『文学刑事サーズディ・ネクスト1ージェーン・エアを探せ』

ジャスパー・フォード著、ソニー・マガジンズ刊 1800

本書は、文学が一般に大好きで何でも読んでおり、特にサイエンス・フィクションやサイエンス・ファンタジーが大好き、という方には、絶対にお勧めの怪作()である。この手の本は、ストーリの概略を紹介することはもちろん、基本的設定を説明するだけでも、読む楽しみの相当部分が失われるから、上記の条件に当てはまる方で、私の書評を信頼してくださっている方は、次のフレーズ以下は読まずに本屋に駆けつけて欲しい。

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 というわけで、ここからは、無条件に本欄を信頼するわけではない、という疑い深い方のための本書の解説である。

読み進むうちに自ずと判るのだが、本書は、SFのジャンルでいうとパラレルワールドものである。所は英国で、時は1985年とされている。

 この世界では、帝政ロシアとの間のクリミア戦争がこの時まで延々と131年間も続いており、主人公の女性刑事サーズディ・ネクストも、その戦争からの帰還兵である。また、この世界でも第二次世界大戦はちゃんとあったのだが、その最中に、一時期英国はドイツに占領されていたことがある。いま英国と書いたが、この世界では、ウェールズは第二次大戦中に共産化して独立国家になっているから、我々の世界でのイングランドである。この英国は、戦後復興にゴライアス社という民間企業が貢献したため、現在では事実上、国全体がこの巨大企業の支配下にある。

 文化面でいうと、やたらと文学が社会的影響力を持ち、人々は文学的意見の相違を巡って激しく争い、過激派は市街戦を展開したりするほどである。また、自然の面でいうと、吸血鬼や狼男が跳梁跋扈して人々が襲われたり、タイムホールがあちこちに湧いて人々がそれに引きずり込まれるという災害が発生する。

 そこで、こうした様々な事件や災害に対応するため、通常の警察とは別に、スペックオプス(略称SO)と呼ばれる特別警察が設置されている。

 主人公サーズディは、このSO中の文学刑事局に属する刑事である。彼女の父は、同じくSOに属する時間警察の職員だったが、時間移動能力を身につけて、現在では時間警察から追われる身になっている。また、彼女には超天才の伯父夫婦がいる。

 本書では、上述した伯父が、なんと物語世界に入ることのできる門を作り出すのに成功したことから騒ぎが起きる。その門から物語世界に入り、作中人物をこの世界に引き出して殺せば、物語からその人物に関する記述が消えてしまうのである。悪漢がこれに目をつけて伯父夫婦を誘拐して門を操作させ、ジェーン・エアの原本を盗み出して、作中からジェーン・エアを誘拐して政府に対して身代金を要求する。他方、ゴライアス社では、門の軍事利用の可能性に目をつけて、同じく魔の手を伸ばしてくる。主人公サーズディは、これらを相手に、虚実の時空を駆けめぐって、ハチャメチャの大活躍をするのである。

 この世界でもわが日本の経済的実力は高いらしく、どこにでも日本人観光客が現れる。これが物語のすてきな薬味になっているのが楽しい。

 

 

『火災捜査官』

スザンヌ・チェイズン著、二見書房刊 895

 文学に関する事件専門の刑事はパラレルワールドにしかいないかもしれないが、火災の原因究明を専門にする捜査官は、それを行うのにきわめて特殊な専門知識を必要とするだけに、当然どこの国にもいる。日本だと火災調査官と呼ばれるが、本書のそれは、ニューヨーク市消防局火災捜査部に属する捜査官である。火災の原因を特定し、放火の場合にはその捜査を行う。いかにもアメリカらしいと思うのは、彼らが犯罪の捜査権に加えて、放火犯の逮捕権、拳銃の携帯権等を有する独立の警察機構であるという点である。

 ここまで紹介すれば、本書の基本的な構図は見えてくるだろう。連続放火犯と火災捜査官の死闘を描いた作品である。

 本書の物語の特徴の一つは、連続放火犯人が使う放火の武器にある。高温助燃剤(HTA)と呼ばれる特殊な助燃剤を使って火災を引き起こす結果、普通の火災なら中心温度でも400度から800度程度であるのに対して、1600度に達する高温の火炎が荒れ狂う。これほど高温の火災になると、耐火性のコンクリートさえも燃え始める。水をかけても逆効果になるだけである。水が炎に触れた瞬間に、水が酸素と水素に分離する結果、逆に火炎を一層高温のものにする役に立つにすぎないからである。結局、燃えるものが燃え尽きて、火の温度が800度程度まで下がるまで待ってから水をかける以外に、消火の方法はない。最新鋭の防火服でも、人をこのような高温の火炎から守ることはできないから、この手の火災に巻き込まれたら絶対に助からない。

 この恐怖の武器を使う連続放火犯を迎え撃つ主人公ジョージア・スキーアンは、子持ちの未婚女性で、消防官としては7年の経験があるが、火災捜査官になってからはまだ1年程度にしかならない駆け出しである。ところが、火災捜査官の中で彼女一人が連続放火であることを主張したため、民間人の消防コミッショナーの鶴の一声で、突如、事件の捜査責任者に任命されてしまう。過去の連続放火現場が、いずれも市消防当局としては、それがHTAによる火災であることを認めると都合が悪い箇所なので、組織としては連続放火であることを認めようとしない中での政治的任命であった。

 消防は、徹底した男性中心の世界である。私は、日本の消防大学校で既に10年近く、教鞭を執っているが、未だに一人の女性も受講者に持ったことがないほどである。その原因のかなりの部分は、防火服やホースその他の道具がやたらと重いなど、完全な体力勝負の世界だからである。そうした事情は、アメリカでも違わない。

 つまり、ジョージアは、先輩の頭ごしに指揮権を与えられた結果、連続放火である事実そのものをできれば隠蔽したいと考えている組織の中で、女性蔑視に染まった先輩男性陣を指揮して奮戦する羽目になる。他方、彼女の息子は、デリケートな年頃にさしかかり、捜査のために不在がちの彼女に反発するようになる。こうして、私的にも公的にも苦闘しつつ、なぜか彼女個人を狙う犯人と展開する戦いは迫力がある。シリーズ第1作というが、今後のシリーズが楽しみな作品である。