『サミー・キ−ズとホテル泥棒』

ウェンデリン・V・ドラーネン著、集英社1600

 学齢期のお子さんがいる方は、夏休みにはお子さんと同じ本を読んで、読後感などを語り合うのも、親子のふれあいを確保する上で良いことではないだろうか。・・と簡単に言っても、親が読んで楽しめて、しかも子供が読んで面白いという本はあまりない。今月は、これなら、と思われる本を紹介することにした。

 本書は、エドガー・アラン・ポー賞(児童部門)受賞の傑作である。少年や少女が探偵をする、という設定の話は漫画や本にも数多くあるが、なぜ探偵をする必要があるか、という基本的なところに無理がある場合が多い。その点、本書で主人公が犯人捜しに乗り出す設定は自然で説得力がある。

 主人公の少女、サミー・キーズはやたらと複雑な家庭環境の子供である。この事は作品を読むうちに徐々に判ってくる仕掛けになっているが、推理小説としての伏線になっているわけではないので、気楽に紹介しよう。彼女には父親はおらず、母親は映画スターになることにあこがれて、小学生のサミーを祖母に預けてハリウッドに行ってしまった。祖母は政府の援助を受けた高齢者専用マンションに住んでいるが、これには家族が一緒に住むことが許されない。そこで、サミーは近所のうるさ型の目の手前、祖母の見舞いに来たような顔をして、マンションの出入りをしなければならない。

 そのため、外出もままならず、暇つぶしに双眼鏡で近所を眺めていたら、ホテルでの窃盗を目撃する、という映画「裏窓」タッチの事件が起こる。しかも、犯人と目があったサミーは、うっかり犯人に手を振って、目撃したことをはっきりさせてしまう。

 サミーとしては、警察に窃盗を目撃したことを伝える際にも、自分が本当に住んでいるところを話すわけにはいかないから、嘘の住所を教えざるを得ない。これでは、彼女の情報を信じろ、といっても無理というものである。他方犯人は彼女が犯行現場を目撃したことを知っているから脅迫状を送ってくるが、間違えて祖母の隣に住むうるさ型のところに放り込む。そのため、その脅迫状までサミーが書いたものと疑われ、という調子で、彼女を取り巻く状況はどんどん悪化する。これでは、彼女が自分で犯人捜しに乗り出す他はないわけである。

 他方、彼女は私生活でも御難続き。中学校に入学してその初日に、嫌みな女の子と喧嘩をし、お尻をピンで刺されたので、相手の鼻にパンチを食わした結果、入学初日に早くも停学1日の処分を受ける。おかげで出来た暇?を利用して彼女は犯人捜しに乗り出すのである。この犯人、何となく見覚えはあるのだが、事件現場の周囲に、その顔の人物はいない。いったい犯人はどこに?

 作者は、長年作家志願で頑張っていたが、本書によってはじめて認められた人物。今ではこれは世界各国で出版され、シリーズ作品に成長しているという。さしずめハリー・ポッターの作者の米国版といった感じのシンデレラ的デビューを飾ったらしい。 大人が読んでも楽しめて、しかも、小中学生くらいの子供には、安心して読ませることの出来る作品である。

 

『おれは非情勤』

東野圭吾著、集英社文庫刊、 476

 この作者は1885年に『放課後』という作品で江戸川乱歩賞を受賞したことでデビューした。作品名でも判るとおり、学園ものである。その後、しばらくの間は専ら学園ものばかりを書いていたが、やがれ驚くほど多彩な分野の作品を発表するようになる。しかし、彼の原点がこうした学園ものにあることは疑う余地がない。本書は、その手慣れた学園ものに属する傑作である。

 本書のタイトルが、非常勤講師をもじったものであることは明らかであろう。産休その他で欠員が出来た小学校に臨時に派遣される非常勤講師を主人公にしている。少なくとも丸1年は同じ児童とふれあい続ける専任教員と違い、専任教員が復帰してくるか、あるいは新たに任命されるまでの間、ほんの数ヶ月間のつなぎに教鞭を執るだけの仕事である。だから、熱血教師のように、児童を親身に世話をすることはしない。教師は生活の手段と割り切り、出来るだけ担任している児童とはふれあいを避けて、受け持ち期間を過ごすのがモットーだから非情勤というわけである。

 本書の主人公である「おれ」の勤務する小学校で、殺人、自殺、盗難と様々な事件が発生し、それを推理作家志願の主人公が鮮やかに解決する、というのが、本書の基本設定。同じ小学校に次々とこのような事件が起こるのは不自然だが、非常勤講師であれば、作品ごとに赴任校が別のところになるのは当然のことで、その点でも巧みな設定と言うことができる。

 実を言うと、本書を読み切るまで、私はこれが児童小説として書かれたとは夢にも思わなかった。あくまでも非常勤講師という大人の視点から書かれており、小学生用に易しく、というような配慮ないし迎合したような記述が全くなかったからである。解説によると、本書は、学習研究社の『5年生の学習』および『6年生の学習』に連載された作品なのだそうだ。6編ある短編のうち、最初の3編が前者に、後の3編が後者に連載されたことは、主人公の担任クラスが前者では5年生で、後者では6年生になっていることから判るというわけである。

 非情勤というタイトルにもかかわらず、個々の事件の解決に当たっては、関係した児童と対等の目線から語り合う姿勢には、結構血の熱さが伝わるところがあって、そこが本書の一つの読みどころといえる。個々の事件の謎そのものは、小学校だからこそ起こりうるというものが取り上げられている。

 本書が雑誌に連載されていた当時、PTAから、殺人や浮気を小学生用の雑誌に載せるとは何事か、という抗議があった、というが、そういう大人の世界が小学校に侵入している現実を活写したものとも言えるであろう。そういうわけで、本書は、主たる対象者はむしろ大人の方で、しかし、子供も読める作品と評価する方が正しいのかもしれない。

 なお、『非情勤』シリーズだけでは1冊分のボリュームとして不足したらしく、小学5年生の竜太が、日常生活でたまたま遭遇した謎を解く話が2編、おまけについている。これも結構面白く読める作品であった。