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.. . プロローグ .. 憂鬱な花弁 . .. . . . . . |
. . . 中世ヨーロッパでは 隣人の庭園に咲いてる花を盗むことは、罪にならなかったと言う . たとえ 花の美しさに心奪われ 花を摘んでしまったとしても それは人の罪ではなく 花の美しさの仕業だからである . . |
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花の誘惑 |
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. 百合の誘惑 . . . . . |
. . . 百合の花に火をつけて、茎をキセルのように吸い込むと それは麻薬のように 私達を「不思議の国に誘惑」してくれる という話を聞いたことがある . ただ 誰も そのことを知らないし 誰もためしたこともない . 私に百合の花に火を付けるほんの少しの勇気を下さい . 百合の花に妖しい炎がきらめくとき すでに 旅は始まっているのです . . . |
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蘭の悪 .. . . . . |
. . . 花の中で外に出ている部分より 地下に隠れている器官が怪しげなのは蘭である その形は卵型で奇怪な形をしているので アル中の詩人ランボーは睾丸と名付けた .. 蘭の花言葉は不吉な言葉ばかりなのに 花の美しさは どの花にも劣らないほど華麗である . 私が蘭を嫌いな理由は その妖艶なみかけのせいではなく 私を裏切った女の名前と同じ名前だからである . . 裏切りの言葉を聞いたとき テーブルの上には胡蝶蘭が咲いていた . . . |
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紫陽花の涙 .. . . . . |
. .. . 恋を打ち明け 答えも聞かずに森の中を駆け抜けた夏の日 走りつかれて うつぶせに倒れた僕のほてった頬を ひんやり冷やしてくれたのは紫陽花だった . . 僕の目の前に咲いていた紫陽花の紫は 限りなく優しい色だった . . |
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薔薇殺し .. . . . . |
. . . 十九歳の夏 密かに恋していた人妻の部屋にはじめて入ったとき 花瓶に赤い薔薇が挿してあった . そのとき 僕は 少年の頃に煙草臭い国語教師から教わった言葉を思い出した 『うつくしい花には 棘がある』 . 僕は人妻の唇に初めてキスをしたとき 横目で花瓶の薔薇を見ながら思っていた . ― 美しい花に棘があるのではなくて 棘のある植物に美しい花が咲くのではないか? ― と・・・ . . . 僕の唇は棘が刺さったように 痺れ それでいて どこか甘美な痛みがあった . . . |
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エピローグ . . . 名もない花の断罪 .. . . . . |
. . . この花には なまえがありません . まして めもないし くちもありません . 名もない花にあるものは はなだけです . . . 名もない花にとって 一番不幸なのは . 誰かに摘まれることではなく 誰かに嫌われることでもない . まして 強風に吹かれて飛ばされることでもありません . . . 名もない花にとって一番不幸なのは .. 誰にも気づかれることもなく 淋しく花が枯れていくことです . . .. . . . . |