人間ほっかいろ

 

「さみぃ」
 音にされると寒さ倍増な気がします。
 って言ったら、少し考える風にして、あちぃと言い直された。
「あちぃあちぃあちぃ・・・あちぃ?」
「暑くならないみたいです。暗示失敗ですね」

 カタカタと身体の震えが鳴ることを、止められない。
 室内なのに、吐き出す息は白い。
 あと窓の外も白い。昨晩降った雪のせいで。

「塩見。今見るとますます君の素足は眩しくて痛いよ。寒くない?」
「さみぃですよー。そりゃ」

 とんとん、と机に数回落として書類の端を揃える。
 でもこの学校に通う生徒としては、スカートはかなきゃしょうがないわけで。
 書類の左隅をホッチキス止めして、それでやっと今日の作業はおしまいだった。

「いやタイツとかストッキングとかさ、色々あるでしょう女の子のアイテムは。オレは今朝、クラスの女子がスカートの下にジャージはいてるのを目撃したんだけど」
「・・・こんなでもいちおう生徒会役員ですから。規定の服装しとかないと」
 うちの学校はすごく校則が多い。
 古きよき伝統が律儀に守り続けられていて。
 靴下は白か紺で学校指定のソックスのみ。それ以外は一切不可とか。
 防寒着は二種類までとか。
 この事項が一番よく分からないのだけど、コートを選んでしまうと、あとはマフラーか手袋かで究極の二択をしなくちゃいけないことになるのだ。

「で、塩見の選択はこっちなのね」
 昇降口から一歩外に踏み出す勇気を躊躇っていたら、後ろから無駄に長いマフラーの両端を掴まれて、首を締められた。
「先輩、苦しいです・・・」
 今井先輩は笑いながら、マフラーの余りを持ってちょうちょ結びにしてしまう。
 やめてください。

「なんでマフラーにしたの?手の冷たさのほうが耐えがたくない?」
「うーん。て言うか。私、人間ほっかいろなんで」
「・・・人間ほっかいろ?」

 耳慣れない言葉に今井先輩の端正な顔が歪む。

 先輩はこの顔だけで生徒会長にのし上がった、とずっと主張していて、だから仕事のほうはできません。ごめんなさい。って就任の挨拶をした人で。
 でもこうやって、会計の仕事とか居残りしてまで手伝ってくれたりするのは。
 顔だけじゃないってことをじゅうぶん証明していると思う。

「そうなんですよー。私、手の表面温度だけ高いんですよ」 
「でも、寒いんだよね?」
 と、カタカタと震える肩を指差される。

「そりゃあ手、以外は寒いですけど。ほっかいろだから。触ってる人はあったかいと思います」 
「ああ、なるほど」

 と頷きながら、触れた先輩の手の冷たさにびっくりする。
 まるで、そうなるのが当たり前みたいに。
 すっぽりと、左手が先輩のコートの右ポケットに収まった。
 声を上げる暇もなく。
 呆然と隣の端正な顔を見上げると、笑っていた。

「あったけぇ」
 と、先輩が歓声をあげる。

「あったけぇあったけぇ・・・あったけぇ?」
 サラサラと前髪を流しながら、横から覗き込むようにして、先輩が聞いてくる。
 こうやって、先輩はわざと人の温度を上げさせようとしてるんじゃないか。
 素直じゃないことを思う。

「・・・あったけぇです」

 

 

 

 

 

 おしまい。

 classical pooh aの開設お祝いと、日頃の感謝をまるごと込めて。
 しのさんに捧げます。もらってやってください〜(返却可)

 

 

 

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