ダーティペア・独裁者の遺産

高千穂遙著 早川書房社刊 1000円


 ストレスが貯まっているので、とにかくスカっとした話を読みたい、という方に絶対にお勧めなのが、このダーティペア・シリーズ。主人公は赤毛の美女ケイと黒髪の美女ユリの二人で、彼らはWWWAという何やら世界女子プロレス協会を思わせるような略称を持つ、銀河系規模のトラブル解決組織のエージェントである。コードネームはラブリーエンジェルと、美女二人にまことにふさわしい綺麗なもの。ところが、二人の行くところ、二人は少しも悪くない?のに、なぜか都市が壊滅し、宇宙都市が墜落し、惑星が吹っ飛ぶという調子で、大変な災害が巻き起こる。かくして通称がダーティペアとなってしまった、というのがシリーズの基本設定。
 宇宙を駆け回るくせに、二人の衣装は、カバー写真に明らかなように、そのセクシーなプロポーションをフルに生かせるまことに手軽なもの。この格好で、床に転げ回ってレーザーガンやバズーカ砲を撃ちまくろうというのだから少々無理がある。そこで、二人の皮膚にはレーザーを浴びても少々なら大丈夫という特殊ポリマーを塗って保護してあるということになっている。そんなものを塗って皮膚呼吸は大丈夫なのか、等という野暮な心配はやめて、二人の活躍を楽しんでいただきたい。
 このシリーズ第1作「ダーティペアの大冒険」が最初に出たのは1980年だからもう20年も前になる。しかし、絶対の人気があるらしく、今でも書店の本棚に並んでいるというロングセラー。しかし、第2作「ダーティペアの大逆転」が出たのは1988年だからファンから見ると歯がゆいほどのスローテンポぶりである。その後、第3作「ダーティペアの大乱戦」、第4作「ダーティペアの大脱走」は比較的短い間隔で刊行されたのでやれ嬉やと思ったら、何とその最後で、ダーティペアは冷凍睡眠された上、宇宙を漂流というひどい取り扱いを受けて、シリーズは強引にうち切られてしまった。コナン・ドイルが自分の恩人、シャーロック・ホームズが嫌いで、何度も抹殺しようとしたことは有名だが、どうもこの作者も、我々ファンと違ってダーティペアが嫌いだったらしい。
 その後、作者は、何を考えたか、ユリとケイという主人公の名前だけは共通だが、後は全く関係のない主人公でダーティペアFLASHなる新シリーズを始め、現在刊行中である。が、これはまさに似て非なるもので、星はおろか都市も破壊されず、主人公の能力も低くて、読んでストレスが貯まるだけという代物である。
 そこで嬉しいのが本書。こちらは久しぶりに刊行された本物の方のダーティペアの活躍を描いた作品。彼女たちの独立エージェントとしての最初の事件という設定である。本物らしく、本書では話の開始早々に宇宙要塞が一つ壊滅し、ついで恒星間宇宙船が木っ端みじんに砕け散り、ラストには惑星一つが丸々居住不能になるという景気の良さ。特に、二人の長年の相棒である怪獣クァールが、なぜ二人のペットになったかという謎が解けるという点で、ファン必読作である。


カムバック・ヒーロー

ハーラン・コーベン著、ハヤカワ文庫刊、880円

 野茂が米国大リーグに移籍しようとした時、彼は「代理人」を通じて日米双方と交渉をした。この代理人に日本側球団はだいぶ痛めつけられたらしく、野茂が大リーグチームから一時解雇された時、その球団は、彼の復帰をいつでも歓迎するが代理人を使う限り駄目だ、というメッセージを発表したほどだった。ここで、代理人といわれているのは、米国では、エージェントと呼ばれる。米国では俳優でも作家でも、劇団や出版社との交渉にはそれぞれの業界専門のエージェントを使うが、それと同様に、スポーツ選手がチームその他と交渉するに際しては、スポーツ業界専門のエージェントを使うのが普通だそうだ。本シリーズは、このスポーツエージェントを探偵役に起用したミステリである。エージェントは、その顧客の抱えるあらゆる問題を解決しなければならないので、探偵役が意外に似合っているのである。
 主人公マイロン・ボライターはかっては将来を嘱望されるバスケット選手だったが、試合中に相手チームの選手に激突されて膝を負傷し、選手生命を絶たれた。そこで大学に戻って法律を勉強し、弁護士の資格を取得した上で、スポーツエージェントを開業した。この設定のおかげで、作品世界は常に人気スポーツ業界ということになる。既に日本で第4作までが刊行されているが、第1作「沈黙のメッセージ」がフットボール、第2作「偽りの目撃者」がテニス、第3作である本書が主人公の古巣であるバスケット、そして、第4作「   」が、ゴルフ、と作品ごとに舞台を変えて、様々なプロスポーツ界の内幕をかいま見せている。
 本書では、主人公の古巣であるプロバスケット業界を舞台に、スター選手の謎の失踪を探るように依頼された主人公の活躍を描いている。調査のため、チームに潜り込む手段として、バスケット選手へのカムバックをさせられることで、主人公の内面的苦悩も深まり、また、調査が彼が再起不能のダメージを受けた事件の謎にたどり着くことで、さらに大きな衝撃が襲ってくる。こうした緊迫した描写が、本書に米国探偵作家クラブ賞を受賞させることになっている。
 本シリーズの魅力のかなりの部分は、主人公の相棒であるウィンこと、ウィンザー・ホーン・ロックウッド三世の人物造形から来ている。彼は、その名の通り名門の御曹司で、一見ひ弱そうに見えるにも拘わらず、実はテッコンドー6段という驚異的な実力者である。しかも、一種の精神異常者で、女性を愛することができない。また時々殺戮衝動に駆られる。そういう時には社会の屑といえる人間を捜して冷酷に殺して回る、という極めて危険な人物なのである。ちなみに、彼のそうした心の傷の原因は、第4作で明らかになる。このウィンが、主人公の危機には常に現れて正義の神の役割を演ずることになる。また、主人公の秘書であるエスペランサも、昔は女子プロレスで鳴らしたという人物である。元バスケ選手だから当然6フィート以上の身長のある主人公共々、大変な体力派を揃えた爽快なシリーズなのである。