『そして彼女は伝説へ・・』

松原真琴、小畑健著、JumpJBooks刊 762

 一年近く前に、本欄で電撃文庫の『我が家のお稲荷様』を取り上げたところ、予想外に評判が良かった。それに味を占めて、再びライトノベルを取り上げる。目下、ライトノベルの中心的役割を果たしているのは明らかに電撃文庫だが、再び同文庫では芸がないので、ここではJumpJBooksを取り上げることにした。

 世の識者なる人びとが、活字文化の衰退を嘆くようになって久しく、それに当たっては、漫画の隆盛がその犯人と目されることが多い。しかし、私はそれは筋違いの非難だと思っている。漫画だって、れっきとした本であり、活字で情報を伝達していることに違いはない。だから漫画を読む人は、活字本も読むのである。

 そのことを一番理解しているのは、当たり前だが、当の漫画の発行者である。少年ジャンプは、1995年には653万部という驚異的な発行部数を記録し、現在もコンスタントに300万部程度を発行している漫画雑誌の雄である。同誌が、自誌に掲載された漫画のノベライゼーションを本来の目的として創刊したのが、ここに取り上げたJumpJBooksである。つまり、漫画を活字の形で読めるようにすれば、それを受け入れる市場が間違いなく存在しているのである。

 JumpJBooksでは、さらに、漫画を原作としないオリジナル小説も刊行している。その新人発掘手段である『ジャンプ小説大賞』からは、 129回直木賞作家の村山由佳や「このミステリーがすごい2003年度版」2位の乙一等を輩出しているのだから、その水準は、ライトノベルと軽視できないレベルに達していることが判ろう。

 本書は、『そして龍太はニャーと鳴く』で2002年入選作を書いた松原真琴の、受賞第1作とも言えるシリーズで、『そして彼女は拳を振るう』『そして彼女は神になる』に次ぐ、「彼女」三部作の最終巻である。

 共著者とされている小畑健は、実際には挿絵担当である。しかし、小畑といえば『ヒカルの碁』で、突如わが国に囲碁ブームを巻き起こし、現在も死神の力を駆使して悪人を抹殺する青年ライトとそれを阻ばもうとする警察等との死闘を描く『Death Note』で人気の高い漫画家である。実際、私が本シリーズ第1巻を手に取ったのも、小畑が挿絵を描いているなら、それなりの作品に違いない、と思ったからである。本書の読者の多くがそういう存在であることは、松原も、第1作の後書きで予想しているところである。

 とはいうものの、そういう読者に、シリーズ最終巻まで買わせるのは、当然のことながら、物語の力である。物語の基本設定はきわめて楽しい。霊媒体質を先祖から受け継いでいる高校生の八重は、二人の幽霊を身近においている。元東大生の女性幽霊は、期末試験等になると彼女に憑依して目立たない程度の高得点をとってくれる。そして、人気バンドのギタリストである男性幽霊は、せっせと作曲しては莫大な印税を稼いでくれるのである。問題は、この男性幽霊が作曲するときに、サンドバックを叩かないと曲想が湧かない点にある。おかげで八重は、女子高生らしからぬ筋肉とパンチ力を身につけてしまった。だから、近所の不良などは軽く倒してしまえるのである。本書では、先の巻で張られていた伏線が解決する。しかし、これで終わりというのは絶対に惜しい、面白いシリーズである。

 

『神隠し三人娘』

赤川次郎著、集英社文庫刊、533

 本書を取り上げることに決めた段階で、既往に遡ってチェックしてみたが、この作者は間違いなく本欄初登場。別に含むところがあった訳ではなく、単なる回り合わせである。

 1948229日生まれというから、私と同じ団塊の世代に属する。サラリーマン生活の後、1976年に『幽霊列車』で第15回オール讀物推理新人賞を受賞したのが、作家としてのデビューである。薬師丸ひろ子主演の映画『セーラー服と機関銃』の原作者としても知られる。

 作品数はあまりに膨大で、自分では数える気になれないので、インターネットで調べた数字を示せば、すでに400冊を超えているという。有名な『三毛猫ホームズ』シリーズは、私の数え間違いでなければ計44作、『三姉妹』シリーズは同じく19作と、単独でも、普通の作家の全作品量を上回るほどの量があるシリーズがいくつもある、という信じられないような多作家である。ついでにいえば、原稿執筆には、いまだにワープロは使わず、もっぱら細字サインペンだというのも、信じられない。書痙は起こらないのだろうか。

 この三毛猫や三姉妹のおかげで、作者は、ミステリ作家に思われがちである。しかし、デビュー作にその作家の本質が出る、とよく言われるとおり、私は、この人の中心は、オカルト的なネタと考えている。普通の人は読まないコバルト文庫で出しているから目立たないが、『吸血鬼』シリーズ(多分20作以上)があり、また、内容的にはシリーズになっていないが、幽霊という言葉を冠した作品がデビュー作の『幽霊列車』を筆頭に20作以上もある。三毛猫にも『三毛猫ホームズの怪談』や『三毛猫ホームズの幽霊クラブ』等の作品がある。このように、明らかにオカルト系を得意にしているのである。もっとも、この作者の作品を一つでも読んだ方ならお判りのとおり、オカルトといってもホラーではなく、コミカルな味付けとほのぼのとした読後感が保障される。

 本書は、そのオカルト領域における、この作者のもっとも新しいシリーズ作品の第1作である。観光バスの老舗であるHバス(もちろん、はとバスの意味)をリストラされたバスガイドの町田藍が、弱小観光バス会社の「すずめバス」に就職するところから、物語は始まる。倒産寸前のすずめバスでは、なりふり構わず客集めのため、恐怖怪奇ツァーを企画する。困ったことに、藍は霊感が強いため、彼女がガイドとして行くとちゃんと幽霊が出るのである。かくして藍は、会社を倒産から救うため、夜ごとに、怪奇ツァーガイドとして奮闘する羽目になる。シリーズタイトルが「怪異名所巡り」という由縁である。

 当然のことだが、幽霊というのは、何かこの世に思いを残しているからこそ出てくる訳である。ところが、普通の人には幽霊の言葉は判らない。そこで、幽霊の方でも、彼女のような人間の来るのを心待ちにしている。彼女の助けを借りて怨念を晴らした幽霊が礼を言うと、藍が「このツァーのお客が来たとき、ちょっと声なんか出してみたりして頂けます?こっちも商売なので」と掛け合う(本書195頁)あたりが、実に楽しい。

 すでにシリーズ第2作『その女の名は魔女』が単行本化されているほか、菊川怜主演でテレビドラマ化され、DVDもある。