「いらっしゃいま、せ」 びっくりしたけれど最後まで言い切ったのは商売魂で。 同じように向こうもびっくりしていて、でもお客さまの立場の分、圧倒的にあちらが有利だった。 思いがけず、面白いものを見つけてしまった。 と言う感じで、ニッコリと満面の笑みを浮かべられた。 同じクラスの飯島くん。 回れ右して逃げたくなったけれど、しょうがなく、ひるまずに立ち向かう。 だってお仕事だから。
「……こちらでお召し上がりですか?」 「いやお持ち帰りで」 と、手を、中指含めた三本を握られた。 「澤田さんを」 って真面目な顔して言われても。 普段、クラスでおちゃらけしてる姿しか知らないから、冗談以外に聞こえない。
「こちらは……商品ではありませんので」 やんわりと手をほどく。笑顔つきで。 「えー残念だなぁ」 「申し訳ございません」 「入荷したら売れるよ、どう店長」 まっすぐ視線が背後に向かったので不自然に感じたら。 いつのまにかそこに店長が立っていた。 困ったような呆れ顔で、飯島、お前相変わらずだなって。 知り合い、なんだ。
「オレ一ヶ月ぐらい前までここで働いてたんよ。澤田さん入ってくるって知ってたらもう少し頑張ったのに」 「お断りだよ。客とトラブル起こす奴はいらん」 店長の言うトラブルの内容、想像できる気がして胃が重たくなった。
「もうすぐ休憩入るよね?ぷちデートしよう」 「……ご注文は?」 「10分付き合ってくれたら全メニュー注文する、どう?」 どうって。 ぽん、と肩を叩かれた。振り向いたら店長がこくこくと頷いていた。 なに。 「許可下りたし」 だからなに。 これぐらいで足りるのかな、と福沢諭吉を2枚差し出す。 おつりいらないからって。 「だから澤田さん、お持ち帰りで」 今度は手首を掴まれて。 でも今はお客さまだから、邪険にはできない。 学校みたいに無視もできない。 逃げられない。 ぽん、とまた肩を叩かれた。 怖くて振り向けなかった。
いただきます。
本当に持ち帰れるなんて。 昨日見た夢の続きみたいだった。 この繋がってる手を軽くひっぱって引き寄せて、自分の思うままにすることも。 今なら簡単にできそうだった。 でもそれを実現させてしてしまったら、たぶんこの夢は終わってしまうんだろう。
「どこ、行くの?」 「うーん。愛しの我が家とか」 露骨にびくりと肩を震わせて。急に重たくなる、足取りが。 分かりやすい。 「ていうのは贅沢だから、この先の児童公園」
近所の心ある人がまめな手入れを怠らないから、季節の色をした花がいつも咲いている。 今の時期ならたぶん紅葉がきれい。 象さんの滑り台が可愛くて、ブランコも漕ぐたびにぎぃぎぃと鳴るのが趣きがあっていい。 あと人の少ない穴場なのもいい。 公園に一歩足を踏み入れた瞬間に、緊張していた顔がほころんだ。 たぶん好きだと思ったんだ、こういうところ。
「いっぱいあるんで、たくさん食べちゃって」 全メニュー購入したものの、ずいぶんポケットには余ってしまい。 差し入れとしてほとんどは店に置いてきてしまった。他の客に回すならそれはそれでいい。 二人で食べる分、確保できていればいい。 冷たい風にできるだけさらされない、奥のほうのベンチに腰掛ける。 遠慮する澤田さんに、2、3個あったかい包みを押し付けた。 小柄な体に比べて、胃の大きさは倍だって調査ずみ。 あの豪快な食べっぷりをこんな距離で見れるなんて。 「もうすんごく幸せ」 って感慨深げにそこだけ声に出してしまうから、澤田さんにこんなに驚いた顔をされるんだろう。 過程とかすっ飛ばして、答えだけ言ってしまうから。
こんな距離で目が合うと、キスぐらいできてしまいそうだから不思議だ。 夢なのか、現実なのか。 抱きしめて、好きなようにする。澤田さんを。 そんなの夢でもどうにかなりそうなのに。
「……いただきます」 顔を赤らめて俯いて、澤田さんが小さく呟いてから食べ始めた。
一瞬の夢、かなえるのはきっと簡単なこと。 でもそれじゃ足りない。もう全然足りない。
いつか全部まるごとお持ち帰りして、家でゆっくり包みを開く。 その瞬間まで。 ぱん、ぱん、と神社にお参りにするときのごとく手を鳴らした。 「いただきます」 澤田さんに倣って、宣言した。 |