彼 と 彼 女 に 花 束 を

 

 俺は冬が好きだな。
 だって“六花”が降ってくるからねえ。


 あのひとがそんなふうに笑ってくれてから、もう一年が経つ。
 うつむいて下ばかり見ていつも卑屈だったわたしは、あれから少しだけ、背筋を伸ばしてまっすぐに前を見つめるということを覚えた。
 そして、もうひとつ。
 素直になるということ。
 ――いちばんに教えてもらった、たいせつなこと。


「六花ちゃん、そこのリボン取ってもらえる?」
「はい」

 花束を作る河原さんにリボンを手渡し、わたしはその器用な手先を見つめる。
 河原さんの手は魔法の手。生み出し、はぐくみ、そして包み込む。その指先からいったいどれだけの魔法を生み出してきただろう。
 いまもまた、ほら。
 ゆっくりと魔法が完成していく。
 気がつけばわたしは自然と微笑んでいて、それに気づいてあわてて笑顔を隠しながら、あらためて河原さんの作る花束を見つめた。

「……すごく豪華な花束ですね」

 いままでわたしがこのお店で見てきた花束の中でもきっと最高級。
 花束っていうのは案外高くって、ここに来るまで花の値段なんて全然知らなかったわたしは、その値段に目が飛び出しそうになった。
 花束ひとつ贈るのも大変だ、なんてそのときのわたしはそんなことを思ってしまったのだけど。
 今日はクリスマスイヴ。この花束を頼んだひとは、いったいどんなふうにこれを贈るのだろう。

「六花ちゃんも欲しい?」

 花束を見つめるわたしに、河原さんはいたずらっぽく笑ってそんなことを問うてくる。
 わたしは花束を河原さんを交互に見つめ、しばらく考えてから首を横に振った。

「全然知らないひとからだったらいりません」

 その答えに軽く吹き出す河原さん。そして、六花ちゃんらしいね、と楽しそうに笑って。
 わたしはリボンの切れ端を指先でもてあそびながら、そうですか、と小さく答える。

 全然知らないひとからだったら欲しくない。
 でも。
 でも、河原さんがわたしの為に作ってくれたものなら。
 それがたとえば名前もないちいさなちいさな花だったとしても、わたしは世界でいちばんしあわせだと叫ぶだろう。

 河原さん。
 わたしにあたたかい道標をくれたひと。
 まわりを拒絶して自分で作った、冷たい、でもどこか心地よい冬の中にいたわたしに春を教えてくれたひと。
 あれから、一年。
 まだときどき、自分の冬が懐かしくて逃げこみたくなるときはあるけれど。
 わたしはまだ手探りで次の道を探している途中で、このひとが振り返って差し出してくれるやさしさに甘えてばかりいるけれど、でも、いつか隣に並んで歩いていけるように。

「六花ちゃん、カード書いてくれる?」
「あ、はい……」

 ぼおっとしていたところに声をかけられ、ぼんやりと我に返る。
 河原さんはくすくす笑いながらわたしにメッセージカードとペンを手渡した。
 そして奥の机をわたしに譲って、彼は花束を抱えてお店の中央へと歩いていく。
 豪華な花束。クリスマスイヴに起こる魔法は、きっとあの花束にもかかっているはずだから。

「河原さん、なんて書くんですか?」

 机の上を見まわしてもメッセージらしきものが置いてなくて、わたしは彼の背中に声をかける。
 河原さんは花束を抱えたまま、肩越しにこちらを振り返ってにっこり笑った。

「――“あれから一年経ちました”」
「……え」

 思わずペンを取り落とす。
 あれから一年。
 さっきまでわたしがずっと唱えていたことばを。

 ぽかんと自分を見つめるわたしに、河原さんはくるりとこちらに向き直り、その腕に抱く花束にそっと触れながらやわらかく微笑んで。

「きみが言うところの“春”らしい俺としては、雪の花にもう少し早咲きになってもらいたいな、と思ってるんだけど」

 あ、でも、雪が早咲きになったら秋に近づいちゃうのかな。
 なんて、そんなふうに笑って。

「でも俺は冬が好きな春だから。……だから、迎えに行ってもいいですか」

 動くことも出来ずにただ茫然と河原さんを見つめ返す。
 彼はちょっと苦笑して、そして抱いていた花束をわたしに向かって差し出した。

「メリークリスマス。春から冬へのプレゼント」

 この花束を頼んだひとは、どんなふうにこれを贈るのだろう――。
 さっき考えたことを思い出して笑顔が浮かんだ。
 でもどうしてだか上手く笑えなくて、泣きたいような、でもうれしい、そんな気持ちがない交ぜに。

 河原さんがわたしの為に作ってくれたものなら。
 それがたとえば名前もないちいさなちいさな花だったとしても、わたしは。

「河原さん」

 ひとつでも、ふたつでもたりない。
 このひとのことが好きで、たいせつで、ただそれだけで。

 まだときどき、自分の冬が懐かしくて逃げこみたくなるときはあるけれど。
 それでも、あそこにはこのひとがいないから。

 隣に並んで歩きたいのなら、わたしも。
 世界でいちばんのしあわせをくれるこのひとに、どうかわたしも世界一のしあわせを渡せるように。


「――だいすき」


 もう、自分だけの冬はいらない。

 

 

 


 私の一番お気に入りのお花屋さんのお話です。
 [天気雨]さんにて、フリー配布されていたものをお持ち帰りさせていただきました。
 読んでるだけで幸せな気持ちに。
 この気持ちを誰かにおすそわけしたくなる、不思議な力を持ったお話だなぁと思います。
 なんて素敵なクリスマスプレゼントなんでしょう。
 サンタさん、じゃなくて織谷さん、ありがとうございました!

 織谷さんの、素敵なサイトへはこちらから → [天気雨]

 

 

 

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