出会い系サイト規制法上の届出制度の合憲性

甲斐素直

問題

 インターネットを利用して、不特定の男女が出会えるサイト(出会い系サイト)は、一般に身元や素性を偽って登録することが可能であり、またそれが許容される環境にあるため、それを狙って近年では援助交際、詐欺、恐喝、暴行殺人など様々な犯罪の温床になっている。そこで、国は平成15年(2003年)に「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律」(出会い系サイト規制法)を制定し、特に問題の多い18歳未満の児童を性行為目的で誘い出す書き込みをインターネット上で行なうと行為などを禁じ、罰則化した。その規制の一環として、同法は、インターネット異性紹介事業を次の様に定義した(2条2号)。

「異性交際(面識のない異性との交際をいう。以下同じ。)を希望する者(以下「異性交際希望者」という。)の求めに応じ、その異性交際に関する情報をインターネットを利用して公衆が閲覧することができる状態に置いてこれに伝達し、かつ、当該情報の伝達を受けた異性交際希望者が電子メールその他の電気通信(電気通信事業法 (昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号 に規定する電気通信をいう。以下同じ。)を利用して当該情報に係る異性交際希望者と相互に連絡することができるようにする役務を提供する事業をいう。」

 警察庁では、20081010日に「『インターネット異性紹介事業』の定義に関するガイドライン」を告示し、同法にいうインターネット異性紹介事業とは、具体的には、次の①~④のすべての要件を満たすものとした。

面識のない異性との交際を希望する者(異性交際希望者)の求めに応じて、その者の異性交際に関する情報をインターネット上の電子掲示板に掲載するサービスを提供していること。

異性交際希望者の異性交際に関する情報を公衆が閲覧できるサービスであること。

インターネット上の電子掲示板に掲載された情報を閲覧した異性交際希望者が、その情報を掲載した異性交際希望者と電子メール等を利用して相互に連絡することができるようにするサービスであること。

有償、無償を問わず、これらのサービスを反復継続して提供していること。

 同法は、この事業を行おうとする者は,事務所の所在地を管轄する都道府県公安委員会に所定の事項を届け出なければならず(7条1項),その届出をしないで同事業を行った者は6月以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する旨を定めた(32条1号)。

 Xは、同法に違反して、都道府県公安委員会に届け出をせずに、出会い系サイトを運営したため、同法に違反しているとして、逮捕、起訴された。裁判において、Xは、インターネット異性紹介事業に過度に広範な定義を下すことにより、憲法21条の表現の自由を侵害しており、違憲無効であると主張した。

 Xの主張の憲法上の当否について論ぜよ。 

[はじめに]

 本問の事実関係は、最高裁第一小法廷平成26116日判決(平成26年度重要判例解説18頁参照)を事例化したものである。この事件では、原告及び原告弁護人は、思いつく限りの憲法上の主張を並べているが、いずれも憲法論の理解が不十分で、現実問題として議論の体をなしていない。そのため、最高裁判所の判決それ自体も、至ってあっさりしたもので、それを読んでも、何が論点なのか、よく判らないものとなっている。

 本問で取り上げた過度の広汎性という議論は、Xは実際には行っておらず、したがって最高裁判所判決中にもその議論はない。実は、Xは、何故か私のホームページ中の掲示板を見つけ、そこにこの点の質問というか、議論を書き込んできた。ただ、それは31条の刑事規定に関する曖昧性故に無効の法理と、21条の過度の広汎性故に無効の法理を完全に混同しているものであった。放置しておく訳にもいかず、かなり解きほぐして説明し、21条の主張も、31条の主張も無理である旨回答した。その結果なのか、実際の上告では、21条に関しては自らの表現の自由が制約されたと主張するに留め、31条の曖昧性故に無効の主張だけが残っていた。どちらについても、無造作に最高裁判所により退けられたことは、判決に明らかである。

 そこで、今回は、その、結局Xが断念した21条に関する過度の広汎性とはどのような議論で、何故妥当しないのか、について論じることとした。

一 適用審査と文面審査

 司法審査における審査方法は、大きく分けて二つある。

(一) 適用審査 as applied scurutiny

 これは、法令の合憲性を、その事件における当該法令の適用に関して個々的に審査するというものである。憲法訴訟の本質を、付随的審査制であると理解する以上、これが原則的な司法審査となる。

 この場合、判決は、違憲判決の場合にも、その立法を、その事件に適用する限度において違憲と判断するにとどまることになる(適用違憲)。

(二) 文面審査 facial scurutiny

 これは、法令の合憲性を、その事件から離れて、法令そのものの文面において審査する。権利救済のための審査手法である。

 憲法訴訟の目的が、具体的事件における個人の権利の救済に尽きると考える場合には、適用審査のみで良く、このような審査を裁判所が行うことはあり得ない。しかし、その方法のみに拘るときは、国民は、法律が違憲と考える場合でも、敢えて違法行為を行わない限り、違憲判決を得ることができない。この結果、通常の国民であれば、違憲と信じる場合にも、その法律に従う行動をとることになる。これを萎縮効果chilling effectという。 その結果、表現の自由の場合、萎縮効果は事前抑制たる機能を発揮する。

そこで、萎縮効果の発生が、深刻な事態を引き起こすと考えられる場合には、裁判所は、具体的な事実関係の審査に先行して、立法の文面審査を行い、文言が問題である場合には、その段階で、立法そのものを違憲と判断することになる。

 文言が違憲になるのは、萎縮効果をもたらす場合である。

二 明確性の理論及び過度の広汎性の理論

(一) 明確性の理論

 刑罰法規は、憲法31条の定める罪刑法定主義の要請から、対象として禁止・処罰を受ける個人に対し、禁止内容が十分にわかるような明確な文言になっていなければならない。なぜならば、法文が不明確な場合には、いかなる行為が規制立法に抵触するか、という予見可能性が失われるからである。

その結果、個人に対して「公正な警告」を発しているとは言えないような場合には、その刑罰法規は曖昧さの故に無効(void for vagueness)となる。

 その場合、公正な警告を発していると読み取れるかどうかの基準をどこに求めるかが重大な問題となる。

(二) 過度の広汎性の理論

 憲法21条の保障する表現の自由の場合には、法律の文言そのものは明確であるが、表現活動を規制する法律の適用範囲が過度に広汎であるために、それが憲法上保障されている表現活動をも規制禁止する場合は、過度の広汎範性の故に無効(void for overbreadth) となるとされる。

三 判断基準について

 本問の場合、問題文に明示したように、出会い系サイト規制法2条の文言と、警察庁の定めたガイドラインを比べると、明らかに法2条の方が広い概念となっている。現場における規制官庁がガイドラインの限度で十分と言っている以上、法2条は、過度に広汎な概念と言える。

 しかし、そのことと、文面審査=文面違憲の対象となるかどうかは全く関係が無い。

 刑罰法規の場合、処罰対象となっている行為が何かという事が明確でないと国民を必要以上に萎縮させることが問題である。徳島市公安条例事件では、公安委員会がデモ行進に対して「交通秩序を維持すること」というのが問題になった。人が車道を歩く以上、どんなに注意しても自動車交通を害するからである。しかし、最高裁判所は、一般人を標準とすれば、この表現で十分にジグザグデモ等を行う事を禁じていると読めるとして有罪とした。

 出会い系サイト規制法22号の「異性交際(面識のない異性との交際をいう)」という表現は、上記最高裁判所判決を基準とするならば、十分に刑罰法令が要求する明確性を持つ定義が与えられているといえる。つまり、憲法31条には違反しない。

 問題は、この文言は、いわゆる「出会い系サイト」だけに留まらない広汎性を持っている点である(つまり、言葉の意味は明確だが、それは明らかに広すぎるという問題)。それに該当する場合には、過度の広汎性故に無効の法理というものの適用により、表現の自由を規制していると言える場合には、憲法21条違反という問題が考えられる。

 そして、明確性に関しては一般人を標準とすると最高裁は言っていますが、広汎性については、最高裁判所は、裁判所による判断権の問題だとしている。代表的な概念としては、猥褻とは何か、という問題がある。これについて、「チャタレー夫人の恋人」の様な、今日の感覚からすればどこが猥褻なのだろうと首を捻るような作品までが問題になった。

 ここで問題は、そもそもサイトの設置は表現行為と言えるのか、という点である。サイトへの書き込み行為は確かに表現行為であるが、サイト自体は単なるプラットフォームに過ぎない。

 例えば、公道に面した自宅の塀にどんな落書きをされようとも、それ自体は、その塀のある家の表現行為とは言えない。しかし、その家の人が、ある落書きは消し、他の落書きは残すというように編集活動を行うと、その編集は表現行為と評価することができる。つまり、サイトの設置を表現行為だと主張するためには、そもそもそのサイトへの書き込みを適切に管理する義務がサイト管理者にはあるのだ、という事になる。その管理義務を果たすことなく、サイトの設置を表現の自由だと主張することは、できない。

 従来、判例で問題になったのは、サイトの書き込みで他者の名誉を毀損したという事件が中心である。その場合、出会い系サイト規制法のような立法は、その時点ではなかったにも関わらず、裁判所は管理義務を承認しています。例えば、動物病院対2チャンネル事件控訴審判決(東京高裁平成141225日判決)は、次の様に述べている。

「本件掲示板に書き込まれた発言を削除し得るのは,本件掲示板を開設し,これを管理運営する控訴人のみである。〈中略〉控訴人には,利用者に注意を喚起するなどして本件掲示板に他人の権利を侵害する発言が書き込まれないようにするとともに,そのような発言が書き込まれたときには,被害者の被害が拡大しないようにするため直ちにこれを削除する義務があるものというべきである。」

 この判例で問題になっているのは、法律すらないのですから、管理義務の存在を条文から読めるかどうかというレベルの問題ではなく、サイト管理人の社会に対する一般的な義務として削除義務が存在する、ということである。そして、出会い系サイト規制法が課している責務は、ネットという誰の目にも触れる場所にサイトを管理する人の当然の義務を確認しているだけで、こうした判例を基準とする限り、新たな義務を課したものとは言えません。したがって、違憲という問題は生じない。