ここは泣くだろ、男として。

 

 まさかのまさかだった。
 開会宣言がされ、プログラムナンバーを見れば2番の文字。
 校長先生がお祝いの言葉を並べる。
 歴代の先輩方々に失礼にならない程度に、私たちを褒め称える。
 校長の話は無駄に長く、えーとかあーとか喉の調子を確かめる回数を数えるのが私の趣味だった。
 さすがに今日だけは、そんな趣味にひたる余裕はなく、きりりとした気持ちでえーとかあーとかを受け止めていた。
 そんな最中だった。

(まだ早すぎるだろ?)

 と、私は声を出さずに後ろ向きで突っ込みを入れる。
 えーとかあーとか言う校長の声に混じって、ひっとかうぃっとかいう音が。というか、どんなに弁護しても声が。
 真後ろから聞こえてきて、まさか、と思った。

 一番前の列から、3年1組、2組と並んでいて、私は3組で、ということは後ろは4組で。
 正確に言えば4組の男子で。もっと正確に言えば、あれだ。河内だ。
 想像したら、もっとありえない感じだった。
 だって河内はメガネをかけている。
 まさか後ろを振り返って確かめるわけにはいかないので、彼が溢れてくるものをどうやって処理しているのかとっても気になった。

 河内のあだ名は、博士とか、学者とか、総理とかだ。
 日本の首都が名前につく大学へ行くらしい。
 行く末は象牙色の建物へ行くらしい。
 そんな、一歩先に確かな未来を描けている人が、後ろを振り返って惜しむとは、そんな余裕があるとは。
 まさか、と思ったらもう止まらなかった。

 隣に振動が伝わったんだと思う。
 今日は控えめな長さにしたスカート、それでも隠しきれてない太ももをぴしっと両側からはたかれた。しー、という突っ込み。
 それでも我慢できなくて、くくく、と声が漏れ、肩が震えた。
 えーとかあーとか、ひっとかうぃっとか、くくくとか響いても、それでもなんとか厳粛な空気を保っていた体育館に。
 がたんっと、ごまかしのきかない音が響いて。
 一直線に並んでいた列から簡易イスごとはみ出した私は、一瞬校長先生と目が合った。3年間のうちではじめて。
 笑顔で適当に応じて、そそくさと列に戻る。

 後ろを振り返った私は、この日はじめて河内とも目が合った。想像していたよりも赤い。
 ていうか、足癖が悪かったなんて今、はじめて知ったよ。
 ちらりと見ることができた河内の膝の上には、あちこちから回されてきたらしい、花柄のレースからそこらへんに落ちていた雑巾までが溢れていて。
 私は思わず吹き出した。
 きりりとしていた雰囲気が、ここから伝染するように崩れていく。
 笑う人、泣く人、眉をしかめる人。
 色んな人がいた。三年間、みんな同じ場所に、一緒にいた。

 ここは泣くだろ、男として。

 達者な文字を見た瞬間、たぶん人の何倍も何百倍も書いてきた成果なのだと、妙に納得してしまった。
 卒業式のあと、しばらく行方不明になっていた卒業アルバムに、いつのまにか増えていた寄せ書きの幾つかの中に埋もれていた。
 そのせいで、気付いたのは家に帰ってからだった。

 3年4組 河内光洋

 その言葉を何度も何度も反芻した。
 こいつに後ろから蹴飛ばされたこと、私は一生忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 おしまい。

いちおう舞台は高校の卒業式なんですが。
すべての卒業、を無事迎えられたみなさんへ。
ちなみに。
主人公たちの名前は、幸島祐子(こうじまゆうこ)と河内光洋(かわちこうよう)です。

 

 

 

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