| 由美子の想い出 | ||
| 由美子が逝って18年が経ちました。本当に早いものです。 小学校5年生で発病し、長い闘病生活を送ることになってしまった、由美子! でも、その病気に負けず、地頭方小学校、御前崎中学校、相良高校と頑張って 卒業してくれました。その間、諸先生方や同級生のみなさんには本当に お世話になりました。 しかし、その甲斐もなく平成7年2月17日27才で他界してしまいました。 ちょうど17年前「阪神淡路大震災」が起きた二日後の平成7年1月19日の朝、 いつもの通りナップサックを背負って東京王子の病院へ出かけて行きました。 でも、それが由美子との最後になろうとは。 出掛けるときいつもの通り「点滴やりに行って来るからネ」・・・と言って 出掛けて行ったときの言葉が今でも耳に残っています。 いつものように点滴通院のつもりが今回はいつもと違っていました。 いつもなら点滴で体調が上向く頃・・・日ごとに体調が悪化! 薬もうけつけず嘔吐が続くようになり、むくみもひどくなってきました。 本人からの電話で母も心配で駆けつけましが、まもなく救急車で お茶の水の順天堂大学病院へ救急搬送されるはめになってしまいました。 そして・・・・2月17日にとうとう亡くなってしまいました。 あれから17年経ったあの日のことは、 阪神淡路の震災とともに忘れることが出来ません。 県立こども病院をはじめ、榛原病院、順天堂大病院など入退院を繰り返えしながら、 高校を卒業するのがやっと・・・とても就職など考えられませんでしたが、 強い意志で、相良町役場(現牧之原市役所)へ採用させていただきました。 残念ながら役場での仕事は9年間と短かく終わってしまいましたけれど、 教育委員会、住民課の各上司、諸先輩の皆様には大変お世話になりました。 そして、多くの職員の皆様やお友達に助けていただき本当に有難うございました。 由美子の青春は本当に短かい青春でした。 唯一夢中だったのはサッカージュビロ磐田のサポーターだったと思います。 友人と競技場へ出掛ける時が一番幸せだったかもしれません。 こうして皆様から可愛がっていただいた由美子は本当に幸せものでした。 今頃きっと好きだった久保田利伸や岡本孝子、ミスチルのCDを聴きながら、 好きだったアニメのイラストでも描いていることでしょう。 平成19年、我が家も新築し、新しい家で由美子と一緒に暮らすことは 出来ませんでしたが、昨年の17回忌の法事も無事済ませました。 あれからもう18年が経ち、昨年はその母も亡くなってしまいました・・・・・・・・。 |
||
| 由美子がお世話になった 相良町役場でのスナップ |
最近見つけた由美子 のイラスト遺作集 |
|