://www.thebarexam.com/hawaiibarexam.htm

 

*26 MBEは全米司法試験問題協議会(the National Conference of Bar Examiners)が作成している。これは全米レベルの非営利団体で、MBEに代表される各種標準的試験問題を作成している。MBEに関する説明は、次のホームページを参照。

 http://en.wikipedia.org/wiki/Multistate_Bar_Examination 

*27 このパラグラフにおいて、Multistateという語に対して、「多数の州にかかわる」というはなはだ生硬な訳語を使用している。これについては、この語を例えば「連邦」というような単純な訳語と置き換えられないか、という疑問が生ずると思われる。しかし、司法試験は、あくまでも各州が、その主権に基づき実施するという意味において州レベルの活動であって、連邦レベルの問題ではないので、少なくとも連邦という訳語は妥当しない。また、例外となる州が存在しうるという意味において、全州とか、全米という訳語も使用できない。

 その点を、MBEを例にとって、全米司法試験問題協議会による解説にしたがい、もう少し具体的に説明したい。

 本文に述べてあるMBEの試験科目のうち、連邦レベルで法規範が制定されているのは、「証拠法(evidence)」だけである。すなわち、これについては「連邦証拠法(the Federal Rules of Evidence)にしたがって答えよ」とされている。この連邦証拠法は、法的効果としては連邦裁判所のみを拘束するから、これに関してだけは、連邦法と訳しても誤りではない。しかし、これが、各州で実施する司法試験問題になっているのは、これが連邦法だからではなく、多くの州において、これに類似した証拠法を制定しているという事実によっているのである。

 これに比較的近いのが「アメリカ憲法(American constitutional law)」である。これについては、「特に断り書きがない限り、憲法という言葉は連邦憲法(the federal Constitution)の意味に理解せよ」とある。したがって、原則的には連邦法と理解して良い。しかし、例外があるということになる。例外が存在する以上、これを連邦法と訳することは不適切である。これは同時に「アメリカ憲法」という言葉を「アメリカ連邦憲法」と訳すことが不適切な理由でもある。

 これに対し「契約法(contracts)」の場合には、「統一商業法案(the Uniform Commercial Code)にしたがって答え」ることが要求されている。この統一商業法案というのは、アメリカ法律協会(The American Law Institute)及び全米統一州法委員協議会(the National Conference of Commissioners on Uniform State Laws)の下にある常設統一商業法編集委員会(the Permanent Editorial Board for the Uniform Commercial Code)が作成しているものである。その母体となっている全米統一州法委員協議会は、その名称にあるとおり、各州及び地域(territory)から任命された委員によって構成される全米レベルの非営利団体であって、連邦機関ではない。その使命から、作成するのは州法とされるべきレベルの法規範の草案であるので、これを連邦法と訳す場合には、明白な誤訳となるのである。

 「不法行為法(torts)」になると、もはやいかなるレベルの法典も存在しないので、「一般に妥当とされている原則(principles of general applicability)にしたがって」答えることが要求されている。もちろんこれを連邦法と訳すことはできない。

 以上に例示したとおり、MBEの問題は、多数の州に共通してはいるが、厳密な法的意味において全州にまたがる統一性のあるものとさえいうことはできない。このため、本文にあげた「多数の州にかかわる」という訳語をさしあたり採用したものである。なお、各法分野に関するMBEの出題範囲については、次のホームページに依った。

 http://www.ncbex.org/tests/mbe/mbe.htm

 

*28 本表は、法科大学院公式カタログ2005年版19頁に登載されていた表を転記したものである。但し、その後に入手した公式カタログ2006年版では、各年度別の就職率及び2004年度クラスの各分野別の就職率が示されているにとどまる。それによると、就職率は、2002年度クラスが90%、2003年度クラスが95%、2004年度クラスが92%となっている。

*29 修士課程の詳細については次を参照。

 http://www.hawaii.edu/law/llm/index.html