「ステルス艦カニンガム出撃」

ジェイムズ・H・コップ著、文春文庫刊、781円

 本書は、2006年という近未来において、突如アルゼンチンが南極条約に違反して南極大陸の領有を行おうとしたという設定の下に、たまたま現場付近にいた唯一の米国船カニンガムが、空母が到着するまでの10日もの問、単独でアルゼンチン全軍と南極海で対決する、という軍事小説である。

 事実上の主人公カニンガムは艦種としてはDDG(ミサイル駆逐艦)とされているから、わが国でいえばこんごう級の護衛艦に相当する。こんごうは全長161m,7250tあるが、カニンガムは全長580ft(約177m)とあるから8000t以上もある巨艦である。しかもヘリコプター2機を搭載できるから、その点ではDDHの機能も兼ね備えている。

 しかし、カニンガムの最大の特徴は、日本語表題にあるとおり、ステルス艦、すなわちレーダーによって捕捉されない軍艦という点にある。本書の基本モチーフであるステルス艦理論は本書143頁以下に詳しく述べられているが、簡単にいえば、空母を中心とした大編成艦隊を過去のものにするということである。大編成艦隊は、レーダーの発達により遠距離から発見されることを免れることは不可能ということを前提として、防御力の強化を図ったものである。しかし、ステルス艦の出現により、事態は再びレーダー出現以前の状態に戻るのである。かってキャプテン・ドレークがゴールデンハインド号一隻によりスペイン帝国を揺るがしたように、あるいはポケット戦艦グラーフ・シュペー号が長期にわたって連合国艦隊を振り回したように、ステルス艦は単独で多数の敵を翻弄しうる点で、今後、空母艦隊に匹敵する紛争抑止力たりうる。

 私の悪い癖で、やけに堅い紹介をしてしまったが、話そのものは痛快戦争小説で読んで実に面白い。物語には、上手にたくさんの小さな謎が仕込まれているので、ごく簡単に登場人物や主人公の説明をしても、そうした謎解きを事前にしてしまうことになり、読む上での興趣をそぐので、本書の内容紹介は避けることとしたい(この本を買おうと思った方は、絶対に本文を読む前に最後に載っている「訳書あとがき」を読まないこと。実に無神経に内容紹介をしている)。

 極地における艦船の戦闘というと、アリステア・マクリーンの名作「女王陛下のユリシーズ号」を思い出す。そこでは弱い人間が大自然の脅威の前に翻弄されていた。が、カニンガムはハイテク艦で、着氷などもスイッチーつで溶かせるから、自然からの脅威そのものは本書ではあまり問題にはならない。むしろ悪天侯は秘匿性を強めるから、カニンガムは積極的に悪天侯の中に隠れるほどである。又、その持つ武器は、航空機、潜水艦、そして他の駆逐艦の攻撃も撃退でき、必要とあれば宇宙を飛ぶ人工衛星までも撃破する力を備えた強力なものである。しかし、それを動かすのは普通の人間である。初めて戦火にさらされれば恐慌を起こし、長引く戦闘に疲労が蓄積されれば判断力が低下し、死傷者が出れば精神的に落ち込む。そのような細部に至るまでしっかりと艦内の人間像が描けている点も、本書の魅力を増している。

 

「対話型行政法学の創造」 

大橋洋一著、弘文堂刊、5600円

 これまでにも本欄で幾つかの法律書を紹介してきた。それらは全て一般向けの教科書という共通性があった。しかし、本書はその著者の最新の論文集であって、決して一般向けの書ではない。それにも関わらず、あえて取り上げたい理由の一つは、その野心的タイトルに端的に示されているとおり、本書が従来の行政法学に挑戦して新しい行政法学を構築しようとしている点にある。従来の行政法学というものは、行政行為という架空の概念を中心に、国家が行政という形式で国民に対して強権的に行動するということを前提としてほとんどの理論ができあがっている。

 しかし、本誌読者の皆さんは先刻ご承知のとおり、現実の行政の大半は、国民との話し合いで実施されており、行政側から積極的に働きかける場合でも、頭ごなしに命令するよりは、時間をかけて説得するというスタイルをとっている。ところが、これまでの行政法学だとこうした典型的な行政活動は分類上“その他”というジャンルに押し込まれて無視され、全体の1割に満たない権力的活動分野に情熱を注いで研究していた。本書は、こうした流れに対して、現実の対話主体型の行政というものを法学として体系づけようとチャレンジしているという点において、実務家の皆さんも、自分の活動の理論付けが必要な場合に、参照する価値があろう。

 本書の第二の特徴は、ドイツにおける同様の行政の実例について、かなり豊富に紹介しているという点にある。日々、行政の第一線で活動されている本誌読者の皆さんとしては、それ以前にはなった新しい行政二一ズに直面して、どのような行政手法をもってそれに対応したらよいか、と悩むこともあろうかと思う。そうした際に、わが国とよく似た行政システムを持っドイツで現実に採用された手法を知るということは、役に立つのではないだろうか。

 第三にわが国の行政分野のうち、国土整備、福祉オンブズマンなど、幾つかの具体的な分野を取り上げて、その理論分析が行われている点である。したがって、そうした具体的事例を通じて、皆さん自身の担当する行政分野への適用を考えることも容易であろう。

 最後に、残念ながらあまり大きな紙幅が割かれていないが、「実験法律」という概念が紹介されている点に注目したい。皆さんご存じのとおり、財政の分野には昔から“予算補助”という問題が存在している。補助金適化法によれば補助金交付は行政処分だから、法律に基づいて行われるべきであり、予算のみに基づく交付は違憲の疑いが濃厚である。しかし、現実問題としては予算補助を容認せざるを得ない。

 なぜなら、新しい補助制度の創造に当たっていきなり法律を制定してしまうと、その制度の妥当性が低いことが判明しても、容易に改正ができないからである。つまり、予算補助の正当化根拠は、まさにその実験手段である点にある。したがってて、わが国で実験法律概念が承認されれば、予算補助といういかがわしい行政手段の廃止も可能となるであろう。