+サンタのくしゃみ+

 

 はっくしゅん。

 くしゃみも例外なく白い空気になって、空へとのぼっていく。

 噂の出所の覚えがありすぎて、弱ったなぁと思った。本日の場合はとくに、だ。

 鼻の頭を赤くしながら、両腕を交差してさする。摩擦熱とか発生させたらなんとかならないものかと思った。

 先ほどばったりと、追いはぎに出会った。

 世界で一番平和な国と謳われた日本も、夜道を一人で歩いちゃいけない物騒な時代になりました。
 たとえ相手が可愛らしい女の子だったとしても、ゆめゆめ気を許してはいけません。

 幸い、上着をはがれても下には防寒用にトレーナーを着ている二段構えで。
 ズボンのほうははがれずにすんだから、まあ、よかったんだけど。
 たとえバイト先のピザ屋から首を切られて明日から路頭に迷っても、いい年した若者が真っ赤なズボンなんて、という視線がさっきからちくちく痛くても。
 でもまあ、よかったことにしておこう。

 イルミネーションで華やかに飾り付けられた通りは、人の出もそこそこ。
 学校帰りの女子高校生らしき二人組にすれ違いざまに遠慮なく笑われ、しゅんと背を丸める。
 それでもちっとも小さくならないこの身体がうらめしい。
 できればこのままこの世から消えてなくなってしまいたいのに。

 立派に産んでくれた両親に感謝を、でも同じぐらい憎悪を。
 白い空に向けて、呟く。
 静かなる親不孝をして、夜道を行く。

 通りの建物から漏れてくる、明かりとかにおいとか音とか。
 例外なく疑いもなく幸せな色に染められていて、ああやっぱりクリスマスはいいなと思った。 

 思わず、ふふふんふんと、幸福な歌、鼻から作り出しちゃうくらいに。
 ふふふんふんもまた例外なく白い空気になって、空へとのぼっていく。
 ちなみに、曲目リクエストはあわてんぼうのサンタクロース、だった。

「ふふふふふんふんふん……ふふ?」

 途中から、下手くそな鼻歌の半音上をハモる音が。

 少し先、建物と建物の間、少しくぼんだところから。
 覗きこんでみると、ダンボールを身体にぐるぐる巻きにした、髪と髭の白い、元祖サンタクロースを発見した。
 にやり、と笑われ。
 半人前サンタは思わず、丸めていた背を伸ばして、気をつけ、をしてしまった。 

 
 そのくぼみはクリスマス色の街中で唯一の灰色で。
 道を行く人たちはみんな、上手に視界の端に追いやるのに成功していた。
 元祖サンタ自身、それを望んでいるようで。
 光でできた影を見つけるのは難しいことだった。
 たぶん自分が見つけちゃったのは、中途半端な色に染まっていたからだな。
 と、真っ赤なズボンを見下ろしながら分析してみる。

「クリスマスなのにずいぶん薄着だな、にいちゃん」
「はあ。運良く追いはぎに会っちゃいまして」

 はは、という乾いた笑いは、次の瞬間豪快な笑いに吹き飛ばされた。気持ちいいくらいに。
 ちょっとした不幸なんか蹴散らしちまえ。

 そのとおり、無視して、なかったことにすることもできた。
 が、なんとなく、くぼみの隣にある狭いスペースへと腰を下ろす。
 ダンボールの隙間から見える目が、大きくなって、険しさを増した。

「そりゃあどういうつもりだ?ん?」
「えっとですねー……はっ、はっくしゅん!」

 言い訳を、しなければ。
 そう思うのに、間の悪いことに、くしゃみが止まらなくなった。
 何度目かのくしゃみとともに、ぱーん、と手を打つ。

 はらり、と雪が舞い降りてきた。

 
「お前は、厄介なもんまで呼んできやがったなー」

 すんません、と言いながらずるずるとする鼻を手の甲でぬぐう。
 寒いと思ったらやっぱり降ってきた。
 別に自分が呼んできた張本人ではないのだけど。

 ヒビがたくさん入った顔をしわくちゃにして、元祖サンタがまた笑う。

「俺も見習って、追いはぐかな。お前のそのナウい真っ赤なズボンをくれよ」
「いやオレ、これなくなると困るんで。パンツ一丁になって、なんとかワイセツ罪でおまわりさんに捕まるんで」
「なんだよ、自己犠牲精神が基本じゃねえのか。ほら、あれだろ?僕の顔をお食べーって言うじゃねえか、ヒーローってもんは」
「いやオレ、アンパンマン志望じゃないんで」

 サンタ志望なんで。
 と、先輩に面と向かって言うにはまだ勇気が足りない。

 ダンボールの隙間から空を睨みつけたあと。
 丁寧にダンボールが折りたたまれ、脇に抱えられる。

「どっか、行くんですか?」
「この分じゃ積もるだろうからな。屋根のあるとこに移るよ」

 確かにこのままここで寝たのでは朝には冷たくなっているだろう。
 冷静に納得して、それでもなかなか動き出すことができなかった。
 引越し準備を整えた元祖サンタは呆れたように言った。

「……なんだぁお前、家なしか?」
「いや、親が傘差してくれてる家ならあります、ちゃんと」
「そんな家じゃ、嫌なんか?」

 答えたくないので答えない。

 すっと、伸びてきた手に頭をぐしゃぐしゃとされた。
 例えばこれが何日前に洗った手なのか、とか考えるわけだ。
 でも、ヒビ割れていて黒ずんでいる手でも、温かいから、どうでもいいやとも思うわけだ。
 むしろすがってしまいたいくらいに思うわけだ。

 元祖サンタクロースがそんなに甘いはずもなくて、すぐに突き放された。
 うち帰りやがれ、と一言冷たく響いた。
 ぽっかり、空いてしまった隣をとても寒く感じて、一輝は未練がましくしばらくそこにいた。
 くぼみにも一粒の雪が舞い降りてきて、みるみるうちに積み重なっていく。
 例外なく白く染められて、それで、いつか。

 はっくしゅん。

 一年に一度だけの特別な日、半人前サンタも休んでいる暇があるはずもなくて。
 とりあえず、サンタの衣装代わりになるコートあたりと、
 雪をしのげる、温かい傘あたりを探しに行こうか。

 一輝はよいしょ、と重い腰を上げた。

 

 

 

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誕生日お祝いも兼ねてかなり豪華版。

はたちになったぞー

ということで、一番付き合いの長い彼です。

 

雪のように平等に、今夜はたくさんの幸せが降りますように。