『リプレイ』

ケン・グリムウッド著、新潮文庫刊 743

 本書のテーマは、表題のとおり、リプレイ、すなわち自分の人生を繰り返すことである。本書で人生を繰り返す仕掛けは、死亡すると、それまでの人生の記憶を失わないままに、若い時の自分の肉体の中にいる自分に気がつくという方法である。ニューヨークのラジオ局でニュース・ディレクターをしていたジェフは、43歳の若さで死亡するが、気がつくと、大学生である18歳の時の自分の肉体の中にいることに気がつくのである。

 このように、自分の肉体の中に、異なる時点の自分の意識がよみがえる、という手法の作品としては、わが国では北村薫の傑作『スキップ』(新潮文庫)があった。あの話では、17歳の主人公がふと気がつくと、25年後の自分の肉体の中に生きており、25年分の人生経験を欠いたままに、結婚した記憶のない夫や、本人の意識としては自分と同じ年齢の娘等と生きるということから来る緊張が描かれていた。

 それに比べると、本書の主人公の陥る状況はかなり楽である。なにしろその後25年間の人生経験がある。日本と違ってアメリカでは賭をするのも楽なので、大リーグの勝者だの競馬の勝ち馬だのの記憶を利用して賭をすることで、未来の記憶のある人間はたちまち億万長者になれるからである。多くの人は、学生時代は人生でも一番楽しかった時代と考えているのではないか、と私は思うのだが、本書の作者は意見が違う。作者は、学歴は、社会に出て行く上で必要だが、実際には無用のものと考えているらしく、主人公は、二度目の学生生活を楽しもうとはせず、あっというまに大学からドロップ・アウトして社会に出て行ってしまうのである。

 とにかく、こうしたことから、理由はわからないながら、主人公は人生のやり直しという誰にとっても夢のようなチャンスに恵まれるのである。しかし、本書の仕掛けは、それが繰り返される点にある。歴史の中の同じ時間帯を、主人公は何度でも旅をすることになる。最愛の子を持っても、社会に驚くほどの影響を与える存在になっても、それがリプレイした時には何の痕跡も残さず、改めて最初から生活することになる。こうして、リプレイは拷問と化していく。やがて、主人公は、自分以外にも同じ時間帯を繰り返し生きている人間がいることに気がついて・・。

 本書の場合、なぜ主人公が人生をリプレイすることになるのかは、結局説明がない。その意味では、本書はシリーズものの第1作なのかも判らない。しかし、作者は非常に寡作の人物のため、その辺は判らない。邦訳されている書としては他に1作あるだけだが、それも絶版になっているという。

 こういう本は、読み方が難しい。読後感としては、人は自分の人生を一度しか送れないことを、未来が未知の世界で無限の可能性を持つことを、ありがたいと思うべきだというような哲学的な考えにふけるのも、立派な読み方というべきだろう。しかし、本書のように楽しめる作品を、そういう哲学的に評価することに、私は反発を感じる。おもしろい設定の作品だと、楽しんで貰うことが最善の読み方と信じる。

 

 

『ダレン・シャン』

ダレン・シャン著、小学館刊

1巻〜3巻各1600

4巻〜9巻各1500

 本来なら、児童文学作品というべきハリー・ポッター・シリーズが、子供から大人まで幅広く受け入れられて、世界的に大変なヒットになっていることは、どなたもご存じだろう。現在、わが国には、同じような性格の、もう一つのヒット作がある。それが、本書ダレン・シャン・シリーズである。発行部数が明確に公表されていないから、具体的にどの程度売れているのか判らないが、大手の書店ならどこでも平積みになっているように思えるから、かなりのヒットになっていることは間違いないと思われる。11500円〜1600円という本が、9冊のシリーズが合計で数百万部も売れているのだから、出版社としても気合いが入ると見えて、巻を追うごとに表紙の絵も豪華になっている。

 シリーズ名と作者名が同じなのは、作者が自分の体験を物語るというスタイルの小説だからである。しかし、間違っても実話ではないはずだ。何しろ、これは吸血鬼(バンパイア)になってしまった少年の物語だからである。

 第1巻から第3巻までは、かなり薄気味悪い作品で、よくこれが後の巻が出版されるほどに売れたものと感心してしまう。出版社のホームページ(http://www.shogakukan.co.jp/darren/)には、この段階ですでに20代や30代からの投書が掲載されているが、私が想像するところでは、おそらく、学校の怪談などにのめり込む子供たちのホラー趣味が、その原動力となったのだろう。主人公のダレン・シャンは、狼男や蛇少年などがいるフリーク・ショーが見たくて、学校が禁止していることを承知で夜中に抜け出して見に行き、そこから始まる運命のいたずらに、ついに半バンパイアにされてしまうのである。半バンパイアというのは、バンパイアの持つ様々な超能力の全てをもっているわけではないが、それでも人間離れした様々な能力を持ち、しかも太陽にも平気な存在である。しかし、その代償として主人公は、第1巻では最愛の家族を失い、第2巻では親友の血を最後の一滴まで飲むことになる、という調子で、決して明るい話ではないのである。

 私の見るとことでは、物語が佳境に入ってくるのは、第4巻からである。第4巻〜第6巻、第7巻〜第9巻が、それぞれ一つの話になっている。ここでの中心設定は、第3巻から現れるバンパニーズという存在である。実は人間が死ぬまで血を飲むのはバンパニーズで、バンパイアはそれを阻止するために戦っている、というのである。感心するのは、これら後の巻につながる伏線が、第1巻や第2巻の段階で実に緻密に張られている点である。本シリーズは、売れ行きが好調なために、どんどん書き足されて9巻に達したのではなく、作者ははじめから9巻以上の物語を書く構想を持って、スタートしたものであることは明らかと思われる。

 作者によると、101112巻が、これも一つの話というから、うっかり読み出すとかなり出費を覚悟しなければならない作品であることは間違いない。出版社のホームページで、第1巻の最初はそのまま読めるので、それを読んでから読むかどうかを決めた方がよいかもしれない。