弁護士会の強制加入制度と憲法
22条甲斐素直
問題
Cからの訴えで、この事件を審査したA弁護士会懲戒委員会は、Xの行為は弁護士法56条にいう弁護士としての「品位を失うべき非行」に該当すると認定し、Xに対し退会命令を下した。
これに対して、
Xは、Yに対し、弁護士会への強制加入制度は、結果的には会員相互間の友好関係を強制し、その結果、会員相互間の馴れ合いによる事件の解決を招きやすくするものであり、弁護士法8条、9条、36条は、憲法22条の「職業選択の自由」に違反すると主張して訴えた。Xの主張の憲法上の当否について論ぜよ。
参照条文 弁護士法
第
第
9条 弁護士となるには、入会しようとする弁護士会を経て、日本弁護士連合会に登録の請求をしなければならない。第
36条 弁護士名簿に登録又は登録換を受けた者は、当然、入会しようとする弁護士会の会員となり、登録換を受けた場合には、これによつて旧所属弁護士会を退会するものとする。第
56条 弁護士及び弁護士法人は、この法律又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があつたときは、懲戒を受ける。第
57条 弁護士に対する懲戒は、次の4種とする。1
.戒告2
.2年以内の業務の停止3
.退会命令4
.除名[はじめに]
従来、職業の自由は、営業の自由と組み合わせて議論されることが多かった。そして、営業の自由は、経済的自由権であることが明らかであるところから、学生諸君は、職業の自由までが経済的自由権であることを疑わない傾向がある。
しかし、弁護士活動というものを考えてみれば、それがいわゆる営業というものに属さない、極めて精神性の高い活動であることは明らかと言えるだろう。もちろん、職業であるかぎり、生計を立てるための資を得る活動という要素はある。しかし、本問の中心テーマである強制加入制度は、弁護士会の自治を認め、その限度で国家の干渉を排除することによって、弁護士活動の自由を確保することを目的とするものである。
これが、単なる経済的自由権であれば、国家として積極的に国民の福祉のために介入することが認められるか否かが問題になり、一般の人に対する影響が少ない職業ほど、国家の介入が少なく、影響が大きくなるにつれて、積極介入が肯定されるという構造をとるはずである。ところが、弁護士の場合には、弁護士活動が重要であるが故に、国家の介入を極力排除するという要求につながっていっているのである。だから、普通の職業の自由に対する規制の理論を当てはめると、うっかりすると逆方向の結論に引っ張られかねないところがある。従来からの営業と結びついた職業の自由の理論をそのまま使いつつ、結論として、弁護士会の強制加入を肯定するという論理を導こうとすると、下手をすると、完全な論理破綻を起こしかねないことが、理解できると思う。一体、強制加入や懲戒権を肯定する論理は、どのようなアプローチから導かれるのだろうか。闇雲に、職業の自由の手慣れた論文を書き始める前に、その点を考えてみることが、正解を得る上で大事である。
答えとしては、こうした非営利的な職業については、むしろその精神的自由権としての側面を重視しなければならない、ということである。同様のことは、僧侶や大学教授という職業についてもいうことができる。僧侶の場合には、国家の干渉を排除し、僧侶の任免等における宗教団体の自律を認める論理は、部分社会論を通して構築され、教授における同様の問題は、大学の自治の論理を通して認められるので、説の外見は大きく異なる。しかし、弁護士の場合との共通の要素として、その職業の非営利性=精神的自由権性を考えることができるのである。
一 強制加入制度について
ここで述べていることは、諸君が論文に書く必要のあることではない。しかし、ここに述べたことは知っておかないと、論文における論理の流れに影響すると思われるので、まとめて説明しておくのである。
最高裁判所は平成
4年7月9日に、弁護士の弁護士会への強制加入制度は合憲であるという判決を下した(判例時報1441号56頁)。これは極めて簡略なものであるし、論旨も少々おかしいこともあって、ほとんど学界の関心を引かなかった。しかし、その第1審である東京高裁平成元年4月27日判決(判決時報40巻1〜4号40頁=以下「平成元年東京高裁判決」という)では、比較的詳細に論じている。本問中の弁護士の手紙中の表現は、基本的にはこの判決に依拠して作成している。ただし、実際の事件では、Xはここに例示した以外にも、様々な攻撃をC及びその関係者に繰り返し加えている。また、処分は最初は本問の通り退会命令であったが、後に6ヶ月の業務停止に軽減されている。このような強制加入制度は、南九州税理士会事件や群馬司法書士会事件でも知られるとおり、弁護士会以外にも、公証人会、弁理士会、司法書士会、土地家屋調査士会、税理士会、行政書士会、水先人会及び公認会計士協会について、とられている。これらは、まとめて、公共的専門職能団体と呼ばれる。強制加入制については、明治憲法下においては、今日では任意加入団体になっている医師会、歯科医師会、獣医師会、薬剤師会等にもそれが認められていたなど、今よりはるかに広範に採用されていた。
当時いわれた理由は、その職業の公共性、倫理性が強いため、同業者間の自主的規律による職業倫理の維持が必要とされたこともさることながら、国家による監督・取締りを行う上で、強制加入制が有効と考えられたためといわれる。例えば、弁護士会の場合にも、検事・検事正の監督下に存在しており、現在の様な自治権は存在していなかった。
第
2次大戦後になると、GHQによる民主化政策の一環として、多くの団体で強制加入制は廃止された。さらに、1951年に税理士法が制定された際には、強制加入制は憲法違反であるとする法制局意見が出された結果、任意加入制がとられることとなったという。戦前から引き続き強制加入制が残ったわずかな例外が、弁護士会、公証人会及び弁理士会であった。しかし、その後、
1950年代後半以降、戦前に強制加入制度をとっていた各団体からの強い要求により、先に挙げた諸団体について、強制加入制がとられるようになって今日に至っている。こうした強制加入制をとる職能団体の中でも、弁護士会は異色の存在である。本問に現れた懲戒権限は、他の強制加入団体の持たない威力の強力な自治権である。これを持つようになったのは、
1949年の弁護士法からである。他の職能団体の場合には、強制加入制をとっていても、その意味では自治権が弱い。例えば司法書士法の場合には、次のように定められている。
第
一
二
二年以内の業務の停止三
業務の禁止弁護士会からの退会命令が、主務官庁による業務の禁止命令に匹敵する効力を持つ弁護士法の規定の強力さが理解できると思う。
実際の事件では、
Xは懲罰手続に関して、憲法31条の保障する適正手続保障が存在していない、など、多方面にわたる主張を展開している。しかし、本稿においては、設問に示したとおり、憲法22条との関連においてのみ、この強制加入制及び懲罰制度について、検討していきたい。
二 「職業選択の自由」に関する規定と学説の沿革
(一) 明治憲法下における規定と学説
明治憲法は、今日的な意味における職業の自由については、明確な保障規定を持たなかった。すなわち、
19条において、「日本臣民は法律の定むるところの資格に応じ、均しく文部官に任せられ及其の他の公務に就くことを得」として公務就任権だけが保障されていた。しかし、本来自由主義の下においては、国家は私人間の自由に干渉しないものであることを念頭に置いて考えれば、職業選択の自由も国家と国民の関係において保障されれば十分であるといえる。なぜなら、通常、国民の職業選択の自由を制限する必要は、主として他の一般国民に何らかの影響が生ずることを根拠として発生するからである。したがって、純然たる自由主義的な意味においては、職業選択の自由は、明治憲法においても明確に保障されていたといえる。また、現行憲法
22条1項の定める今一つの内容である居住及び移転の自由については、奇しくも同じ22条において明確に保障をしていた。そして、伊藤博文は、これを『憲法義解』において、次のように解説していた。「本条は居住移転の自由を保明す。封建の時、藩国
と解説していた。すなわち、伊藤博文の意図では、居住、移転の自由を保障することにより、営業の自由を保障することを目的としていたのである。
したがって、すくなくとも明治憲法の起草者の意図においては、職業選択の自由と居住移転の自由は何れも保障対象とされていたことが明らかである。また、営業の自由は、職業選択の自由の一環ではなく、居住移転の自由の一環として認識されていたことも注目されるべきであろう。
このことから、明治憲法下においても、営業の自由が臣民の権利として、保障の対象となるか否かについて議論の対象となった。積極的に否定する見解も存在していた。しかし、職業選択の自由そのものは余り活発な議論の対象とはならなかった。
(二) 戦後の学説の変遷
1 戦後、
22条1項に関する当初の学説は、本条が、職業の自由一般ではなく、特に「選択」に限って保障していることについて、何らの問題意識も示さなかった。単に「職業選択の自由は、選択した職業に従事する自由を含み、さらに営業の自由のほか、医業・弁護士業のような、営利を目的としない職業の自由を含む」として、広く理解するのが一般であった(田上穣治『憲法撮要』有信堂昭和38年刊、119頁より引用)。また、職業選択の自由と居住・移転の自由が一括して保障されていることについても、当初は全く問題意識は持たれなかった。2 本条に関して、解釈の一つの転機となったのは、昭和
40年に発表された伊藤正己の「居住移転の自由」と題する論文であろう(『日本国憲法体系第七巻基本的人権T』有斐閣昭和40年刊193頁以下)。この中で、伊藤正己は居住移転の自由が、経済的自由としての性格を多分に有していることを承認しつつ、次のように述べた。「憲法における人権保障の構造が資本主義体制と癒着していた時代にあっては、居住移転の自由を職業選択の自由、営業の自由と結合させ、経済的機能の面からのみとらえることも可能であったし、適当であったともいえる。しかし、それをその本質から考えなおしてみるときに、それは、より広い機能をもつものとされねばならない」
として、検討し、第一に人身の自由との関連が、第二に精神的自由権との結びつきが、第三に平等権の実現と直結していることが、最後に人格形成における重要性が、それぞれ指摘される。そして、結論的には単なる経済的自由ではなく、「民主制にとって本質的な自由という性格を合わせ備えている」と結論する。その結果、解釈に当たっても、次のように述べる。
「規制が経済的自由の側面にかかわるときは、それと同様の基準を適用すべきことになり、他方で、その規制が民主制の本質的自由にかかわり、経済的自由と関連のないときは、むしろ精神的自由に近似した基準を適用すべきである」。
この論文は、その後の学説に二つの点で大きな影響を与えた。一つは、ここで取り上げた居住移転の自由を、単純に経済的自由として考える立場はこれ以後影を潜め、経済的自由と分類しつつも、それに一定の限界があることを承認するようになってきた。さらには、佐藤幸治のように、端的に精神的自由権に分類する学者も出現したのである。
憲法
22条の定める人権のうち、居住移転の自由が精神的自由権に属するならば、残る半分である職業選択の自由についても、少なくとも精神的自由権的側面が存在することが、当然に予想される。この点については、むしろ判例が先駆的な役割を担うことになる。薬事法違憲最高裁判所昭和
50年4月30日判決(百選第5版206頁)は、職業の自由について「本質的に社会的な、しかも主として経済的な活動」である、といいつつ次のように述べて、個人の人格的価値と密接な関連を有する権利でもあることを承認する。「職業は、人が自己の生計を維持するためにする継続的活動であるとともに、分業社会においては、これを通じて社会の存続と発展に寄与する社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものである。右規定が職業選択の自由を基本的人権の一つとして保障したゆえんも、現代社会における職業のもつ右のような性格と意義にあるものということができる」
この判決の影響は大きく、以後、職業選択の自由が経済的自由に属することを前提としつつ、「人の人格的価値ないし精神生活と緊密な関係を有する自由」(佐藤幸治・憲法第
3版556頁より引用)であることが一般に承認されるようになる。他方、この判決では、「職業は、ひとりその選択、すなわち職業の開始、継続、廃止において自由であるばかりでなく、選択した職業の遂行自体、すなわちその職業活動の内容、態様においても、原則として自由であることが要請される」として、職業選択の自由と遂行の自由を同一視した。先に述べたとおり、この点はそれ以前においてもほとんど異論のない点であったが、以後、確立した感がある。
3 今ひとつの大きな学説の転機となったのは、経済史学者岡田与好が昭和
44年に書いた「『営業の自由』と『独占』及び『団結』」と題する論文である(東京大学社会科学研究所編『基本的人権の研究』第5巻129頁)。この論文以前においては、憲法学界においては、営業の自由は、職業の自由に含まれるので、22条1項で読めるという見解に対して、ほとんど異論はなかった。これに対して岡田は、営業の自由という概念は、本来は、独占企業に対して、あるいは労働者の団結に対して、人々の営業の自由を保障するものだったという。すなわち営業の自由は、歴史的には、反独占を貫徹する公序(public policy)として、上から求められたものであって、人権として形成されたのではない、という歴史的事実が指摘して、憲法学説の問題性を鋭く批判した。この批判に対し、憲法学者は、さしあたり、成立史と解釈は別であると反論した(例えば伊藤正己『憲法』第
3版353頁参照)が、影響を受けずには済まなかった。そのことは、従来、経済的自由として疑われることのなかった営業の自由に対して、「能力発揮の場の選択の自由」(『注釈憲法』上、514頁=中村睦夫執筆部分)という普遍的人権の側面と、資本主義社会に固有の原理としての側面とが、区別されるべきことが意識されるようになったことに端的に現れている。本問とは、直接関係がないが、営業の自由に関し、この岡田論文出現以前は営業の自由は、もっぱら22条で説明していたが、これ以後は29条に力点を置いて説明するのが通説となった。(三) ドイツにおける職業の自由
ここで、目を海外に転じて、わが国憲法学に一貫して強い影響を与え続けたドイツにおける状況をみよう。
現行憲法(ボン基本法)では、わが国憲法
22条に相当する規定は、11条1項(移転の自由)と12条1項(職業の自由)に分かれている。12条1項は次のように規定する。「すべてのドイツ人は、職業、職場及び養成所を自由に選択する権利を有する。職業の遂行については、法律によって、又は法律の根拠に基づいて、これを規律することができる。」
同条については、バイエルン州薬事法が薬局の開設を許可制としたことが、同条違反となるか否かが争われた事件(連邦憲法裁判所
1958年6月11日判決=BVerfGE7,377)を嚆矢として、多数のドイツ憲法裁判所の判例がある。その一つに、本問に極めて類似した、弁護士身分指針決定(1987年7月14日判決=BVerfGE76,171)というものがある。同判決は言う。「一方において、職業の自由の基本権は、基本法の秩序によれば最も高い法的価値とされる人間の人格を、分業的産業社会における自己決定にとってとりわけ重要な領域において保護するものであり、他方において、この自由を行使することは、一般の利益と一致していなければならず、共同体のどのような利益に対して、個人の自由権がどの程度劣後するかのについての比較衡量は、立法者の責任の領域に属する。」(ドイツ憲法判例研究会編『ドイツの憲法判例U(第
すなわち、職業選択の自由という基本権は、市民に対して、自らに適していると信ずるあらゆる活動を、職業として採る自由を保障するものと理解されている。自身の生き方の原則を定める権利である。それは第一に人格に関連する。それは、個人的な行為ないし生きる姿勢の領域において、人格を自由に発展させる権利の具体化である。ここでは、ボン基本法
2条にいう、人格を自由に発展させる権利の、人生そのものに対する投影と理解されているのである。良く知られているとおり、同条の人格の発展権は、一般的行為自由説と人格的利益説に対立して議論されており、それがそのままわが国憲法13条の幸福追求権に関する議論に反映している。本条で注目するべきは、職業の選択の自由と、職業の遂行の自由とを明確に分けて規定し、前者については絶対的な保障となっているのに対して、後者は法律の留保が付されている点である。同国でいわれる職業の選択とは、要するに、職業に就くという(就くことを断念することを含む)決定ないしその際に特定の職業を選択することを意味する、と判例上、理解されている。異なる職業の組み合わせることを選択する事も含まれる。さらに、職業を変更し、職業的活動を完全にやめるという決定も含まれる。
その他のものが職業の遂行である。すなわち、すべての職業活動、特に、その活動の形式、方法、外延及び内容がここで保障される。この中には職業を示す名称の管理、個人の雇用、企業の創設と運営、職業に関する広告などが含まれている。
そして選択権については法律の留保のない自由が保障されるのに対して、遂行権については、法律による留保が基本法上是認されている結果、憲法裁判所は、その法律による規制にも厳格な限界を引く必要があるとしつつも、職業の選択と、職業の遂行とで異なる制約に服することを承認する。すなわち、両者は一貫した複合概念であり、規制は両者に及ぶが、職業の選択権は、特に重要な共同体の利益のために、どうしても必要とする場合以外には規制し得ないのに対して、後者の場合には、共同の福祉を正当に考慮した結果、合目的的と認められれば規制しうるとされる。
三 職業の自由の意義
(一) 職業の自由の持つ二つの側面
居住移転の自由、職業の自由ないし営業の自由に対する制約は、歴史的には財産権、特に所有権に対する様々な制約と並んで、封建体制の特徴をなすものであった。その結果、これらの自由の保障こそが、近代資本主義経済の法的前提条件であったのである。このことから、従来の通説は、職業の自由を、単純に経済的自由権と考えてきた。しかし、居住移転の自由について、その多元性が承認されるようになった今日、単純に職業の自由を、経済的自由権の枠内で理解することの問題性は明らかといえる。
確かに、職業は「人が自己の生計を維持するために行う継続的な活動」(最高裁薬事法違憲判決から引用)であるから、その選択の自由は、今日における法的機能としていうならば、人の経済的生活の基盤を提供するものとしての意義を無視することはできない。
しかし、このような理解には、次の二点で問題がある。
第一の問題は、封建体制下における職業の自由の否定が、近代資本主義を阻む役割を果たしていた、ということと、職業が経済的自由の問題だということは、異なる問題であることが、正確に認識されていなかった点である。すなわち、封建体制下においては、職業の自由そのものが否定されていたのではなく、職業が身分によって固定されていたのである。例えば公務員に就くことができるのは武士に限定されていた。一方、武士が商業その他の活動を行うことは、原則的に禁じられていた。しかし、ここで武士とは職業ではなく、身分である。そして身分とは、原則として生計の手段ではなく、社会的な地位を意味していた。いかに微禄で、あるいは浪人した結果、武士としての報酬では生活できない者でも、武士は武士であった。ただ、そうした身分の固定が、各人の才能にしたがって人がその生活設計を立てる自由を侵害するために、間接的に資本主義の発展を妨げる機能を持っていたに過ぎない。
こうした間接的な機能を理由に、身分による職業の固定の否定を、全面的に経済的自由権と位置づけるのは明らかに適切とはいえない。これはむしろ端的に身分制の否定と読むべきであろう。この点については、平等主義の観点からの保障が
14条において、民主主義の観点からの保障が15条において、それぞれ行われているわけであるが、自由主義の観点からの保障も当然に必要であり、それが本条ということができる。第二の問題は、生計を維持するために行う継続的活動という意味における経済的自由としての側面は、実はあらゆる精神的自由権が共有している、ということを軽視している点である。今日、表現活動の大半は、職業的な文筆家によって行われていることに疑問のある者はいないであろう。だからといって、それらの者による表現の自由を、経済的自由権と考える必要はない。あるいは、学問の自由から導かれる自治の主体である大学教員という身分が、自己の生計を維持するために行う継続的な活動ではないとして、無給で良いとする者があるだろうか。また、かつて国会議員は名誉職的に考えられ、献身的に活動すれば井戸塀議員となるのは必然であった。現行憲法においては、歳費が保障されることが特筆されており、それが生計を維持するための継続的活動としての意義を有していることは明らかである。しかし、だから被選挙権を経済的自由権に属すると解する者があるであろうか。同様に、僧侶・神官その他宗教活動にもっぱら従事している者にとって、それは確かに信仰活動ではあるが、同時に生計を維持するための継続的活動である面があることも否めないのである。
このように考えてくると、職業の自由が、一般に生活の基盤を提供する、という性格を有することだけを根拠に、それを経済的自由権と位置づけることは誤りであることは明らかである。ある人権が精神的自由権に属するか、経済的自由権に属するかは、その自由を保障することの目的が、主として精神的側面に存在しているのか、それとも経済的側面に存在しているのか、により決定されるべきである。
こうして、今日、判例は職業の自由を、単に経済的自由として把握せず、精神的自由としての側面も有する、両面性を持つ権利として把握することになる。人の職業は、「各人が自己の持つ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有する(同じく薬事法判決より引用)」と考えられるのである。ここにおいては、先に紹介したドイツ憲法判例と同一の視点の存在が認められる。
すなわち、人は、各人の人格の社会的表現の形態として、職業を選択するのである。多くの人にとって、それに対する経済的報酬の大小は、二次的問題である。自らが就きたい職業があれば、それに対する報酬の大小に関わりなく、選択するのが普通である。たとえば、民間企業に就職した方が多くの報酬が得られることを知りながら、毎年多くの学生が国家公務員試験の難関に挑んでいるのは、国民に奉仕することにより多くの価値を見いだしているからに他ならない。こうして、職業は、その人の人格の対社会的表現形態であることが明らかであるからこそ、職業に貴賤はないという建前にもかかわらず、一方で、あまり経済的には報われない職業が社会的尊敬の対象となり、他方、経済的には非常に有利な職業があまり重要視されないか、場合によっては蔑視の対象なるという、単に営利目的の活動であれば矛盾ともいえる現象が起こるのである。これらのことは、職業の自由は、本質的には精神的自由としての性格をも持つ権利であることを示している。
(二) 職業選択の自由の持つ特殊性
職業の自由は、一般の精神的自由と明確に一線を画することのできる本質的特徴を備えている。すなわち通常の精神的自由は、経済的自由権に比べて、社会の他の人々の人権に対する影響の度合いが低い。例えば、その代表というべき「内心の自由」においては、その基本的消極性のゆえに、他の人々に影響を与える可能性が本質的にない。他の人々に影響を与えることを目的とする「表現の自由」の場合にも、個々の言論そのものを見る限り、それは通常は一過性のもので、持続的な表現形態をとらない。このため、その表現形態が平和的なものである限りにおいて、社会的影響をさほど重視する必要はない。この結果、従来認識されていた精神的自由権においては、社会的影響というものをほぼ捨象した形で、純粋にその自由権の保障を考慮することが可能であった。そこで、自由そのものを事前に抑制することは、原則的に禁止してもあまり問題は起こらない。例外的にそれが問題になる場合には、アドホックに衝突する人権相互との比較考量を行うことによって、その限界を決定すれば十分であった。博多事件取材フィルム提出命令や北方ジャーナル事件がその典型である。
これに対して、職業の場合には、その持続性が非常に大きな特徴となって現れる。原則的には、それは積極的に社会にアクセスする形態をとる。このように長期に持続する社会的な活動の社会的影響の度合いは、一過性の対社会的活動が持つ社会的影響に比べて、極めて大きなものとなる。この結果、他の人々の人権との衝突の機会もそれだけ増大する。このため、一般の精神的自由権に比べると、比較にならないほど多くの場合に、その制限の可能性が考えられることになる。こうした持続的かつ定型的な対社会的アクセスにおいては、人権の衝突は、通常の精神的自由権と異なり、アドホックな基準では到底対応しきれない。そこで、その職業の定型性に対応した定型的な限界を構築する必要が生ずるのである。しかも、職業の自由の悪用が社会に対してもたらす悪影響を可及的に抑制しようとすれば、そこでは事前抑制が原則的に採用されることにならざるを得ない。
そして、定型的な事前抑制が許容されるのであれば、そこで抑制の条件として要求される社会的害悪の発生も、抽象的な危険の発生で十分とされなければならない。通常の精神的自由権は、一般的に事前抑制を禁じているからこそ、個別の事件ごとに具体的な危険の有無の判断が可能なのである。このような、規制形態の大きな違いが、本条に特に「公共の福祉」文言が置かれている理由であると考える。
例えば、弁護士という職業を行う自由が、経済的自由権としてのみ機能するならば、特に事前に選別することなく、なりたい者は誰でも改行することを認めた上で、市場に委ねればよい。優れた能力を持つものが発展し、能力に劣るものは自然と淘汰されるはずである。実際、明治
5年に、司法卿江藤新平が、今の弁護士制度の源流というべき代言人制度を導入するが、その時点では代言人になるための国家試験はなかった。試験制度は明治9年から始まるのである。その観点から見れば、法科大学院に進学し、司法試験に合格し、さらに修習を無事に終了した者にのみ、弁護士となる権利を認める現行制度はおかしい、ということになる。しかし、無能な弁護士により財産や自由を失う者から見れば、その様な悠長なことを言ってはいられないわけで、そこに、国家によるパターナリスティックな干渉としての司法試験制度を認める余地が生じてくるのである。どの限度で、職業の自由に対し、国家からの干渉を認めるかは、その職業の性格に応じて異なる。
薬事法違憲判決において、最高裁判所は、この干渉を自由権そのものの内在的制約と把握する見解を述べている。
「職業は、それ自身のうちになんらかの制約の必要性が内在する社会的活動であるが、その種類、性質、内容、社会的意義及び影響がきわめて多種多様であるため、その規制を要求する社会的理由ないし目的も、国民経済の円満な発展や社会公共の便宜の促進、経済的弱者の保護等の社会政策及び経済政策上の積極的なものから、社会生活における安全の保障や秩序の維持等の消極的なものに至るまで千差万別で、その重要性も区々にわたるのである。そしてこれに対応して、現実に職業の自由に対して加えられる制限も、あるいは特定の職業につき私人による遂行を一切禁止してこれを国家又は公共団体の専業とし、あるいは一定の条件をみたした者にのみこれを認め、更に、場合によつては、進んでそれらの者に職業の継続、遂行の義務を課し、あるいは職業の開始、継続、廃止の自由を認めながらその遂行の方法又は態様について規制する等、それぞれの事情に応じて各種各様の形をとることとなる」。
先に紹介したドイツ憲法判例が述べているとおり、こうした複雑な問題は、到底一義的に決定することは困難であり、したがって、もっぱら立法者の決定するところとなるはずである。
なお、この記述中、「公共団体の専業」とするところが、強制加入制を採用している弁護士会等の職能団体に妥当するわけである。
四 弁護士会の強制加入制度
問題は、何故弁護士会に強制加入制が認められ、それを強力に支える懲戒権が認められたのか、という点にある。
平成元年東京高裁判決は、次のように説明する。
「強制加入制は、法が、弁護士の職務の公共性からその適正な運用を確保するという公共の福祉の要請にもとづき、弁護士に対して弁護士会と日本弁護士連合会への二重の強制加入制を採用しその監督を通じて弁護士自治の徹底を期し、その職務の独立性を確保することとしたもの」である
この文章のキーワードは、「弁護士の職務の公共性」という言葉であろう。しかし、職務の公共性は、現在は任意団体になっている医師会や薬剤師会についても間違いなく存在しているのであって、この表現だけでは、なぜ職業の自由に対するこのように大きな例外を認めたのかはさっぱり判らない。
この問題に関しては、最高裁判決としては、懲罰により業務停止中の弁護士の行った訴訟行為の有効性を問題とした最高裁判所昭和
42年9月27日判決(民事訴訟法判例百選第2版68頁参照)がある。また、下級審判決としては、人権に関する事件につき、弁護士会が告発をし、また事件を裁判所の審判に付することを請求する権能を有するか否かが争われた事件(浦和地裁昭和32年8月24日判決)、弁護士懲戒処分に対して国家賠償請求がされた事件(東京地裁昭和55年6月18日判決)、弁護士の営業活動に対する弁護士会の不許可処分が争われた事件(東京地裁平成14年1月22日判決)がある。しかし、いずれも見解そのものがはっきりしないか、大きく食い違っているかしており、判例として見た場合に、全体としてどのような見解をとっている、と確定的にいうことはできない。しかし、この問題に関する「裁判所の見解」なるものが存在している。それは、司法制度改革審議会
第28回会合において、中山隆夫 最高裁判所事務総局総務局長は、弁護士会の強制加入制度についてしめした見解である。「弁護士会は強制加入の団体であり弁護士会への登録がなされなければ法曹資格があっても弁護士として活動できない。また会員に対する監督権をもった完全な自治組織である。のみならず例えば日弁連は国会の付帯決議により法曹三者の一員として司法制度について裁判所法務省と意見調整を行いあるいは各種の公職委員会等に弁護士を派遣するに当たり適当な弁護士を推薦するなど国家機関に準ずる大きな権限を有している。」
これらを総合すると、私は安本典夫の、次の主張が一番説得力があると考える。
「弁護士会・日本弁護士連合会の強制加入制(弁護士法
仮に弁護士会に強制加入制をとらず、かつ懲戒権を持たない場合には、冒頭に例示した司法書士会の場合と同様に、弁護士としての「品位を失うべき非行」があったか否かは、主務官庁としての法務大臣の決定しうるところとなるはずである。紛争の一方当事者となりうる国家によって、その出処進退を決定されることになれば、弁護士としての国からの独立性を確保することが、非常に困難になることは明らかであり、そこにこの制度の憲法学的合理性を認めることができる。
そして、そこに根拠があるとすると、司法書士や税理士等に関して、何故強制加入団体である必要があるのか、という問題が、そこから逆に生じてくることになる。
五 違憲審査基準
本問は、裁判問題として構成してあるから、答案の最後は必ず違憲審査基準論にならなければいけない。
薬局距離制限判決は言う。
「職業の許可制は、法定の条件をみたし、許可を与えられた者のみにその職業の遂行を許し、それ以外の者に対してはこれを禁止するものであつて、右に述べたように職業の自由に対する公権力による制限の一態様である。このような許可制が設けられる理由は多種多様で、それが憲法上是認されるかどうかも一律の基準をもつて論じがたいことはさきに述べたとおりであるが、一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要するもの、というべきである。そして、この要件は、許可制そのものについてのみならず、その内容についても要求されるのであつて、許可制の採用自体が是認される場合であつても、個々の許可条件については、更に個別的に右の要件に照らしてその適否を判断しなければならないのである。」
くどくどと説明したとおり、職業の自由の、人格的発展の権利としての側面は、精神的自由権として意識されるべきである。同時にそれについて原則的に立法裁量を承認するとき、厳格な審査基準は妥当しない。したがって、中間審査基準となる。
職業選択の自由に精神的自由権的側面が存在し、ただ、対社会的関係の大きさのゆえに、定型的に事前抑制が許容されている、と理解する場合には、この結論は、必然的なものである。すなわち「事前抑制たることの性質上、予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きい」(北方ジャーナル事件)ものを、定型的に許容した以上、止むに止まれぬ利益の立証を要求することはできないからである。換言すれば、特別の「公共の福祉」文言の存在が、国側の立証責任を定型的に軽減させていると説明することになる。こうして、職業選択の自由をめぐる判例は、その判決文中で、職業選択の自由を経済的自由の一種として明言しているにもかかわらず、精神的自由権としての側面を重視した論理を採用していると認めることができるのである。
[おわりに]
このように、弁護士会の強制加入制及び懲罰権の存在は、弁護士活動の国家に対する対等性を確保する上で、欠くことのできない要件である。しかし、常に強調するとおり、特権が存在するところには、その反面としての義務の存在も忘れてはいけない。日弁連は、国家からの干渉を排除した分、対国民的にアカウンタビリティを確保する義務を負っていると言うべきである。そして、その観点から見た場合、日弁連の現状は必ずしも十分とは言えない。先に、司法制度改革審議会に最高裁判所が提出した見解を紹介したが、あの文章は、次のように続いている。
「しかしその運営の実態は多くの国民に明らかにはされていない。今後司法に対する国民の信頼を得ていく上では弁護士会の運営の透明化も大きな問題であろう。
特にその中でも重要と思われるのは逸脱した弁護活動への対応と綱紀・懲戒の在り方の点である。既に問題として指摘したところであるが裁判における不適切なあるいは逸脱した弁護士の活動等に対して適切かつ実効性ある制裁制度が機能する必要がある。そのような機能を持つ制度としては弁護士会による懲戒制度がほとんど唯一のものである。近年の懲戒事例を見ると犯罪行為依頼者からの預り金等を巡る金銭トラブル裁判手続の懈怠等によるものが大半のように思われる。
懲戒手続は懲戒請求があった場合まず各弁護士会に設置された綱紀委員会で調査され懲戒相当の報告があった場合に各弁護士会に設置された懲戒委員会で審査されることとなっているがこれらの委員会は弁護士を中心とした構成になっている。
弁護士の職業倫理の確立という観点からすれば単に犯罪的行為や著しい職務懈怠に止まらず迅速で適正な裁判の実現に向けた健全な訴訟活動という観点からも適切な自治機能が発揮されることが望ましい。その意味で懲戒制度の在り方や運用方法について弁護士個々人のプライヴァシーに配慮しつつ更に検討する必要があると思われる。」
諸君としても、心にとめておいてほしい。