重なる手 |
高校の授業も終わった放課後。しがない少数文化部の怠惰な部活動が始まる。 机を中心に置かれたパイプ椅子。先輩方がどこかから盗んできたもので、椅子の背には『体育館』だの『会議室』だの書かれている。 今、ぼけーっと座っている人物二人。 私と彼。同級生。集まりの悪い部だから、せいぜいこんなもの。 でも、私はこの時間が大好きなのだ。言わずとも知れるであろうことだけど、私は彼が好き。それだけ。 目の前で雑誌を見ている彼へ、机に頬杖ついて話しかける。 「指、長いねぇ。ページめくる時の指が微妙に私のツボかも」 「ふーん、そりゃよかったね」 彼は私を一瞥もせずに言葉だけを投げかける。 無愛想きわまりない。けど、やはり声が聞けるのは嬉しいし、相手をしてもらえるのももちろん嬉しい。表には出さないけど。 「よく考えなくてもさ、私は女であんたは男なんだから、私より指が長くて当たり前なんだよね」 「……まぁ、そりゃそうだな」 手のひらを目の前にかざして、彼の手と見比べる。じっと見ているとついつい、触られたい、なんて思ってしまう。 (危ない、危ない) 「私の手って、女の中なら大きいくらいなんだけど、やっぱり男からすれば小さいのかな?」 「さあ?」 「う〜ん……」 悩むふりをしてみた。そうして無関心そうな彼の気をひきつけようとする。 (もぅ、そんなに雑誌のほうがおもしろいわけ?) 私の悩みなど気にしていない様子で、彼の手がまたページをめくっていく。 「小さい、よね」 仕方が無いから、自分から話題を終わらせて、長い間かざしていた手を机に乗せた。 と、同時に彼が雑誌を机に置いた。 「そんなに気になる?」 顔を近づけて彼が聞いてくる。 あまりに突然すぎて、彼の言葉の意味がとっさにつかめない。 (顔が近づいてるってば!) じわりとパニックがわきあがる。 何も言えないけど、冷静を装ったつもりで私はうなずいた。 ずい、と目の前に彼の手の平。 「は、い?」 「そんなに気になるなら比べれば?」 「ど、どうやって?」 パニックとは恐ろしい。とんでもなく馬鹿な質問も口走れてしまうのだから。 怒ったように眉根を寄せて、彼が私の手首をつかんで私の手を彼の手に重ねた。 「こうやって比べればいいんだろ」 指が長いだの短いだの、もう、どうでもよくなってくる。 手が重なっている。それだけで十分。 あまりの混乱と羞恥とで、くたくたになりそうな手首は彼がつかんでいる。 (やめて〜。離して〜) 自分でもわかるくらい、頬が熱を帯びてくる。急激に体温が増加していく。 「小さい、なぁ」 彼が私の手を握る。さっきまで見ていた長い指が、私の手に絡みつく。 私はもう何も言えない。恥ずかしさの限界を超えて、ただうつむくしかできなくなった。 いつ離してくれるのだろう。 そう思っていたのに、彼は私の手を握ったまま、残った片手で雑誌を引き寄せて読み始めたのだ。 全身を緊張で固めたまま、私は口をようやく開いた。 「あの……手、は?」 離して、とは言わなかった。離してほしくなかったから。 彼はいつも返事するように、淡々と、 「繋いでるの嫌なら離す」 と、雑誌から目をそらさずに言った。 顔は熱いし、手は握られたまま。 私はとりあえず完敗だった。 「嫌じゃない」 「じゃ、このままで」 私はどきどきしながらも、ちゃっかり彼の手に指を絡ませていた。 ◇終◇ |
[水に映る月]の水月さんから。 そんな水月さんの、素敵世界を体験できるサイトはこちらから → [水に映る月] |