脚注

*1 公務員の基本的人権の制限に対する学説状況を管見の限りで示すと次のようになる。

○ 明確に違憲説を唱える者として、次のような主張がある。

 芦部信喜は次のように違憲説を明示する。

「政治活動の自由を民主政の基礎をなす最も重要な権利として重視し、公務員にも最大限保障されなければならないという立場をとれば、公務員の地位、職務の内容・性質等の相違その他諸般の事情(政治活動の種類・性質・態様・程度、その他その行政の中立性に及ぼす影響の性質・程度、その禁止が公務員の政治活動の自由に及ぼす侵害の意義・性質・程度・重要性などの相違)などを考慮した上で、具体的・個別的に政治活動の自由と行政の中立という『両法益の相互的比重を吟味検討し、真に行政の中立性保持の利益の前に公務員の政治活動の自由が退かなければならない場合、かつ、その限度においてのみこれを制限するとの態度がとられねばならない』(猿払判決四裁判官反対意見)であろう。」(『憲法学U』有斐閣一九九四年刊二六五頁)

 内野正幸は次のように違憲説を説く。

「(単純な労働を提供する)公務員は、法令遵守義務を果たせば、おのずと公務の中立性は確保されるのであり、また、(全体)を通じて、私人としての政治活動の認否と、公務の中立性の侵害との間には、明白な因果関係は認めがたい」(括弧内が筆者が、内野の略号をそうとすると思われる言葉に置き換えた)(『憲法解釈の論点』第三版、日本評論社二〇〇〇年刊四四頁)

 浦部法穂は、次のように違憲説を明示する。

「現行法の制限は、すべての公務員のいっさいの争議行為、いっさいの政治活動を禁止するものであり、公務員の人権に対する行きすぎた制限といわねばならない。」(『全訂憲法学教室』日本評論社二〇〇〇年刊七四頁)

 阪本昌成はある程度詳しく判例学説を論じた上で、独特の根拠に基づく違憲説を説く。「公務員の政治活動の自由は、組織のルールによって制限されざるをえない」と述べた上で、次のように違憲説を採る。「非管理職の現業公務員が〈中略〉勤務時間外に職務または国の施設を利用しない活動については<組織内部の指揮命令に服さなければならない>、と結論することは困難である。また、猿払事件のように、機械的労務提供を職務内容とする社が、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、職務上の権限を行使することなく行った政治的活動に対して刑事罰を加えることは、『組織のルール』の範囲に含まれない。」(『憲法理論』第三巻、成文堂一九九五年刊八五頁以下)

 戸波江二は、次のように違憲説を明示する。

「規制の当否は、公務員の地位・職務内容、制限される政治活動の内容、公務員に対する制裁の種類等について具体的に検討して決すべきである。現行の規制は一律かつ広汎であり、それを合憲と見ることはすこぶる困難である」(『憲法』新版、ぎょうせい一九九八年刊一六九頁)

 長尾一紘は違憲説を明示する。

「@政治活動の自由は民主制の根幹をなすものであり、多様な表現行為の中でもとりわけ徹底した自由の保障が要請されること、A現行法におけるような全面禁止に近い制限を正当化する根拠は見あたらないこと、などに留意するならば、違憲説をもって妥当とすべきものと思われる。」『憲法』第三版、世界思想社一九九七年刊二二一頁()

○ これに対して、若干留保しつつ、違憲説を説くものとして、次の者がある。

 伊藤正巳は、方向としては違憲説であるが、明言していない。

「公務員が職務を離れた場における行動にまで市民的自由を奪うことの十分な理由となるかどうか疑問があり、少なくとも、高級な地位にある公務員も機械的労務を行う現業公務員も区別せず、およそ一切の政治的色彩のある行為を禁止するとも見える制限をおき、それの違反に刑事罰を科することは、憲法上疑義がある。」(『憲法』第三版弘文堂刊、二〇四頁)

 佐藤幸治は、次のように限定的に違憲説を採用する。

「公務員は、法律の下で行政事務を政治的に中立の立場で進める義務を負っており、そのことは憲法一五条二項の要請するところである。しかし、本件におけるように、郵便局員が勤務時間外に組合推薦の衆議院議員候補者の選挙用ポスターを配布・掲示する行為によって、そのような義務の履行が妨げられるとは解されず、一・二審判決のように適用違憲とすべきではなかったか。」(『憲法』第三版、青林書院一九九五年刊四三五頁)

*2 本文の言葉は、芦部信喜『憲法学U』有斐閣一九九五年刊二五〇頁より引用。

*3 特別権力関係の説明は、田中二郎『行政法上』新版・全訂第一版、弘文堂昭和三九年刊、七八頁より引用

*4 オーソドックスな特別権力関係理論の具体的内容については、芦部信喜『憲法学U』有斐閣一九九五年刊二四六頁より引用。

*5 特別権力関係理論にしたがった理解に関する本文の文章は、和田英夫「基本的人権と身分」清宮四郎・佐藤功編『憲法講座』第二巻、有斐閣昭和三八年刊、五二頁より引用。同旨宮沢俊義『憲法U』有斐閣三四年刊、二四九頁、

*6 現在において、特別権力関係理論を認めるものとして、例えば青山武憲『憲法』啓正社平成四年刊一六六頁以下。同書一六八頁では、「国家公務員法一〇二条の委任による人事院規則一四以降が違憲でないのは、公務員の勤務関係の特殊性に基づくものである。」と述べて、全面的に合憲とする。

*7 特別権力関係にある者を、只それだけの理由から基本権制限を行うことを否定した判決して、例えば在監者の基本的人権制限に関する大阪地裁判決昭和三三年八月二〇日(行集九巻一六六二頁)がある。

*8 特別権力関係という言葉を、例えば部分社会論的なニュアンスで使用したものとして、富山大学単位認定事件(最判昭和五二年三月一五日判決=民集三一巻二号二三四頁)における原審(名古屋高裁(金沢支部)昭和四六年四月九日=行集二二巻四号四八〇頁)などがある。

*9 全体の奉仕者説に関する括弧内は、昭和三三年四月一六日最高裁判所大法廷判決より引用。

*10 この全体の奉仕者という論理が、特別権力関係理論が説くところと同様に、公務員の基本的事件の無条件かつ全面的な制約を肯定する結論を引き出すところから、「最高裁判所は特別権力関係理論を肯定的に前提した上で事件に判断を加えているように推測される」とする者もある(川上勝巳「特別権力関係における基本的人権」有斐閣昭和四〇年刊『日本国憲法大系』第八巻一三七頁)。

*11 全体の奉仕社説を採りつつ、限定的二回する立場の例として、本文に示した文章は、法学協会『日本国憲法』有斐閣昭和二八年刊三六六頁より引用

*12 本文の全体の奉仕社説に対する批判の言葉は芦部信喜注一前掲書二五三頁より引用

*13 職務性質説については、宮沢俊義『日本国憲法』日本評論社刊二二一頁以下参照。又は同(芦部信喜補訂)二二〇頁以下参照。

*14 憲法秩序構成説に関するこの文章は、芦部信喜注一前掲書二五九頁より引用。

*15 清水伸編著『逐条日本国憲法審議録』増訂版第3巻、原書房昭和五一年刊、三七九頁以下に、管理関係の事務の掌理と題して、帝国議会における問答が掲記されているが、そこでは一貫して内閣それ自体が官吏の任免権を有することを前提としており、内閣から独立性を有する人事院による管理などは全く予定されていない。

*16 猟官制に関する本文の説明は、鵜飼信成『公務員法』新版、有斐閣昭和五五年刊、六頁より引用。

*17 明治憲法下の猟官制を中心とした制度運用については、鵜飼信成前注引用書、一三頁以下参照。

*18 GHQに当初公務員改革の予定がなかったことは次の文章に明らかである。

「占領初期に改革の基本的綱領とされた『ポツダム宣言』『JCS1380/15(統合参謀本部指令)』『SWINCC228(日本の統治体制の改革)』のいずれの文書にも『官僚制度改革』は登場していない」

 この文章は、岡田彰解説『GHQ日本占領史一二巻 公務員制度の改革』日本図書センター一九九六年刊一頁より引用。なお、本文におけるこの箇所以下の記述も、一々注記しないが、同書のこれ以下の記述に依存している部分が多い。

*19 エスマンの主張の内容自体は高柳賢三他編著『日本国憲法制定の過程 T 原文と翻訳』有斐閣一九七二年刊、一八三頁以下に見ることができる。

*20 エスマンの憲法草案作成作業中の行動については、鈴木昭典『日本国憲法を生んだ密室の九日間』創元社一九九五年刊、特に二四六頁参照。

*21 「フーバーは、USステール・・などの大会社の人事担当専門家として腕をふるい、その手腕を買われて州政府の人事行政担当専門委員という要職につき、・・人事行政の専門家として活躍していた人物で、徹底した経営者の論理=「科学的人事管理法」の合理主義とオールドライト的経営者の反組合主義を併せ備えた典型的な官僚タイプの人間であった。」(竹前栄治『米国対日労働政策の研究』日本評論社昭和四五年刊、二一六頁。ただし、原典に当たることができず、鵜飼注 引用書二七頁からの孫引き。)

*22 フーバーに法律的知識が欠けていた、というのは、フーバーの下で初代の人事院総裁となった浅井清著『人事行政二十年の歩み』にある記述という。ただし、原典に当たることができず、注一二前掲書8頁よりの孫引きである。

*23 竹前栄治『日本占領 GHQ高官の証言』中央公論社昭和六三年刊八〇頁参照。

*24 猿払事件=最高裁判所大法廷昭和四九年一一月六日判決(刑集二八巻九号三九三頁)より引用。以下同じ。

*25 裁判官の懲罰に関する具体的事情については、平成一〇年度重要判例解説六頁以下参照

*26 公務員の政治的基本権に関して、よりきめ細かな制限基準をたてるべきであるとする議論として、特に、芦部信喜注一引用のものを参照。

*27 本稿の論点とはずれるが、警察等職員の労働基本権の制限について、一言したい。従来、一般職公務員の争議権などが議論される場合にも、警察職員に関して、団体交渉権どころか、団結権までも否定されてきたことについては、ほとんど疑問をもたれていない。しかし、争議行為に至らない限り、団結権や団体交渉権を承認しても、それが一般国民に迷惑を掛ける可能性は皆無である。そのことを考えると、現行国家公務員法のように、それを禁止しているばかりでなく、その違反に刑罰を課することを定めている(一一〇条二〇号)のは、明らかに違憲と考える。

 警察官の団結権及び団体交渉権の承認は、単に理論の問題ではなく、実際にもきわめて必要度の高い問題と考えている。私はかって会計検査院司法検査課長として警察官、刑務官その他の労働環境についてある程度具体的に知見する機会を得たことがある。それはきわめて劣悪なものであり、その厳しい環境に耐えつつ、職務に邁進する第一線の人々の行動には無条件で頭の下がる思いがした。問題は、公務員のヒエラルキー構造の中では、そうした現場の問題点が必ずしも恒に上層部の知るところとはなっていない、ということである。近時、警察不祥事が頻発しているが、その原因のかなりのものは、第一線の抱える問題に対して、組織的な対応が十分になされておらず、現場において小手先の対応をしているに止まっているところにある。

 これに対し、他の一般職公務員では、団体交渉権がそうした問題解決機能を果たしている。例えば会計検査院の場合、その第一線の活動をになう調査官の労働環境もまた厳しいものがあるが、その改善のために、会計検査院労働組合と会計検査院幹部の間で毎年度、団体交渉が行われ続けてきた結果、私自身が第一線の調査官として活動していた時代に比べると、今日においては相当の改善を見ている。こうしたことを考えると、警察官の場合にも、団結権及び団体交渉権を他の一般職公務員並に承認し、現場警察官の声を上層部に届かせる道を開くことがきわめて重要と考える。