寒い。
日本海側は雪が降っているらしい。とにかくここ数日の寒さは厳しい。何が何でも寒すぎる。ふゆだから寒くてあたり前だろう、と言われれば元もこうもないが、しかし、ここで「寒い」というのは、何も気温が低いからではない。いうなれば、
「心が寒い」
ということなのである。いくらエアコンがガンガン入っていても、ホカホカの電気マットがあっても、イタリア製のオイル式空気を汚さないというキャッチフレーズのデロンヂがあっても、下宿の一人住まいは、心が寒い。私は時々、切実につぶやく。
「ポチちゃんをだっこしてねたい!!」「ああ、ポチが恋しい!!」
ポチとは、もちろん人間ではない。一応オスではあるが、れっきとした犬である。私の実家で家族のみんなにかわいがられて、私よりもいいものを食べさせてもらっている、今年14歳になる老犬である。人間の歳なら85歳くらいであろう。よって近所では御長老でならしている、貫禄たっぷりのワンくんである。ああ!ポチちゃん!!
気がつけば私は時々、空想にふけっている。
あの口のまわりにはえている6本の黒いおヒゲ、父親のスピッツゆずりのフンワリとした毛なみ、母親の柴犬ゆずりの、ドスのきいた吠え声……。ひたすら、ポチのことを考えてしまう。
「ああ、ポチがさわりたい!!」
そうである。今思えば、私が独り暮らしをするにあたり、一番の心残りと、心配は、ポチがさわれなくなることであった。犬のポチのいない生活であった。洗たくとか料理とか、そんなことはどうでもよかった。とにかくポチとの別れがつらかった。
さて、いざ暮らしをはじめてみると、やたらと犬がさわりたくなった。しかし、近所で犬がいる家の庭先へ入りこんで、そこの家の犬を、なでまわすわけにもいかない。まず、かみつかれるのが落ちである。そこで、駅の西口にあるイトーヨーカドーの前へいくと、大抵、1匹か2匹、犬がつながれていて、飼い主は買い物中である。そういう犬の中で、おとなしそうで、モコモコしている犬におもむろに声をかける。「よしよし、いい子だなー。よしよし。御主人は? ちょっと遊ぼうねー。」とかなんとかいいながら、体中をなでてやって20分位遊ぶ。あるいは、ハスキなどを連れている人がいたら、「いい犬ですねー。触ってもいいですか?」といいながらなで廻して、やはり遊ぶ。
こんなことをしょっちゅうやっていた。しかし、最近はさすがにむなしくなってやめた。よくよく考えてみれば、実家へポチを触りに行けばいいのである。テストが終わったら、心ゆくまで ポチをさわって、遊んでくるつもりである。ああ、愛しのポチちゃん!!