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A.Q.U.A
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窓の外で 雨の音がうるさくて眠れないから
僕はベットから起き上がって 窓を閉めに行った
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だけど 雨は降ってなかった
雨の音に聞こえたのは
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波の音だった.
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僕は 十四日間の休暇を 見知らぬ海辺の街で過ごすことにした
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古びたホテルのデッキから ぼんやり 海を見てたら
いつのまにか 空を見ていた
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この街の海は 空との境界線がない
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-T-
その日 映画館に行ったら なぜかスクリーンには海ばかり映っていた
いくら待っても ジュリアロバーツもベルッチも出てこないので
僕は退屈して 映画館を出てきてしまった
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-U-
「いっぱいいかが?」
港の酒場で ママにすすめられたジントニックがやけに塩からい
おかしいなと思って 念のためにジンの中身を確かめると
それは海の水だった
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-V-
僕はうんざりして部屋に戻った
ラジオをつけると どの局も海鳴りの音だけだった
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朝から晩まで 海鳴りの音には 参ったよ
(ただ カモメの声がたまに混じっているのはいいとしても)
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-W-
ボブ海 バーチ海 ヘンリー海 ブルドン海
ボールドウイン海 ジェームス海 ドレァス海
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どの海も地図にはのってない。
ヘミングウェイの小説に出てくる男の名に海をつけてみただけだから
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-X-
ちょっと 待って!
海は女性名詞だった
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-Y-
海辺の酒場でジンを飲んでいた旅人から
波の音ばかりを録音する女の話を聞いた
それは こんな話だった・・
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毎日 夕暮れの海に来て カセットテープで波の音を録音している女がいた
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彼女の部屋には ただ 波の音が聞こえてくるばかりのカセットテープがいっぱいだった
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どうして波の音ばかりを録音するの?
旅人がたずねたら
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私にも分からないわ
でも・・
波の音を聞いていると 気持ちが落ち着くの
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と女が答えた
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ある日 女が夕暮れになっても 録音にやって来なかった
その次の日も
またあくる日も
やっぱり やってこない
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五日後の朝に 旅人が女の部屋を訪ねたら
部屋の中には誰もいなかった
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一台のカセットデッキがテーブルの上に置かれていたので
スイッチを入れてみると 波の音だけが聞こえてきた
吸い込まれるような波の音
どこか寂びしげな波の音に吸い寄せられそうだった
そのとき
旅人の耳に ドボン!というちいさな音が聞こえた
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自分の録音した波の音に 飛び込んでしまった悲しい女の話
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どんな詩人が 自分の作った海で泳げるというのか?
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-Z-
「ねぇ 君 海は巨大な忘れ物なんだよ」
旅人が僕に言った
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「だけど あまり大きすぎて どこの落し物預かり所でも預かってくれないのさ」
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旅人はジンのグラスを透かして見ていた
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そうだよ
海では飛べないんだ
それなのに 海で飛ぼうとして
びしょぬれになっている悲しい鳥
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誰か この鳥を預かってくれませんか?
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僕は友達に手紙を書こうと思った
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もしも 海の水がインクならば
僕は何人に さよならの手紙を書けるだろう?
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たとえ 海のインクが無くならないうちに年老いてしまっても
それは 海のせいではない
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人生は いつだって 海より短いものだから
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