『マイクロソフトへの挑戦』

ヨシュウア・クイットナー外著 MYCOM刊、2600円

 私は去年から本格的にインターネットを利用し始め、今年の正月から個人ホームページを開設した。 事新しくいう話ではないが、ブラウザというのは、使えば使うほど、その便利さが痛感される。私の癖で、興味を持つと、その関連の本をいろいろ読みあさるのだが、その中で一番面白く読んだのが本書なので、ここに紹介することにした。

 本書の日本語表題は、たぶんこの方が売れるという出版社の判断なのだと思うが、実際の内容とはかなりかけ離れている。すなわち、実際に描かれているのは、インターネットを一般の人に使えるようにした画期的発明というべきブラウザの開発から始まって、その最初の担い手であったネットスケープ社が滅びるまでの物語なのである。確かにマイクロソフトとの戦いも描かれているが、全体で4部構成の第4部だけが取り上げている話で、前3部はブラウザ開発の苦労話となっている。本書はブラウザはどう作られたのか、という興味に良く答える本なのである。

 本書によると、ブラウザが最初に産声を上げたのはイリノイ大学に併設されていたNCSA(全米スーパーコンピュータ・アプリケーション・センタ)だった。この施設では、数少ないスーパーコンピュータを多くの研究者がいながらに利用できるようにと、後にインターネットに発展するARPAネットで数多くの大学をつないでいた。このネットは同時に、それに接続されているコンピュータの中で作業されていることを、離れた場所から調べることができる能力も持っていたが、それを利用するにはソフトウェアに詳しい必要があった。この状況にいらだちを感じたのが、NCSAでアルバイトをしていたマーク・アンドリーセンという大学生だった。彼は他の若者達と協力して、最初のブラウザたる「モザイク」を開発するのに成功する。が、NCSAではモザイクはNCSAの財産と見なし、開発者たる若者達は放り出した。

 そこにベンチャー企業家が援助の手を伸ばし、放り出された若者達をまとめて雇用して、彼らに商用のブラウザを開発させたのである。彼らが1週間に110時間から120時間というタコ部屋顔負けの激しい労働で開発したのが、ネットスケープ・ナビゲータである。これは先行する、自分たちで開発したモザイクをはるかに上回る性能で、瞬くうちに市場の制覇に成功し、同社の株式公開も史上空前の大成功を収める。

 これに目を付けたマイクロソフト社は、モザイクのパテントを間接的に取得し、これに改良を加えてインターネット・エクスプローラを開発し、大企業特有のえげつない商法で、無造作にネットスケープ社の市場を奪い取ってしまうのである。更にネットスケープ社がイントラネット(企業内インターネット)に転身を図ろうとすると、こちらの市場にも侵入して奪ってしまう。結局、ネットスケープ社は1998年11月AOLに買収されてその短い存在を終えることになる。しかし、アンドリーセンはAOLのCTO(最高技術責任者)に就任して、現在も活躍を続けている。

『星界の紋章』

盛岡浩之著 ハヤカワ文庫、T500円、U540円、V500円

 前に本欄で『飛翔せよ、閃光の虚空へ』を紹介したが、その帯にアメリカ版星界の紋章という惹句が書かれていた。上記書を取り上げたときにも書いたことだが、私は、本をまずカバーの絵で選んでしまう。星界の紋章の1巻目は、96年に刊行された本だから、もちろんその当時店頭に並んでいるのに気がついていた。ついでに言えば、よく売れているらしく、どこでも平積みになっているのにも気がついていた。だが、ごらんのとおりの少女趣味のカバーである。当時は、手にとってみる気には全くなれなかった。

 しかし、ひどいカバーにもかかわらず、スコーリア戦記が傑作であることを知った私としては、星界の紋章も目を通す価値があるのではないか、と考え、書店で探して読んでみたのである。読み始めて最初の30頁ほどは、買うのではなかった、としきりに後悔したほどのひどさだった。その後ある程度持ち直して、一応1巻目の最後までは読み切った。だが、作品に対する点数は少しも上がらなかった。一言で片づければ駄作だと感じたのである。しかし、物語の続きがどうなるかが気になる。そこで翌日早速2巻目を買った。相変わらず評価は変わらない。だが、続きは気になる。また翌日本屋に行って3巻目を買った。

 このように、基本的には駄作だと考えているにも関わらず、毎日せっせと買い続けた、というのは私としては初めての経験である。正直にいって狐につままれたような気分で、その謎を見極めようと再読、三読を繰り返した。不思議なことに、そのように繰り返して読んで、飽きないのである。

 その理由が、4回目くらいに読み直してようやく私の硬い頭蓋骨の中にしみこんできた。これまでも本欄で、作品の背景となっている世界設定とその特定の作品のストーリとに分けて説明することが良くあった。本書の場合、その二つの持っている水準のギャップが極端に大きいのである。

 背景となる世界の設定は、見事なまでに考え抜かれている。銀河系宇宙全体を覆う巨大帝国の社会構造や科学技術がきちんと組み立てられている。そしてそれを支えるアーブと呼ばれる民族の、誕生から始まって現在に至る歴史が緻密に想定されているだけではなく、その民族固有の文化、慣習、更に言語に至るまで、完全な形で用意されている。特に凄みがあるのが言語である。バローズの火星シリーズの昔から、異世界の雰囲気を盛り上げる目的で、実在しない言語を作り出す、ということは良く行われている。が、それはたいてい新しい名詞を作り出すくらいがせいぜいだった。ところが、この作品の場合、名詞にとどまらず、形容詞や動詞までも作りだし、語尾変化に至る文法体系が完全に用意されているのだから恐れ入らざるを得ない。

 ところが、このように周到に用意された舞台で展開されるお話は駄作という外はない。粗筋を紹介する気にもならないような馬鹿馬鹿しさである。しかし読み出したら後を引くのは、その駄作から垣間見える背景世界の魅力なのである。今も、私は続刊の『星界の戦旗』をせっせと読んでいる。