『時計を忘れて森へ行こう』

光原百合著 東京創元社刊、1600円

 秋らしいさわやかな話、と考えると、ひとりでにこの物語が思い出される。緑の木陰で、できれば本書の舞台となっている小海線の清里のような高原で読めれば申し分ないだろう。私自身は通勤列車の中で読んでいて、たまらなく東京を脱出したくなったものである。

 本書は、「クィーンの13」シリーズに属する作品として出ているのだから、少なくとも出版社としては、推理小説のつもりで刊行しているに違いない。確かに物語の内容には、推理小説的要素がある。しかし、本書を推理小説と思って読んでは間違いだろう。表題に示されているとおり、現代人が忘れようとしている森林というものの意味をもう一度問い直す寓話としてとらえた方が、物語世界を正確に理解することになると思う。

 その寓話としての要素は、主人公達の名前に端的に現れている。すなわち、物語の語り手であるヒロインは、若杉翠(わかすぎ・みどり)と名付けられ、推理小説であれば名探偵という役どころの森林レンジャーは深森護(みもり・まもる)と、ほとんど人格が感じられない名前が付けられている。もっとも彼らのキャラクターは本当にさわやかに作られていて、二人の間の無垢といって良いほのぼのとした恋愛感情と、その二人を見守る人々の生き生きとした描写が本書の魅力の少なからぬ一部を形成している。

 この物語を推理小説と見れば、タイプとしては北村薫や加納朋子流の作品と分類することになるだろう。普通の推理小説に登場する殺人その他のの刑事事件はここではまったく描かれていないからである。しかし、北村薫などとははっきり異質の作品というべきである。なぜなら、北村薫などの作品では、日常の小さな謎がメインテーマとなる。何となく心に掛かり、解ければほっと安心する。そういう種類の謎である。

 それに対して、本書のテーマは重い。本書は三つの物語から形成されているが、いずれもメインテーマは人の死である。すなわち、第一話は家族のために単身赴任している父の死であり、第二話は結婚を前にした許嫁の死であり、第三話は自分の生まれる前に起きた姉の死である。こうした人の死に関わりを持って、心に傷を負った人々がここでは描かれている。ここでの探偵の役割は、心の傷の原因を突き止めることにある。

 このようにずしりと重いテーマを取り上げながら、読後感がきわめてさわやかなのは、著者が森林の持つ癒しの力という視点から物語を織り上げているからであろう。今、「織り上げる」という言葉を使ったが、これも本書のキーワードの一つである。単なる事実と真実は違う、ということが本書ではしばしば語られる。事実という糸を集めて真実という物語を織るという形で、物語は進んでいくのである。ここに、単なる謎解きとは違う本書の特徴があると言っていいだろう。

 本書の舞台を、著者はシークというミッション系の団体の管理する森としているが、これは実際にはキープという実在の団体という。

『水の城ーいまだ落城せず』

風野 真知雄著 祥伝社文庫、590円

 豊臣秀吉が天下統一の最後の仕上げとして、小田原に北条氏を攻めたとき、その股肱の臣である石田三成は、秀吉の命を受けて、小田原城の支城の一つ、武州忍城を攻撃した。秀吉が備中高松城で行った水攻めの奇策は、その最中に本能寺の変が起こったことから、秀吉の天下とりに直結した意味でも非常に有名である。忍城は沼と深田に囲まれて非常に攻めにくい城であったところから、石田三成は、高松城攻めを真似て、ここでも数里にわたる土手を築いて水攻めを行おうとした。ところが土手が水圧に破れて洪水が石田方に押し寄せ、並の戦闘以上の損害を被った。

 このことから、石田三成は、鵜のまねをする鴉、水におぼれる、と悪評をとることになる。関ヶ原の合戦以前において、石田三成が直接指揮を執ったほとんど唯一の戦闘であるため、この忍城包囲戦以後、彼は、行政の才能はあっても、軍事的才能はない人物との評価が定着し、今日に至ることになる。

 本書を読むまで、私もこの定評に何ら疑問を感じていなかった。しかし、本書によって、忍城攻防戦はそんな単純なものではないことを痛感させられた。

 まず守り手側だが、北条氏の支城の例に漏れず、忍城でも、そこの本来の主力部隊は小田原本城に送り込まれており、残っていたのは老兵が400人ほどであったという。石田軍の来襲に対応して、近在の農民を城内に収容して、ようやく3000名ほどに達したに過ぎない。弱兵といって良い。

 これに対して、攻め手側は当初勢力だけでも2万人の精兵である。石田三成が忍城を攻めなやんでいる間に、百を越す北条氏の支城はすべて落城し、そちらから援軍が派遣されたので、最終的には5万人という大兵力になる。しかも、攻め手側の将は石田三成一人ではない。当初から三成の親友である大谷吉継は同行しているし、後には浅野長政、長束正家、真田昌幸、真田幸村などが攻城に参加しているのである。どの一人をとっても、この当時における名将あるいは猛将として名高い人物である。

 これだけの兵力と将を集めて攻撃していながら、老兵と農民の寄せ集め兵力は立派に耐え抜いて最後まで落城せず、小田原城落城後に名誉の開城を迎えているのである。すなわち、秀吉軍の攻撃に落城しなかった唯一の北条方の城ということになる。となると、少なくとも従来いわれていたように、三成の軍事的無能のために落とせなかったというレベルの問題ではない。驚いたことに、城の防衛側には、歴史上に名を残すような名将も参謀も全くいないのである。城そのものも確かに攻めにくいものではあるが、名城というほどのものではない。この、まことに不思議づくしの攻防戦を気楽に読める作品として描いたのが本書である。

 私は、登場人物もどうせ架空の人物だろうと思って読んでいたのだが、終章とに書かれているところを信ずれば、実在の人物らしい。例えば忍城の当主成田氏はその後、野州烏山藩主となったという。蛇姫様の先祖というわけか?。