そんなようなことを近所の公園のジャングルジムの上でちぇ、と思っていたときだった。 私が彼に出逢ったのは。 |
空の近くを探して |
小さい頃から、高いところに登るのが大好きだった。 少しでも高いところへ。 少しでも空の近くへ。 それは今でもかわっていなくて、ちょっとでも高いところがあればそこへ駆けていって空を見上げる。 「バカとなんとかは高いところが好きー」って笑われたって。 笑いたきゃ笑えって強がって。 だけど小さい頃より背が高くなっても。 どんなに高いところにのぼっても。 空に近づくどころかむしろ遠ざかるような気さえする。 なんなんだろう。 そんなようなことを近所の公園のジャングルジムの上でちぇ、と思っていたときだった。 「あのー」 下のほうから控えめに、声がした。 見下ろしてみると、なんだか現実味のないきれいな青年が立っている。 見上げている目、私を通り越して空を映しているように見えて、一瞬返事を躊躇する。 「……あたし?」 「すいません、道を教えていただきたいんですが」 でもこの砂場とジャングルジムとベンチしかない公園には私のほかに人影はないし、と思い切って返事をすると、彼はひょこ、と首をかしげた。 「じゃ、登ってきて」 「え、あ、はい」 こんな早朝、彼はどこからやってきて、どこに行こうっていうのだろう。 するすると登ってきて隣にこしかけるのを見ながらぼんやり考えていたら、彼はどうしたの、という風にまた首をかしげる。 くせなのかなんなのか知らないけどやたらとかわいらしくて対応に困った。 あたしと同じくらいの歳に見えるのに。かわいいってどういうことだ。 「どこ?」 「え」 「どこに行きたいの?」 「あ、そうか」 そう言って彼が取り出した地図に書かれていたのはどう見ても私が住んでいるアパートへの道案内だった。 「ここ?」 「そう、今度ここに引っ越すことになって」 「え、じゃあうちの隣かも」 一棟に4軒しか入居できないうちのアパート、隣の部屋は最近ずっと空家になっていることを思い出す。 大家さんはそんなこと一言も言っていなかったけれど。 「え、本当に?」 「うん、多分。じゃあ帰るついでに送って行ってあげるよ」 「もう帰るんですか?」 「帰るよ、学校もあるし」 ジャングルジムの上から二段目に立って大きく伸びをしてから彼を見ると、不思議そうな顔でこっちを見ている。 「なに?」 「いや、ここで何してたのかなぁ、と思ったから」 「空」 「え?」 「空の近くを探してんの。でも高いとこじゃないみたいなんだけど。小さい頃から登ってたからもう、癖になってる」 初対面の人に、つまらないことを言ったと思った。 でもなんとなく、言ってしまう雰囲気があった。 「へー、空の近くかぁ」 空を見上げながらこんな返事をする彼の現実味のなさとか、今日の空の青さとか。 |
***** 公園からてくてく20分くらい。 道が入り組んでいるだけで慣れれば簡単な道だけど、確かにはじめての人にはわかりにくいかもなぁ、と思って目印を教えながら歩いても、その程度であっさりとアパートにたどり着く。 「ここです、大家さんの家はあっち」 と、斜め向かいの家を指差したところでちょうどよく大家さんが新聞を取りに家から出てきた。 「ああ、陸ちゃんおはよう。今日も朝からお散歩?」 「おはようございます、なんか早くに目が覚めたので。で、こちらのひと、お引越ししてくる方だそうですけど。公園で会ったので連れて来ました」 「ああ、宮澤君だっけ。不動産屋さんから聞いてるよ。こんな早くに来たんだねぇ。道、わかりにくかっただろ」 「でも送っていただけましたから」 大家さんと笑顔で会話する彼は、私なんかよりずっと世間に慣ているように見えて、さっきの公園で見た現実離れした感じはなんだったんだろう、と思う。 そしたらなんだか急に裏切られた気分になったので、さっさとこの場から退散してしまうことにする。 「それじゃああたし学校があるんで」 「ああ、どうもありがとうね」 大家さんと彼にぺこりとお辞儀をしてアパートの階段を駆け上がる。 「ああ、あの、りく、さん」 途中で、後ろから声がして振り返る。 「あ、僕の名前、空です、宮澤空」 そう言って右手を差し出す彼の目は、最初に見たときと同じに空を映している。 「空?」 驚いて固まった私に、空と名乗った青年は、少年のように笑った。 「来週引っ越してくるので。どうぞよろしく」 少しでも空の近くに。 見上げた空はやっぱり遠かったけれど、来週にはもう少し近付けるかもしれない。 |
おしまい [BLUE in Days]の青さんから、10万打お祝いでいただいてしまいました。 晴れた日の音がする、というサイト名をイメージして。とのことだったのですが、むしろうちの看板小説にしたいなと(笑) 青さんの、素敵なサイトへどうぞー → [BLUE in Days] |