議員の不逮捕特権

甲斐素直

問題

平成○○年31日、検察官Aは、衆議院議員Xが、B社から現金の供与を得、衆議院C常任委員会の委員長としての権限を濫用して同社の便宜を図った疑いで、東京地方裁判所に逮捕状の交付を請求した。

 東京地方裁判所では、逮捕状発付相当と判断し、国会開会中であるところから、内閣に逮捕許諾請求書を提出した。内閣では、臨時閣議を開催して検討した結果、請求は相当と判断し、その旨の閣議決定を下し、衆議院に許諾を求めた。そこで衆議院では、議院運営委員会で審査した上で、本会議にかけた。そうしたところ、なるほどXの犯罪の容疑は濃厚であり、逮捕はやむを得ないが、他方、XC委員会委員長として欠くべからざる人物であり、C委員会では近い将来に重要な法案が審議される予定であることから、逮捕は1週間を限って認めるのが妥当という意見が出、1週間の期限付きで逮捕許諾の決議がなされた。

 これに対し、東京地方裁判所は、「逮捕を許諾しながらその期間を制限するが如きは逮捕許諾権の本質を無視した不法の措置」として決議のうち、期限付きの部分の効力を否定し、期限制限に言及していない逮捕状をAに交付した。

 これに対し、Xは、憲法に違反した違法な逮捕であるとして争った。

 この事例における憲法の問題点を論ぜよ。

参照条文 国会法

33  各議院の議員は、院外における現行犯罪の場合を除いては、会期中その院の許諾がなければ逮捕されない。

34  各議院の議員の逮捕につきその院の許諾を求めるには、内閣は、所轄裁判所又は裁判官が令状を発する前に内閣へ提出した要求書の受理後速かに、その要求書の写を添えて、これを求めなければならない。

34条の2  内閣は、会期前に逮捕された議員があるときは、会期の始めに、その議員の属する議院の議長に、令状の写を添えてその氏名を通知しなければならない。

 内閣は、会期前に逮捕された議員について、会期中に勾留期間の延長の裁判があつたときは、その議員の属する議院の議長にその旨を通知しなければならない。

34条の3  議員が、会期前に逮捕された議員の釈放の要求を発議するには、議員20人以上の連名で、その理由を附した要求書をその院の議長に提出しなければならない。

一 総論

(一) わが憲法は、国の権力の基本的あり方として三権分立制を採用していると考えられる。すなわち、国家権力を立法、司法及び行政の3権に分割し、それぞれを国会、裁判所及び内閣の3機関に分属させ、互いの独立性を強化し権力を均衡させるとともに、相互抑制により、国家権力が国民の権利を侵害する事態が発生することを可及的に防止しようとしている。

 各機関の独立性を確保する手段として、憲法は、単に独立を宣言するだけではなく、更にその独立性を実質的に確保するための様々な措置を講じている。それを大別すれば、組織体それ自体に自らの独立性を保持するための権限を与えるという方法と、組織体を構成する各個人にその自由な活動を保障するための所見限を保障するという方法に分けることができる。

 組織体の独立確保手段は、すべての権力を通じてほぼ共通で、自主立法権(内部規則制定権)、自主行政権(人事権、内部警察権等)及び自主司法権(懲罰権)の三者に分類することができる。個人に対する保障手段は、俸給の保障、身分保障及び発言の自由の三者である。

 司法権についてみるならば、報酬の保障(796項、802項)、身分保障(78条)及び裁判官の独立(763項)がこれに当たる。

 個々の国会議員に認められるこうした個人保障は、通常国会議員の特権(特典ということもある。)と呼び慣わされている。条文の順にあげれば、①歳費を受ける権利(49条)、②不逮捕特権(50条)及び③発言の免責特権(51条)の三者である。

(二) 議員特権は、すべての場面で司法権とパラレルに理解できるわけではない。すなわち、司法権においては、司法権行使の主体は、個々の裁判官であるのに対して、立法権の場合には組織体としての議院であって、個々の議員ではない。そこで、こうした特権の行使が保護しようとする法益が、究極的には組織体としての議院の立法権であると考えることができる。その場合、議院としての利益という観点から特権の内容を規定することが可能か、という問題が発生することになる。ただし、すべての特権について、そういう両面性が考えられるわけではない。そこに本問の基本的な問題が存在している。

(三) 今一つの大きな問題が、政党という本来憲法の予定していない組織の介在を、この議員特権を考える際に、どこまで考慮に入れられるか、という点である。すなわち、純粋の国民主権原理の下においては、個々の公務員が全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない(憲法15条)とされる結果、国会議員が党派に拘束されて活動することは許されないからである。国民主権が政党に敵対的な思想であると言われるのはこのためである。これをどの限度まで緩和しうるのか、換言すれば政党を憲法の枠内でどこまで肯定しうるかが問題となるのである。よく知られているとおり、トリーペルは政党と憲法の関係で、①敵視、②無視、③承認及び法制化、④憲法的編入の4段階が存在すると論じた。これに当てはめるならば、現在のわが国は、憲法21条の枠内で政治的結社の自由という自由権の範疇として政党を承認し、比例代表制その他の法制化をしているという意味で、第3段階に位置づけられることになる。このことから、議員特権を議員個人の権利としてではなく、政党の権利として構成することが可能になるかが現在における最も大きな問題であるということができる。

 本問で取り上げている不逮捕特権に対して答える場合にも、こうした様々な問題意識を持って考える必要がある。

二 不逮捕特権

(一) 不逮捕特権に関する最大の問題は、その趣旨そのものにある。本問は、まさにそのことを問題としている。

 一説によれば、それは正当な議員活動を、政治的党派的逮捕から擁護するためのものとする。他説によれば、その域を越えて、議院の正当な活動・運営を確保しようとするものである。すなわち議院自律権の一環として理解されることになる。

 前説によるときは、政党党派的な不当逮捕でないことが明らかな場合には、常に逮捕を許諾しなければならない。これに対して、後説に依るときは、議院の側にその特定議員を必要とする理由があれば、あるいは逮捕許諾請求を拒否し、あるいは期限付きの逮捕許諾等を行うことができることになる。

 すなわち、本問において、議員側は後説を採用したのに対して、裁判所側は前説を採用したのである。

(二) 他国の憲法ではこれらの点について明確な限定文言をおいている場合も多い。

 例えば米国憲法は次のように定めている。

「両議院の議員は、叛逆罪、重罪及び公安を害する罪によるほか、会期中の議院に出席中、及びこれに往復の途上において逮捕されない特権を有する」(憲法1612文)

 この文章に列挙されている言葉のうち、叛逆罪は自明であろう。重罪(felony)とは、軽犯罪(misdemeanor)に対する言葉で、通常1年以上の懲役または死刑に処せられる犯罪を意味する。最後の公安を害する(Breach of Peace)とは、米国の解釈に依れば、軽罪を意味するものとされている。したがって、結局すべての犯罪(indictable offence)のためならば、何時でも議員を逮捕しうることになる。したがって、同国の場合には、不逮捕特権が党派的逮捕の禁止だけを意味していることは明らかである。

 英国は不文憲法の国であるから、明文はないが、憲法慣習上、不逮捕特権が認められている。そして、刑事上の犯罪については、この特権が認められたことはないといわれる。すなわち叛逆罪、重罪または公安の破壊の場合には議員はかつてこの特権の保護を受けたことはないとされている(すなわち、下院がこれを要求したことがなかつた)。そして、英国の場合にも、公安の破壊というのは軽罪のことであるから、結局すべての犯罪についてこの特権が認められないことになつているのである。

 これに対して、不逮捕特権を刑事事件についても認めるのはヨーロツパ大陸の諸憲法であつて、19世紀から犯罪の場合にまで拡大したとされている。これはフランス憲法がまず採用し、ベルギー、ドイツ等の諸国はフランスの先例に做つたといわれている。ただし保障の程度にはニュアンスの差がある。またフランスにおいても種々の変遷を経て現在に至つているのである。議員の不逮捕特権はフランスで最初に1789623日の国民会議の命令において「各議員の身体は不可侵である」と宣言したのに始まり、1791年の憲法は次のように明確に定める。

「国民の代表者は現行犯罪によりまたは逮捕令状によりこれを逮捕することができる。ただしその場合には直ちにこれを議会に通知することを要し、議会がその起訴を理由ありと議決した後でなければこれに対する訴追を継続することはできない。」

 その後第三共和政、第四共和政各憲法を経て19541130日の改正では、次のように定める。

「国会議員は会期の継続期間中には現行犯の場合を除き、その属する議院の許諾がない限り、重罪事件または軽罪事件に関し、これを起訴しまたは拘禁することができない。会期前に拘禁された国会議員は、その属する議院がその議員特権の剥奪を宣言しない限り、代理投票を行なうことができる。議院が、会期の開始後30日以内に右の宣言を行なわないときは、拘禁された国会議員は当然釈放されるものとする。会期外においては国会議員は、現行犯罪の場合、議院が許諾した起訴の場合または確定した有罪判決の場合を除き、その属する議院の理事部の許諾した場合でなければこれを拘禁することができない。国会議員の拘禁または起訴は、その属する院の要求があつた場合にはこれを停止する。」

 これがこのまま、現在の第五共和制憲法第26条の基礎となつている。

 1850年のプロイセン憲法は、次のように定めている。

「各議院の議員は会期中その院の許諾なくして犯罪のために審問され、または逮捕されることはない。ただし現行犯罪または犯行の翌日中に捕えられた場合はこの限りでない」(842項)

 現行ドイツ憲法(ボン基本法)は次のように定める。

「刑罰を課されるべき行為のゆえに議員が責任を問われ、又は逮捕されるのは、連邦議会の許諾があった場合のみである。ただし、現行犯で又はその翌日中に逮捕されるときは、この限りではない」(462項)

 以上を要約すると、外国の立法例はすべて前説であって、後説を採用しているものはない、ということである。

(三) わが憲法は上記対立点に関して、どのような限定をもおかず、単に「法律の定める場合を除いては」としている。したがって、条文の文言からは、前説、後説のいずれを採用しているかは決定することができない。比較法ないし継受法解釈的には、前説である。しかし、あえて限定する文言をおいていないと言うことは、むしろ、いずれを採用するかは立法裁量の問題としていると理解すべきである。

 そして、この憲法の規定を受けて国会法34条は、先に参照条文に示したとおり、「院外における現行犯逮捕」を例外と定めている。これは明らかに、先に示した各国憲法のうち、特にドイツ法の影響下にある規定と言うことができる。そして、現行犯の場合に、許諾無くして逮捕が許される理由は、現行犯逮捕であれば、犯罪の嫌疑が明らかで、政治的党派的逮捕であるおそれがほとんど無いためと理解される。すなわち、国会法のこの文言により、現行立法政策が、第一説を採用したことは明らかである。したがって、それ以外の場合において議院が与える許諾に関しても、同様の基準が適用になると考えるべきである。したがって、逮捕が党派的理由によるものと認められない場合には、議院としては常に逮捕を承諾しなければならない。期限つき逮捕許諾はしたがって不可能である。また、会期前に逮捕された議員に対する釈放要求の場合も同様である。

 よって、不当逮捕と言うことはできない。

 不逮捕特権に関する今一つの大きな問題は、院内における犯罪について、議院はいかなる権限を有するか、という点である。議院証言法は、偽証罪について議院からの告発を要求している。これを単純に類推するならば、院内における犯罪については、議院が告発しない限り、被疑者を逮捕し、あるいは起訴することはできないということになる。しかし、憲法は決して議院に対して治外法権を認めているわけではないから、このような解釈は行き過ぎであると考える。第一次国会乱闘事件に関連して、東京地裁は「議院の行動が院内の秩序を乱す反面これによって私人の権利を侵し、これが経法の保護法益の侵害となればその行動はもはや内部規律の範囲を超えており、司法権がこれに及ぶと解すべきである。ただ、当該行為が憲法51条の免責特権によって無答責となる場合にのみ訴訟障碍として刑罰を課することができないだけである。」とした。妥当であろう(百選〔第5版〕386頁参照)。

 せっかくの機会なので、他の特権についても簡単に触れておく。

三 免責特権

 免責特権は、その本来の姿は、国民主権原理の下、全体の奉仕者として活動する義務を負う国会議員に対して、法律あるいは契約により、拘束的委任を行い、あるいはその責任を追及してリコールすることを禁じている点にある。

 現在、国会議員として立候補するものは通常政党の公認あるいは推薦をうたい、一般有権者は個々の議員の人格や政治信条、あるいは選挙公約もさることながら、そうした政党との所属関係を、投票に当たっての大きなよりどころとしている。すなわち所属政党は、その意味でいわゆる「公約」の重要な内容となっている。したがって、命令的委任が許容されるならば、国会議員は当選後に所属政党を変更し、あるいは新たな会派を結成したりする場合には、速やかに辞職し、その当否について、選挙民の判断を求めねばならない。もしくは国民は「公務員を選任し、あるいは罷免する」権利を有するのであるから、そうした行動に出た場合にはリコールすることが可能なはずである。そうした立法すらも禁じる点に、免責特権の第一の意義があることは明らかである。特定の党の比例代表制名簿に登載されて当選した者が、当選後に所属政党を変更するということがしばしば行われたが、これが可能なのも、本条が存在しているからに他ならない。

 しかし、免責特権は、さらに進んで、一般国民の場合以上に、議院の職務における表現の自由を保障することに目的がある、とされる。その結果、免責特権の効果として民事上、刑事上の責任についても免除する効果がある。

 ここでの問題の第一は、こうした免責特権の存在は、議院の行為によって被害を受けた国民が、国家賠償法によって請求することをも禁ずるか、という点である。

 第二は、法的責任以外の責任についてはどうなるか、である。すなわち

 ① 議院からの懲罰

 ② 所属政党・組合・会社等からの懲罰

 ③ 政治責任の追及

3者についてはどう考えるべきか、という問題である。

四 歳費を受ける権利

(一) 議員に支給される報酬を中心とした諸費を伝統的に歳費という。歳費受領権は、現代民主主義の最も重要な要素である。近代以前における議会では、議員は多分に名誉職と考えられていたので、これに報酬は支給されず、必要な費用は議員はすべて個人で賄っていた。このため、相当の資産家以外には議員になることができず、また、そうした資産家であっても良心的な活動をしている限り、在任中にその資産を失ってしまう結果になるのが普通であった(井戸塀議員という言葉がある。議員をするとすべての資産を失い、井戸と塀くらいしか残らないという意味である。)。

 このような議員を名誉職と考える思想の下では、普通選挙制度を導入しても意味を持たない。日々の労働の対価によって生活の糧を得ている者は、議員生活を維持することが不可能だからである。この、歳費特権の存在により、あらゆる人に対して議員の道が開かれることになる。

(二) 憲法自身は、その保障する「歳費」が具体的にどのようなものを意味するかについての定義は行っていない。通説は、年を単位としてし支給される俸給の意味に限定して理解しているが、その根拠を明言した例を見ない。おそらく、歳費という用語が、明治憲法時代に慣行的に議員報酬を意味するものとして使用されてきた点に求めているのではないだろうか。

 しかし、そのような限定的な解釈は妥当とは思われない。

 形式的には、憲法は、裁判官の場合には報酬と明言しているにも拘わらず、議員の場合にはあえて歳費という漠然とした表現を使用している点に注目すべきであろう。

 実質的に見た場合にも、議員の場合には裁判官と異なり、報酬だけではその活動の自主独立性を確保するに不十分である点に留意すべきであろう。

 裁判官の場合には、当事者主義の支配の下、その活動に必要なすべての情報は、原則として訴訟当事者から供給され、例外的に裁判官が主体的に活動する場合にも、それは訴訟費用として最終的に当事者負担とされるのである。したがって、裁判官の場合には文字どおり相当額の報酬のみを保障すれば、その経済的独立性を保持することは十分に可能である。

 これに対して、議員は、裁判官のように受動的に他から供給される情報を判断するだけの職ではない。広く国民のニーズを積極的に吸い上げ、それを自らの創意工夫により、立法その他の形で国政の上に反映することがその責務である。そうした広範な活動を行うためには、秘書等を始めとする活動の援助者を得るための諸経費をはじめとして、交通費、通信費、その他の事務経費が必要なことは自明といえる。議員報酬のみが憲法的保障の対象と考えるときは、無産者は、そうした諸々の立法活動をすべて断念して、議場における単なる裁決機械として行動するか、第三者から相当大口の安定的な寄付等を受け入れる方策を講ずることにより、そうした必要経費を賄うか、のいずれかの選択を迫られることになる。前者は明らかに病理現象というべきであり、後者はそうした寄付の受け入れにより民間企業等との癒着が発生し、議員が全体の奉仕者として活動することを困難とするであろう。

 このように考えると、広く無産者に議員となる道を開くという上記のような憲法の趣旨に照らすときは、歳費とは、議員報酬に加えて、議員としての通常の健全な活動に必要なすべての費用を含む意味と理解するべきである。

 歳費の額について、憲法は法律、すなわち議員自身が自らの歳費を決定しうるという制度を採用している。これは裁判官の報酬が、単に相当額とされていて、法律という文言を欠いているのと端的な相違を示す。このことは、国民主権原理の下における国民の代表者に対する強い信頼を示すとともに、その活動の上述したような広範さから、第三者機関による必要経費額の判定が困難であることを考慮したものであろう。

(三) 通説の立場においては、本条でいう法律とは、国会法35条と理解されている。しかし、ここでの歳費はいわば狭義の議員個人の生活の資としての歳費であり、これだけでは議員として健全に活動することはできない。上記の意味で広義に歳費という文言を捉えた場合には、国会法36条(退職金)、同38条(通信手当費)、「国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律」なども、本条で保障する歳費の一環として理解されるべきである。

 狭義の歳費に関しては、国会法は巧妙な定めをおいている。すなわち、単純に議員が自らの歳費額を決定する場合には、それについて客観的な判断を議員自身が行うのは難しく、不必要なほどの高額の立法を行う危険があり、また、国民の批判等をおそれて異常に過小な金額を設定するおそれも存在する。そこで、国会法35条は「一般職国家公務員の最高の給料額より少なくない歳費」すなわちそれと同額の歳費を受けるという形で規定し、客観的な妥当性を確保する方策を採用しているのである。

 現在、歳費法等では、狭義の歳費の他に、文書通信交通費、立法事務費、JR各社の乗車証、秘書の給料その他等々が支給されている。

(四) ここで問題となるのが、歳費等は、議員個人に支給される必要があるのか、それとも所属政党に支給することも許されるか、という問題である。

 共産党では、従来から狭義の歳費もいったん党の会計に納付させ、各議員には、党の査定にしたがい、相当額が支給されるという方式を採用している。

 これら、個人に支給されない歳費等は、少なくとも純粋な形での国民主権原理に違反していることは明らかである。どの限度で許されるかについて、より徹底的な検討が必要であるが、今日までの所、学説的には批判されつつも、各政党は既成事実の積み上げという形で暴走しているという状況にある。