腱鞘炎奮戦記その4  究極の治療法

甲斐素直

 テニスエルボー、足裏腱膜炎、捻挫その他およそすべての炎症に通用性を持つ治療法をついに発見しました。情報の出所は、わが国を代表するスポーツ専門医(前回のオリンピックで、わが柔道の代表選手が突如捻挫を起こした時に、急遽日本から呼ばれた人物)ですから、その信頼性は高いと言えます。それはICEと呼ばれるものです。私個人の体験に照らしても非常に有効な方法ですから、同病の皆さんに是非知って貰いたいと思い、以下に紹介します。
 最初のIは、アイシング ICING即ち、文字どおり患部を氷付けにします。炎症、即ち熱を出しているのだから冷やせばいい、という実に単純な、しかし、常に絶対に正しい対応策です。医学的に説明するならば、体温を下げると、患部の毛細血管が縮小するので、内出血や腫れが押さえられるという効果と、アイシングを止めると、常温に放置した場合に比べて毛細血管がはるかに拡張するために、患部に新鮮な血液を大量に供給することが可能となり、治癒を促進するという効果(リバウンド効果)の二つがあります。
 治療のこつは、氷温(即ち摂氏〇度)まで患部の体温を下げる、という点です。方法としては水の中に氷を大量に投入し、そこに患部をつけるのが一番です。甲子園の高校野球で、味方の攻撃の間、投手が氷水の入ったバケツに利き腕をつけている光景をみますが、要はあれです。そのように、直に患部を氷水に入れる場合は一〇分、連続して冷やすことを目安とします。氷水の代わりにアイスパックを使用しても良いですが、その場合には、凍傷を起こさないように、布などで巻く必要があります。また、氷水に比べて患部に対する効果が低いので、一五分は連続して使用する必要があるということです。
 体温を氷温にまで下げようとすると、普通二〜三分程度経った段階で、耐え難いほど骨が痛みだしますが、そこで止めてしまうと役に立ちません。その状態を我慢していると、普通五分も過ぎれば何の感覚もなくなり、そう辛くはなくなります。
 テニスエルボーを一度でも起こしたような人は、プレーの都度、終了後、理想的には五分以内、せいぜい三〇分以内にアイシングを行うことが、息長く、プレーを行うこつだ、と医者は申しておりました。また、ジョッキングをした場合なども、その後でいきなり風呂にはいったり、熱いシャワーを浴びたりするのは論外だそうです。まずは腿や足を氷温近くまで下げ、その後マッサージをする、というのが故障を起こさないための基本的対策だそうです。
 こう書くと、それは昔からのわが国のスポーツ常識と真っ向から反するのでは、と首を捻られる方も多いと思います。実際、マラソンの瀬古選手は、恩師中村清から、運動の後は風呂に入って身体をほぐすのが一番で、間違っても冷やしたりしてはいけないと習っていたものですから、それとは一八〇度違う指導を、私がこの方法を教わった医者から受けたときには、目を白黒したといいます。
 運動の最中には水を飲んではいけないとか、ウサギ跳びをさせたがるとかいうことに代表されるように、わが国のスポーツ常識には、身体に害になるものが非常に多いのですが、アイシングの禁止ということも、その一つであると理解してください。
 二番目のC以下は、普段の運動時というよりは急性障害対策になります。Cはコンプレッション COMPRESSION即ち圧迫の頭文字です。怪我をしたら包帯で縛るというのは普通の治療法ですが、包帯には患部を圧迫することにより、内出血や腫れを物理的に押さえてしまうという治療効果もあることは、あまり注目されていません。そのため内部障害に止まる場合にも同様の必要があるとは、普通は思われていません。しかし、スポーツ選手が障害のある部分にサポータをつけているのはテレビ等で良く見るはずです。それはこの狙いなのです。怪我をしてから二四〜四八時間は連続して圧迫を続けるのが良いとされています。したがって、素人としては、捻挫などを起こしたらまず冷やし、ついで圧縮包帯かサポータで圧迫を加えた上で医者に駆け込むと、覚えておくべきです。
 三番目のEはエレベーション ELEVATION即ち患部を心臓の位置より高くあげることを意味します。それにより、血流を押さえ、やはり内出血等を押さえるとともに、痛みの軽減を狙っています。疲れたときに、机の上に足を載せてくつろぐというのは、まさにこのエレベーションに該当し、きわめて有効な方法です。
 こんなふうに力尽くで血流を押さえ込むとかえって障害がひどくなるのでは、と思う人も多いと思いますが、アイシングの説明で述べたとおり、それをやめた後で、リバウンド現象と行って、血管が急速に拡張し、大量の血液が流れ込むので、治癒が促進する、という効果が発生するため、怪我を治す上で絶対に有効な方法なのだそうです。
 捻挫などの急性障害の場合には、上記の手順を最初のうち、一時間に一回の割で繰り返し、夜中も出来るだけこまめに続ければ、軽い障害なら三日程度で治るそうです。テニスエルボーの重いものでも、三ヶ月くらいで治るといいますから、一年間以上も呻吟したのは馬鹿みたいな話です。