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プロローグ

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憂鬱な花弁

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中世ヨーロッパでは

隣人の庭園に咲いてる花を盗むことは、罪にならなかったと言う

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たとえ 花の美しさに心奪われ 花を摘んでしまったとしても

それは人の罪ではなく

花の美しさの仕業だからである

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  花の誘惑  

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百合の誘惑

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百合の花に火をつけて、茎をキセルのように吸い込むと

それは麻薬のように 私達を「不思議の国に誘惑」してくれる

という話を聞いたことがある

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ただ 誰も そのことを知らないし

誰もためしたこともない

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私に百合の花に火を付けるほんの少しの勇気を下さい

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百合の花に妖しい炎がきらめくとき

すでに 旅は始まっているのです

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蘭の悪

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花の中で外に出ている部分より

地下に隠れている器官が怪しげなのは蘭である

その形は卵型で奇怪な形をしているので

アル中の詩人ランボーは睾丸と名付けた

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蘭の花言葉は不吉な言葉ばかりなのに

花の美しさは どの花にも劣らないほど華麗である

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私が蘭を嫌いな理由は その妖艶なみかけのせいではなく

私を裏切った女の名前と同じ名前だからである

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裏切りの言葉を聞いたとき

テーブルの上には胡蝶蘭が咲いていた

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紫陽花の涙

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恋を打ち明け 

答えも聞かずに森の中を駆け抜けた夏の日

走りつかれて うつぶせに倒れた僕のほてった頬を

ひんやり冷やしてくれたのは紫陽花だった

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僕の目の前に咲いていた紫陽花の紫は

限りなく優しい色だった

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薔薇殺し

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十九歳の夏 密かに恋していた人妻の部屋にはじめて入ったとき

花瓶に赤い薔薇が挿してあった

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そのとき

僕は 少年の頃に煙草臭い国語教師から教わった言葉を思い出した

『うつくしい花には 棘がある』

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僕は人妻の唇に初めてキスをしたとき

横目で花瓶の薔薇を見ながら思っていた

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― 美しい花に棘があるのではなくて

 棘のある植物に美しい花が咲くのではないか? ―

と・・・

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僕の唇は棘が刺さったように

痺れ それでいて どこか甘美な痛みがあった

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エピローグ

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名もない花の断罪

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この花には なまえがありません

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まして めもないし くちもありません

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名もない花にあるものは はなだけです

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名もない花にとって 一番不幸なのは

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誰かに摘まれることではなく

誰かに嫌われることでもない

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まして 強風に吹かれて飛ばされることでもありません

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名もない花にとって一番不幸なのは

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誰にも気づかれることもなく

淋しく花が枯れていくことです

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