.
.
.
.
.
.
.
.
.
Midnight Bar.
La Tache
.
.
..
.
.
.
.
『この ワインって黒いのね』
.
ラ・ターシュを飲みながら ナオミが言った
.
.
.
『赤は 年月がたつと黒くなるからね 血も古くなると黒くなる』
.
ブラックペッパーの効いた スペアリブを食べながら 私が答える
..
.
.
『だから このワイン 血の味がするのね』
.
ナオミが 悪戯っぽい表情で言った
.
..
.
.
『黒い色のものって なにがあったかしら?』
.
ナオミとは出会って 3年が過ぎようとしている
彼女とは 以前 一緒に暮らしていた
今夜は彼女の誕生日なので 久しぶりに 再会したのである
.
..
.
.
『そうだな 聖書の表紙とか トランプのスペード 夜も黒いかな?』
.
.
ナオミと出会った夜も このBarに流れる曲
「Black Orpheus」が流れていたような記憶がある
.
だか はっきり記憶がない あの夜は 頭痛がするので
アスピリンを多量に飲んでいたから
.
..
.
.
.
.
『じゃぁ 赤い色のものって なにがあったかしら?』
.
.
記憶ほど あいまいなものはないが
どこか 淋しげなナオミの白い横顔だけは はっきり覚えている
..
.
.
『赤い色なら トマトケチャップ 口紅 薔薇の花 かな?』
..
.
.
.
.
.
.
.
『赤い色は ほんとに 古くなると黒くなる 薔薇の花も枯れると黒くなるわ』
..
.
『さしずめ 赤が希望なら 黒は あきらめ ね』
.
.溜め息を つきながら 彼女が 呟いた
.
.
..
.
..
『赤い色で 古くなると黒くなる 大事なものを 一つ忘れてるわ』
..
思いついたように ナオミが言った.
.
『大事なもの?』
.
.
.
.
.
.
.
『それは 嘘よ 真っ赤な嘘』
.
意外な言葉に 私が戸惑っていると ナオミは 笑った
..
.
.
.
..
.
.
ラ・ターシュは 枯れた薔薇の香りがするワインである
確かに 新しいうちは あざやかな真紅でも
古くなると 鈍い黒になってゆくのは 本当だとしても
薔薇でもドライフラワーの方が 薫りが強いじゃないか?
ワインも 同じだ
..
..
.
.
.
二人が暮らした日々よりも
二人の 過ぎ去った思い出のほうが
日に日に 鮮明になってゆくことだってあるさ
.
.
.
.
..
.
ドライフラワーの香りが 日々 強くなっていくように
.
.
.
.
そんなことを考えているうちに
薔薇のワインボトルが 空になったようだ
.
.
.
.
Special thanks
Pictures are presented by AKO.
.
.
.