『異形の惑星』

井田茂著、NHKブックス 1070

 星空に親しむ季節になってきた。この夏、満天の星を見上げて、宇宙の神秘に思いを馳せ、なぜ地球という惑星が誕生し、人類がここに生息しているのだろうと考えた人もいると思う。本書は、そういう人に、現代惑星形成理論の最前線を実に判りやすく紹介したものである。

 この宇宙で、現在知られている惑星の数をご存じだろうか。1995年まで、人類は、わが太陽系にある8個の惑星しか知らなかった・・と書くと、9個の間違いではないか、と思われるだろう。理論的には、冥王星は海王星の外側に広がるカイバーベルトと言われる小天体群の一つで、他の惑星とは異質であるため、惑星には数えないのだそうだ。

 1995年以前にも太陽系以外の惑星探しに一生をつぎ込んだ人は多かった。しかし、すべて失敗していた。1995年には、太陽系以外には惑星はない、という悲観的なレポートが発表された。ところが、その直後の199510月にペガサス座51番星を回る惑星が発見されたのである。これを皮切りに、次々と太陽系外の惑星が発見され、20023月までで100個を突破したのだそうだ。

 このような劇的な逆転が起きた原因は、それまでの惑星ハンティングが、他の太陽系も我々の太陽系とよく似たものに違いない、という前提で、捜していたためである。しかし、新たに見つかった惑星は、わが太陽系とは似ても似つかない「異形の惑星」だったのである。

 そもそも他の太陽を回る惑星は、それ自体は見えないから、惑星が回転することによって発生する母星の揺らぎを観測するという方法で捜す。わが太陽系の場合、最大の惑星である木星の公転により、太陽はその半径程度も揺らいでいるのだそうだ。ただ、木星の公転周期は12年だから、同じような惑星を見つけるには、そのくらいの長い時間にわたる揺らぎを発見するような観測方法をとる。これに対して、新たに発見された惑星は、木星程度の質量を持ちながら何と母星の周りをわずか34日で公転していた。水星の公転周期が88日であることを考えると、これら新発見の惑星が、わが太陽系の常識では、完全に異常なものと判ると思う。灼熱の木星というわけで、ホット・ジュピターと呼ばれるそうだ。あるいは、エキセントリック・惑星と呼ばれるものは、酷寒から灼熱にわたる長い楕円軌道を描いて太陽を回っていた。

 こうした異常な惑星が100個以上も見つかったと言うことは、こうした異常な惑星こそが、宇宙ではむしろ普通なのであって、整然と円軌道を描く惑星で構成されているわが太陽系の方が異常なのではないか、という結論を導き、惑星形成理論そのものが大きく変わることになる。

 本書の後半では、こうした新しい惑星形成理論を背景に、この宇宙で地球型惑星が存在する可能性を考察している。地球が生物が発達しうるほどの安定した条件を獲得した大きな理由に、月という母星質量の100分の1を超える巨大な衛星の存在がある、という点も誠に興味深い。月がないと、地球の自転軸が大きく揺らぐ可能性が高いのだそうだ。金星は、90度も揺らいだのだという。

 

 

『怪盗ニック登場』

エドワード・D・ホック著、ハヤカワミステリ文庫刊、820

 日本の編集者は時々面白いことをする。欧米の作家の作品でありながら、本国では存在しない短編集を、日本独自で編集して刊行するのである。本書も、そうした日本独自の短編集として、ハヤカワ・ミステリで1975年に刊行されたものの、文庫における復刊である。

 本書の主人公、怪盗ニックは、作者がエラリー・クイーン・ミステリ・マガジンのために作り出したシリーズ・キャラクタで、アメリカでも人気があり、本書の解説によれば今日まで既に80編の短編が発表されている。しかし、ニックの登場する作品だけを集めた短編集は本書が最初だったそうだ。

 盗賊としてのニックの最大の特徴は、現金、宝石、名画といった値の張る品物はお断り、盗るのは客観的価値のほとんど、あるいはまったくないものばかりに限定している、ということである。もちろん、そんなものを盗んでいたのでは金にならない。盗賊としての生活を成り立たせるためには、したがって、依頼が必要になる。1件あたりの最低料金2万ドルで、誰かから何かを盗み出すことを引き受ける盗賊なのである。

 しかし、客観的には無価値のものを、なぜニックの顧客はわざわざ数万ドルもの料金をニックに払って盗み出させるのだろうか。ニック・シリーズの魅力はその謎解きにある。

 ミステリ小説は、普通は「誰が犯人か」が中心になる。ローレンス・ブロックの作り出した泥棒バーニイだと、なぜかバーニイが泥棒に入った先にはいつも死体が転がっていて、バーニイはぬれぎぬを晴らすには、犯人を見つけなければならない立場に追い込まれて推理を始める。

 あるいは、どうやったのか、という点が中心になる。例えば、E・S・ガードナーの作り出した怪盗レスター・リースの場合には、奇想天外な犯行手段を用意し、警察の厳重な監視をかいくぐって犯行を実現するところが見せ場になる。

 それに対して、ニックの場合には、はっきり言って、犯行手段そのものはあまり魅力のあるものではない。同じような犯罪を犯す必要に迫られたら、あなたや私でも思いつくような、きわめて常識的な手段なので、なぜわざわざ高い金を出して彼を雇ったのか、首を捻るような場合もある。警備員を殴り倒す、というような粗暴な手段で犯行に及ぶ場合もしばしばある。

 だから、警察が事前に怪しんで警戒していると、たいてい捕まってしまう。わずか12編を収録したに過ぎない本書の中で、警察に捕まること3回というのは、怪盗というには少々腕が悪いといわざるを得ない。しかし、だからといって彼が刑務所に入るわけではない。何時の場合でも、なぜ依頼人が無価値のものを盗むように依頼したのか、という謎を解くことにより、警察と取引できたからである。

 本書を嚆矢として、ニックの短編集は当時何冊も日本で独自に編纂された。いずれも近日中に文庫で復刊される予定という。したがって、皆さんが気に入って、せっせと買うようだと、どんどん後が続いてくれるはずである。