『犯罪捜査官』

マーティン・リモン著 講談社文庫刊、1048円

 海外の小説を邦訳する場合、その邦題をどうするか、ということは大きな問題である。本書はその最悪の事例といえるのではないだろうか。誰だって、このタイトルをみたら、また新しい警察小説としか思わないだろう。実際には、韓国駐留アメリカ軍と韓国人との愛憎の交錯を描いたハードボイルドな社会派小説である。

 時代は1975年に設定されている。ベトナム戦争が終結したのが1973年だから、まだその余燼冷めやらぬ時期である。米軍では、ベトナム戦争に毒されて、本国に帰還してもまともな社会人としての生活ができそうもない連中を、韓国駐留軍に配属していた。例えば本書の主人公スエーニョはメキシコ系の米国人である。ロサンゼルスの最下層から這い上ってきた彼にとっては、様々な特権があり、立派な服装で肩で風を切って街を歩ける韓国駐留米陸軍の犯罪捜査官は申し分のない仕事である。相棒のアーニーは、普通の白人だが、ベトナムで麻薬を覚え、それから抜け出す手段としてアルコール漬けの生活を送っている。要するに、どちらも社会の落伍者一歩手前という物騒な男達である。

 この二人がちょっとした賄賂に目がくらみ、恋人と称する朝鮮美人から国連軍の一翼として駐屯しているイギリス軍兵士に手紙を運んでやったところ、その兵士が殺害されるという事件が起こる。被害者と最後に接触したのを目撃されているから、容疑者とされかねない危機に直面して、二人は何としても事件を解決して容疑を晴らさなければと、手段を選ばない強引な捜査を開始する。そのため韓国社会の抱える病巣が赤裸々に現れてくる、というのがおおざっぱなストーリとなる。

 韓国の抱える病巣の中で、本書の設定でもっとも興味を引く存在が、原題でもあるスリッキー・ボーイズである。これは簡単にいえば、米軍基地に忍び込んで軍需物資を盗むこそ泥を意味する韓国語化した英語という。slickというのはつるつる滑るという程度の意味の英語だが、どこにでも巧みに忍び込んでくるこそ泥のことを米兵はスリック・ボーイと呼んだ。しかし、韓国人は我々日本人と一緒で、母音をつけないと発音しにくいので、スリッキー・ボーイズと呼ばれるようになったのである。

 米軍は、軍需物資が一定の率で盗難に遭うことは避けられないと考え、予算上一定の割合で盗難損失を計上しているのだという。そして、驚いたことに、韓国駐留全米軍の盗難被害率が、ほぼ正確に予算に計上した損失と一致しているため、誰も盗難を問題にしない。つまり、スリッキー・ボーイズは、盗難損失まで管理した犯罪組織ということになるわけだ。

 アーニーの恋人で、看護婦であるところから二人が単にナースと呼んでいる女性がこの組織との接触で活躍するが、その韓国人女性の本名を、スエーニョはおろか、彼女と結婚するつもりでいたアーニーまでが知らない、という話が出てきて、米軍と韓国人社会の結びつきのもろさを象徴している。最後には、北朝鮮スパイと絡んだ活劇となるのは、韓国を舞台とする以上、当然か。

『バトルフィールド・アース』

L・ロン・ハバート著 朝日出版社刊、1200円

 この作品が書かれたのは1982年というから、もう20年も前である。したがって、世界全体ではすでに600万部を超える発行部数という。非常におもしろく、いろいろな文学種をとった傑作という評判だけは、SF雑誌などを通して当時から聞こえてきていたのだが、これまで私の知る限り、我が国でちゃんと翻訳されたことはなかった。ジョン・トラボルタ主演で映画化され日本でも上映されたため、ようやく紹介されることになったらしい。かなりの長編で、邦訳では5分冊になる。予定では去年中に5冊とも出るはずだったが、実際には2冊までしかでなかった。

 ストーリはかなり単純である。ご存じのとおり、米国が打ち上げた惑星探査機のいくつかは太陽系の外にまで飛んでいった。そこで、米国ではそうした惑星探査機に、将来、宇宙のどこかで異星人がそれを回収する可能性もないではない、ということで、そうした惑星探査機に人類からのメッセージを搭載している。作者は、それに目を付けた。すなわち、そうした探査機の一つがたまたまきわめて凶悪なサイクロ人と呼ばれる異星人の偵察機によって拾い上げられたと設定した。しかも、その探査機は、サイクロ人から見てきわめて高価な希少金属を多く使用していた。そこで、サイクロ人の一企業が地球の鉱山を採掘する権利を政府から買い取り、地球人を駆除して、鉱山惑星として開発することとした。サイクロ人はテレポーテーション技術を持っており、それを利用してある日突然無人飛行機を地球に送り込み、毒ガス散布を行ったから、地球の文明はわずか9分間で壊滅したのである。

 それから1000年。高山など毒ガスの効果の薄い地域に住んでいたために、生き残った人類も、文明がすっかり退化して、完全に絶滅する寸前の状態に落ち込んでいた。その時、あるサイクロ人が、会社からは秘密で地球の金を採掘しようと計画した。そのため地球人を捕まえて、進んだ学習装置を使用して教育し、労働力として利用しようとした。当然、採掘が終われば、秘密を守るため、使った地球人を消し去るつもりでいるから、知識は惜しみなく与えてくれた。久しぶりに科学知識で武装した地球人は、表面的にはサイクロ人に服従していると見せかけつつ、地球の生存を賭けた絶望的な戦いをサイクロ人に挑むべく、努力を開始する、というのが基本設定となる。

 確かに魅力的な基本設定である。しかも、サイクロ人というのが身の丈3mもあるという巨大な生物で、サイクロ語には残酷という意味の言葉がなく、したがって平気で残酷な行為ができる。しかも、サイクロ人同士で互いに騙しあうことを本性としているような生物なので、地球人との間の虚々実々の駆け引きが非常におもしろい。最初に書いたとおり、この書評を書いている段階ではまだ半分も刊行されていないので、最終的にどのような物語となっていくのか判らないが、最初の2冊を読んだ限りでは、確かにおもしろく、続刊を待ち望んでいるところである。