+休日の過ごし方+
反則 〜彼女ともと彼の弟〜 |
ぴんぽーん 家の中に響き渡るそれを、ベッドの上でうとうとしながら聞いた。 しばらく沈黙に身を任せていて、今日が結婚記念日だったのを思い出した。 千華はとろとろと背を起こして、パジャマの上から母親の黄色いハンテンをはおって一階に降りた。 こんな時間に誰だろう。 と不機嫌に思ったら、まだ10時を回ったばかりだった。少し就寝するのが早すぎたらしい。 今夜の空にぽっかりと浮かんでいるような、 黄色い、お月様がそこにいた。 |
街灯に照らし出された髪が、きらきらと光っている。 後頭部の少し長くなった髪を弄びながら、こんばんは、と言った。 雲が月を隠したのか、辺りに一瞬影が射す。 けらけらと笑っていた顔はすぐに引っ込み、気まずそうな顔に変わり、千華の眉が寄る様子を眺めて、黙った。 「……宮路くん」 べ、と赤い舌を伸ばして、謝る。 千華は頭のてっぺんから、つま先に抜けるようなため息をついた。 「どうしたの?」 言われて、千華は、ハンテンのポケットに入れっぱなしにしてあった携帯電話を見た。 「……ごめん、寝てた」 だと思いました。って、宮路くんはじぃっとこちらを見ながら。 「せっかくだから、上がっていく?」 一階が玄関以外真っ暗になっているのを見つけて、宮路くんが言った。 「今日は結婚記念日だから出かけてる。だからいいよ、気にしなくても」 金髪にピアス。わざと目立とうとしているようにしか見えない彼は、思ったよりも世間体というものを気にする。 元彼氏の弟と偶然再会して、メール友達になって、時々遊ぶようになって。 千華さんまで、変な目で見られる必要ないでしょ。 いまどき、宮路くんぐらいの格好をする子はたくさんいて、道ですれ違う人たちが特に自分たちのことを気にしているようには思えない。 「あーすんませんでした。じゃあオレは、おとなしく帰ります」 くるりと向きを変えた、思わずその後ろ髪を引っ張る。 「だって、帰るって。来たばっかりで言うから、つい」 って、こんな、無意味な掛け合いを、家の前でしたいわけじゃなくて。 「なんか、いやなこととか、あった?」 恥ずかしさを隠すようにして、宮路くんが耳を両手で覆った。 どうしようもなく淋しくなったらいいよ。 適当に出した条件を、今でも彼は忠実に守っていて。 「それはまた今度で、よくなったんで。とにかく今日は帰ります」 信じられない、という感情を顔いっぱいで表現された。 「やっぱり、ちっとも認識が変わってない気がする……」 そんなことはないと思うけど。 「あー別にそれはいいんです。単なるやきもちの独り言だからそっとしておいてやってください。 思わず足元を見やる。 「千華さん、あのね。兄貴の元彼女だからって、好きな女と密室で二人きりになって、何にもしないでいるほど、オレはいい子じゃねえ、んですよ」 見た目まんまだから、わかってるとは思うけど、いちおうって。 「だから、相手を確認もせずにドアを開けたり、パジャマに黄色いハンテン姿で出てくるのはやめてください。オレの生命維持装置がぶっ壊れるんで」 数秒間、固まって。 「ん、じゃ」 わけがわからない。 それは競技によって違うんじゃないか。 千華は別れの挨拶も放棄して、ぴしゃりとドアを閉め、用心して鍵をかけた。 うとうとしてきた気配の中で、ポケットに入れっぱなしだった携帯電話が震えているのを感じた。 (元気出ました。ありがとうございました。おやすみなさい) 短いメールは、明日の朝まで、黄色いハンテンの中でぐっすりと眠ることになる。 |
最初、お日様の下でデートの模様を書き始めたのですけど。 |