皆さんもご存じのとおり、1998年度に丸1年間、私はドイツで在外研究を行っていました。実をいえば、これは私にとり、二回目の在外研究です。最初にいったのは、今から20年も前のことです。まだ公務員をしていたときに、人事院からの派遣留学生として2年間ドイツに行ったのが最初です。今回の滞在時にお世話になったバドゥラBadura先生は、20年前にもやはりお世話になった人です。同じ在外研究といっても、前の時は、学生という身分で大学に属していました。ですから、他の人に比べると、私は、同じ1年間の滞在でも、教員側から見た大学ばかりでなく、学生側から見た大学についてもかなりよく知っています。
私がドイツでの研究の本拠地としたミュンヘン大学は、ドイツで一番大きな大学の一つです。一方私達が属している日本大学は、ご存じのとおり、日本で一番大きな大学の一つであるわけです。そこで、この日独を代表する二つの大学を比べて、皆さんに興味深い点を紹介してみたいと思います。
一 学部及び学生数
ミュンヘン大学には学部が何と20もあります。もっとも神学部が一つあるのではなく、カトリック神学部と新教神学部の二つに分かれている、という調子で、少々水増し気味のところがあります。しかし、これに対して日大の場合には、ご存じのとおり、通信教育学部を除けば14学部ですから、少々少ないのですが、理系学部には、理工学部、工学部、生産工学部という調子でどこが違うのか良く判らない学部がありますし、医学系学部に至っては、歯学部及び松戸歯学部が別々の学部となって、同じ歯学部がはっきり二つに分かれているのです。したがって、学部の水増しという点では、本学はあまり大きな口をたたけません。しかも、ミュンヘン大学の場合、芸術系の学部に関しては別の大学になっています。それやこれやをあわせ考えると、ミュンヘン大学の学部編成の方が日大よりも、より幅広く、かつきめ細かく、学部が設けられていることは承認せざるを得ないようです。
学生数は、ミュンヘン大学の場合、6万3千人です。
これに対して、どの数字をとって比較したらよいかが、日大の場合、一つの問題です。ドイツでは、日本と違って博士を目指して勉強を始めても大学院生という改まった制度はなく、身分的には大学生のままです。ですから、日大と比較する場合、学部学生数に大学院生の数を足さなければいけません。他方、ミュンヘン大学には短期大学部、夜間部とか通信教育という制度はありません。したがって、日大学生であっても、これらに属する学生は除外しなければいけません。
日大の場合、14学部で合計すると、一部(昼間)の学生が6万5千人、大学院の学生が3千人いますから、ミュンヘン大との比較としては6万8千人と考えればよいでしょう。
つまり、学部数ではミュンヘン大が多く、学生数では日大が若干多いとはいうものの、二つの大学は、ほぼ似通った規模といえるでしょう。
二 学生達
(一) 男女比
学生に着目した場合、両大学で一番大きく違っている点は男女比です。日大だと、学部の段階で73%、大学院では83%までが男子学生です。学部別の数字が手元にないのですが、この数字はやたらと女子学生が多い文理学部なども含んでのことですから、我が法学での男女比がこれに比べて更に男性側にシフトしたものであることは想像に難くありません。これに対してミュンヘン大の場合には、54%が女子学生です。ドイツにおける女性の社会進出状況を示しているのでしょう。もっともドイツには日本のように女子大というものがありません。もしかすると、本学の女子比率が低いのは、そうした女子専門大学の存在のためかもしません。
とにかく、ミュンヘン大学の場合、法学部でも、常日頃女性が目立ち、私が参加していたバドゥラ先生のゼミなどでは、平均して3分の2くらいが女性という感じでした。
(二) ゼミ制度
ゼミという制度も、日本とドイツとで大きく違っている点です。ゼミナールという日本語は、その発音から見て明らかにドイツ語由来のものですが、内容は全く違います。日本のゼミは、皆さんご存じのとおり、3〜4年生における学生生活の中心であり、勉強の場であると同時に、ゼミ生相互の親睦の場です。終生の友人がここで生まれることも少なくありません。少なくとも、私にとってはそうでした。
これに対して、ドイツのゼミというのは、純然たる勉強の場です。ドイツの大学は夏学期と冬学期の2学期制ですが、共通メンバーによるゼミの存続期間は1学期の間だけです。バドゥラ先生のように人気のある先生の場合には、前の学期に既に単位を修得してしまっているにもかかわらず、次の学期にも顔を出すという学生もいますが、普通は、単位を取ってしまえばそれでおしまいです。ゼミのやり方はおそらく先生によって違うのではないかと思うのですが、バドゥラ先生の場合、予め、1学期の間の予定を全て決めておいて、それぞれのテーマに対する報告者を募るというやり方です。報告者は、だいたい1時間から1時間半くらいの間、そのテーマについて報告を行い、事後に先生から批評を受け、また、他のゼミ生達から質問や批判を受けるというやり方です。簡単に言ってしまえば、わが国の卒業論文に匹敵する量の論文を毎回、ゼミ生の誰かが口頭で発表している、と思ってくれればよいでしょう。
このように、ゼミは勉強中心で短期間しか存在しませんから、学生相互間の交流は少なく、ましてや学年間の交流などは間違ってもありません。したがって、新歓コンパも追い出しコンパもなく、もちろんゼミ旅行もありません。
どの学期でも、最後のゼミの日に、バドゥラ先生が自分でレストランに飲み会の予約をして、お暇な方は是非どうぞ、と声をかけるのですが、たいていの学生は予定があるとか言ってさっさと帰ってしまい、博士論文を目指して先生の助手格でいつも付き添っている学生を除くと、1〜2名しか参加してこない、という寂しいものです。そういう時は、会場の設定等はコンパ係に任せ放しにしておいて、当日ただ顔を出せばよいという、わが国制度に属する幸せを痛感したものでした。
(三) 学生生活
ドイツの大学は原則として州立大学です(最近、米国の私立大学の分校が2〜3できたので、“原則として”、という言葉を付けねばならなくなりました)。そして福祉国家ですから、授業料が完全に不要です。大学に入ることで支払う必要があるのは、学生自治会費と、学生保険料だけで、両方あわせても1学期当たり2〜3万円程度です。
ドイツには兵役制度があり、学生は兵役猶予制度がありますが、猶予を受けても早いか遅いかの違いでどのみち兵役に行かねばなりませんから、たいていの学生は、大学に入る前に兵役に行くという選択をします。この結果、大学生は入学した段階で20歳内外になっており、日本の学生よりも老けています。その上、上述のとおり、授業料がないだけでなく、学生には様々な社会的優遇措置がありますから、皆居心地がよいので、なかなか学生商売をやめにせず、長いこと在学しています。普通の学生で在学期間は6〜7年というところでしょう。博士号を目指せば、話は別になり、更に在学期間は延びます。ですから、学生でありながら既に結婚していたり、さらには、結婚はしていないけれども子供があるという人も珍しくありません。
在学年限がはっきりしない原因の一つに、ドイツの大学には卒業という制度がないという点も指摘すべきでしょう。これは、ドイツの企業が日本のように、毎年決まって一定の時期に新人募集をせず、欠員が生ずる都度、新採用を行うという問題が絡んでいます。このため、日本のように毎年3月といった一定の時期に学生達を一斉に卒業させてしまうと、学生ではないけれども、社会人でもないという宙ぶらりんな身分の人が大量に発生して、社会問題になりかねないためだと考えています。
ドイツの企業では、たいていの場合、新採用に当たっては、大学で一定の科目について単位を修得していることを要求しています。そこで、学生は、自分が目標とするような企業が要求する単位をまず収得し、集め終わると、学生のままで、募集のあるまで待っているわけです。採用が決まれば、その段階で大学に退学届けを出すわけです。これが大学を終える第1のパターンで、一番の多数派ということができます。
次のパターンとして、国家試験(法学部であれば司法試験)に合格したのを機会にやめるという人もいます。よくこのことを誤解して、ドイツの法学部の卒業生は皆司法試験に合格しているという人がいます。こういう人は多分第一のパターンの人々は中途退学者と考えているのでしょう。しかし、国家試験に合格しても、やはり退学届けを出すのであって、卒業という取り扱いがされない点では、民間企業採用の人たちと違いはありません。また、公務員試験の場合だと、試験に合格しても、官庁では欠員が出ない限り新採用を行いませんから、民間企業組と同じく、募集まで学生を続けることになります。ついでにいえば、司法試験に合格することで、公務員になる道もあります。日本と違い、法務省以外の省庁でも、司法官の資格を必要とする職種が結構あるためです。
こうして、学生とは言うものの、就職先のできるのを待って、何の勉強もせず、ぶらぶらしている、という困った人たちが大学構内にあふれることとなります。そういう人々のための費用負担に耐えかねて、州によっては大学の在学限度を8年に制限しようとするところも出てきています。
良心的な人たちは、その暇な時間を生かして博士号に挑戦することになります。このため、ドイツでは博士号を持つ人がやたらと多いのです。中には、複数の学部に通っていくつも博士号をとってしまう場合もあります。そういう人は、名刺にちゃんとドクター・ドクターDr.
Dr.と、二つの肩書きを入れています。三つ以上の博士号を持っていても、さすがにDrを三つ書くということはしません。
(四) 研究所
大学における研究手段という観点から見た場合、両国の制度のもっとも大きく違う点は、研究所の存在です。ミュンヘン大には全部で170もの研究所があります。教員の研究室も研究所ごとに設けられていますし、学生が勉強する拠点である図書館もまた研究所ごとに設けられています。ですから、学生から見ても教員から見ても、研究所がまさに研究の中心という感じがします。学生達も朝早くから夜遅くまで、研究所の図書館に籠もって勉強をしています。図書館内には鞄の持ち込みが禁止されているため、鞄が入り口の外にたくさん放置されています。1階まで行けばちゃんと無料のロッカーがあるのですが、その手間を惜しむのが学生の学生たるゆえんでしょう。泥棒の方でも金目のものは入っていないと判っているのでしょう、学生鞄を盗みには来ないようです。
これに対して、日大だと研究所は全学部あわせても29に過ぎません。これについてはよその学部ではどのように活用されているか知りませんが、法学部の場合、その存在は日常生活の上ではあまり意識されないのではないでしょうか。我が法学部には、法学研究所、政経研究所及び比較法研究書の三つがあります。学生の皆さんから見ると、司法科研究室は法学研究所に属しており、また、行政科研究室は政経研究所に属しているのですが、これとても予算上そこに入っているというだけのことで、普段、研究室を使う時に皆さんが研究所の存在を意識することはないと思います。我々教員から見た場合、研究室も法学部が提供しているのであって、研究所ではなく、よほどのことがないと研究所の存在を意識することはありません。
三 教職員
専任の教職員数は、ミュンヘン大学は1万4千人です。これに対して日大は大学及び病院職員の合計で7千人ほどですから、ミュンヘン大学の約半数に過ぎません。この数字だけを見ると、ミュンヘンの方が、よりきめ細かい授業をしそうに思えます。しかし、実態は必ずしもそうではありません。
これは、ドイツの大学が、講義をもっぱら専任教員で行うのに対し、日本の大学には、大量の非常勤講師が存在しているからです。例えば、法学部の場合、助教授以上の専任教員数は、現在119名です。専任講師及び助手を加えて約130人というところでしょうか。しかし、非常勤講師を加えると、途端に教員数は400人を軽く突破することになります。
この結果、実際問題として、私が良く知っている法学部に限定していえば、日大では少人数できめ細かく教えるクラスが多いのに対し、ミュンヘン大に限らず、ドイツの大学は大きな講堂での講義が主体となっています。
これは別に日大だけの特徴ではないはずです。なぜなら、日本では文部省の私学補助制度で、教員に対する学生の割合を低く押さえ、学生一人あたりの講堂面積を増やせば補助金が増えるという仕組みですから、どの私大も少人数のクラスを多くする努力をするからです。これに対してドイツの場合、全国共通の高校卒業試験に合格さえすれば、どこの大学にも無試験で入学できます。しかし大学進学率が高まっても、大学をそれに応じて増設したり、増築したりすることは簡単にはできません。その結果、どこの大学も大講堂ですし詰め講義をすることになっていったのです。
医学部や理工学部の場合には、それでも実験や実習用設備という限界がありますから、卒業試験でとった点数を基準に人数制限を敷きますが、法学部の場合には、そのような制限をしません。ボン大学の場合、講堂面積を1uも増やさずに10年間に学生数を倍増させたといわれます。その結果、教室で席を見つけるのはルーレットで勝つほど難しいといわれます。ミュンヘンでは寡聞にしてこの手の悪口を聞いたことがありませんが、講堂の状況を見れば、同じ問題を抱えていることは良く判ります。これはドイツではどこの大学でも、人文系の学部では同じ状況だと思われます。建物を増築しないくらいですから、いくら学生数が増えても教職員数を増やすということもしないのです。
四 学期制度
ドイツの大学はどこでも二学期制で、それぞれ夏学期及び冬学期と呼ばれます。日大だと、学期という制度はあっても、講義は年間を通して行われるのが普通ですが、ドイツでは学期単位で必ず講義は完結するようになっています。
学期の始期や終期は大学によって違います。聞いたところでは、大学生が全国一斉に休暇にはいると、道路が混雑するので、早い組と遅い組とに分かれているとか・・。ミュンヘン大は、昔からずっと遅い組です。遅い組の場合、夏学期は5月最初の月曜に始まり、7月最後の金曜日に終わりますから、約3ヶ月あります。これに対し、早い組(例えばボン大学)では、丸一月ずれて、4月始めに始まり、6月終わりに終わります。
それから夏休みに入ります。よく私は、ミュンヘン大学を紹介するのに、夏休み最後の日は吹雪になる、といって人を驚かせます。別に嘘ではありません。ボン大学だと冬学期は10月始めに開始しますから、いくらドイツが日本に比べて寒いとはいえ、まだ雪の降るシーズンではありません。これに対して、ミュンヘン大学の冬学期は11月最初の月曜に始まるので、その前日あたりは吹雪になることも多いのです。
ミュンヘンの冬学期は2月最後の金曜に終わります。つまり冬学期は4ヶ月続くわけです。しかし、冬学期の場合には、真ん中にクリスマスから新年にかけての休暇が挟まりますし、2月は短い月ですから、講義週数で見ると、夏冬ともに、12〜13週くらいでほとんど違いはありません。
一年53週から25週を引いた残り28週がドイツの大学の休暇の一年合計です。長くて、実にうらやましい気がします。
日大での、私の年間講義回数は、せいぜい24〜25回程度です。だから別にドイツの大学生が手抜きをされているわけではありません。それなのに、ドイツの大学の方が休暇が長いと感じるのは、その休暇が集中しているからでしょう。わが国の場合、5月の連休を始めとして、年間に20日も祝祭日があります。この祝祭日に蚕食されて、本当はもっと回数のあるべき講義時間が減ってしまうため、実際の大学の休暇はドイツに比べて短いのに、似たり寄ったりの講義回数になっているわけです。
五 大学の講義
大学の15分akademische Viertelという言葉を聞いたことがあるでしょうか。大学教授は、講義の開始時間に15分は遅れてくるものだ、という意味の言葉です。日本でも、この言葉を聞きかじっていて、図々しく15分以上も遅れてきてこういうことをのたまう先生が昔はいたものです。しかし、ドイツではこれは必要不可欠の習慣だという点で、日本とは少々事情が違います。
ドイツの大学には、講義と講義の間に休み時間という発想がないからです。例えば9時から11時、11時から13時といった調子で、普通の時間を単位として講義時間が設定されているのです。だから、連続した講義を受講する場合、教授が15分くらい遅れてきてくれないと、講堂から講堂への移動時間が学生にはない、ということになります。そこで、教授の方では、例えば講義時間開始後10分くらいに講堂に姿を現した場合にも、時計を見ながら15分たつのを律儀に待って、それから講義を始めるという態度をとるのが普通です。
それに対して、日本では、どこの大学でも講義と講義の間には、たいていきちんと休み時間がとってあります。だから、日本では大学の15分は不要なわけです。
講義時間をどのようにするかは、ドイツでは基本的に教員の裁量の問題です。そこで、例えば9時から1時間とか、8時半から1時間半というようにというように講義時間を設定する教授もいます。すると、例えば9時から11時までの2時間の講義と、この10時までの講義のどちらを受講するか、決めかねている学生の場合には、10時を過ぎたくらいで前の講堂を抜け出して、もう一つの講堂にいく、という方法をとらざるを得ません。実際、学期の始めには、その辺の時間帯にぞろぞろと数人の学生が講堂から抜け出す一方、他のそうした講義から流れてきたのでしょう、ぞろぞろと途中で入ってくる学生も結構います。
講義時間を一律に決め、休み時間のきちんとある日本のやり方になじんでいる私から見ると、いかにも不合理なやり方と思えます。が、長年続いているところを見ると、多分それなりの合理性があり、彼らとしては別に不満もないのだろうと思います。