「うぎゃああああああーーッ!!!ウチュー人が来るーーーッ!!!」
―――それは真夜中、突然に。
隣で眠る親友の、その素っ頓狂な叫び声に普賢は思わず寝台から転げ落ちそうになった。
「ぼ…望ちゃん???」
何とか寝台にしがみつき落下を免れた普賢は、いつもなら隣の寝台で気持ちよさそうに高いびきをかいている呂望の方へ目を向ける。
当の呂望本人といえば、よほど勢いよく飛び起きたらしく、顔面からダイブするような格好で寝台下の床につんのめっていた。
「………。」
まあ、彼が夜中に大きな声で寝言を言うのはさほど珍しいことではない。
しかし今回のこの絶叫は、今まで聞いたこともないほど凄まじいもので、慣れているはずの普賢ですら驚きのあまり心拍数が少なくとも3倍には跳ね上がった。
「大丈夫?望ちゃん…。」
寝台から降りて、まだつんのめったままの呂望にそっと近づく。
「あ…ああ?!…普賢???」
つんのめったままの姿勢で、呂望はのっそりと顔を上げた。
月明かりの中、赤く擦り剥け、鼻血が一筋たれているのが見て取れる。
……かなり痛そうだ。
「今…っ!今! 崑崙山の上空に銀色の怪しげな物体がーーーっ! ぎゃあああ!拉致される〜ッ!!人体実験されて、体に変な物埋め込まれるーーーッ!!!侵略されるーーッ!!!」
したたかに顔面を打ちつけたにもかかわらず、呂望はまだ半分寝ぼけているようだった。
「何言ってるのさ、そんなことあるわけないでしょ。」
呆れたように、普賢は呂望の額を平手でぺちっとはたいた。
「……何だかリアルな夢だったのだ。」
鼻にばんそうこうを貼られながら、呂望は、むう、と唸った。しっかり目覚めて、感覚がハッキリしてくると、かなり顔がヒリヒリ痛む。
「そりゃあそうだろうね。あんな絶叫寝言、初めて聞いたよ。」
「うむ…。」
呂望は、神妙な顔つきをしながら腕組みをした。
そして、さっき見たという生々しい夢の内容を語り始める。
「崑崙山の上空にな、見たこともない銀色の巨大な物体が浮かんでおるのだ。で、何であろうと見ておると、その物体から一筋の光が伸びてきたのだ。」
普賢は、なかば呆れたような顔をしながらその夢の話を聞いていた。
そんな普賢を気にとめる様子もなく、拳を握り締め、力説モードに入った呂望はさらに話を続ける。
「その光の中には、髪がなくて頭の長い、釣り目の5人の宇宙人の姿があって…。なんと、そのうちの一人が、わしに手を差し伸べて近付いてくるのだっっっ!身の危険を察知したわしは、その場を逃げ出そうとして…」
「…ベッドから転がり落ちたんだね…。」
あっさりと普賢が突っ込んだ。
「むう…。」
話を中断され、呂望は不服そうな視線を普賢に向ける。
「だいたい相手が名乗りもしてないのに、謎の物体とか、姿形だけでそれを宇宙人って決め付けるのもどうかと思うけど。」
「そ…それはそうなのだが〜。なんとゆーか、直感的にだな…。」
「直感で宇宙人だってわかったの?」
クスクス笑いながら、普賢は薬箱を元の棚に戻した。
呂望は眉間に皺を寄せて、う〜と唸っている。
「でも、手を差し伸べて近づいてくるっていうのは、どちらかというと友好的っぽくない?『わが同胞よ〜』みたいな…。」
そこまで言ってから、あ!と何か閃いたような顔をする。
「ひょっとして、望ちゃんも宇宙人だったりして。だから直感で宇宙人だってわかったとか。」
「ダアホッ!!んなわけあるかいっっっ!!」
本気で怒る呂望を見て、普賢は腹を抱え、ひゃははと笑った。
「冗談だよ。」
涙目でそう言いながら、なおも笑いつづけている普賢を不機嫌そうな顔でじろっと睨むと、呂望はそのまま布団を頭から被り、背中を向けて寝てしまった。
「あ…。」
普賢の笑い声がふと止まる。
どうやら、本当に機嫌を損ねてしまったらしい。
「…ごめん、望ちゃん。怒った?」
そっと声をかけてみるが、返事はない。しばらくの沈黙のあと、ゆっくりと呂望の寝台に近づき腰をおろすと、布団をつんつんと突っついてみる。
「…ゴメンってば。」
「……。」
ぼそっ、と布団の中からくぐもった声が聞こえた。よく聞き取れなかったので、耳を近づけて尋ねる。
「…何?」
「ゆるさーーぬっ!!」
がばあっと布団がはねのけられたかと思うや否や、いきなり羽交い絞めにされて首をギュウギュウしめあげられる。
「ぼ…望ちゃんっ!」
「かーっかっかっかっかっ!!さんざ人のことを笑った罰じゃあッッ!!」
呂望は高笑いしながら、苦しさにジタバタ暴れる普賢を更にギュウギュウ締め上げた。
懸命に振りほどこうとするが、呂望は意外と力が強く、締め付けてくる腕をなかなか外すことが出来ない。
しばらくは足をバタバタさせて抵抗していた普賢だったが、そのうち諦めたのか抵抗するのを止め、くったりと呂望に寄りかかった。
「普賢?」
力なく体重を預けてくる普賢に、呂望は少しやりすぎたかという表情をして腕の力を少し緩める。
「大丈夫だよ、望ちゃん…。」
ゼーゼーと息をしながら、呂望へ視線を向けると、普賢はにっこりと微笑んだ。
「たとえ望ちゃんが宇宙人でも、僕らは親友だよ。相手が殷の皇后だろうと宇宙人だろうと、望ちゃんが戦う時には、ちゃんとキミのとなりにいるから。」
その言葉を聞いて、呂望は何とも言えない表情で固まった。それを見ると、普賢の肩が小刻みに震え始め、またクスクスと笑い始める。
「まだ言うかーーッッッ!!!」
「わーーーーっっ!!」
「くかかかかーーッ!!わしの隣で戦うっちゅーのなら、返しワザの一つもマスターせいっっ!」
緩めていた腕に、再び思いっきり力が込められた。
※ ※ ※
――彼の前にあるのは、小さな小さな子どもの亡骸。
長い間待っていた、自らの魂魄を受け入れられるだけの器を持った肉体。
傷つき、壊れたその小さな身体を不憫には思う。
しかし、この機を逃せば、次の器を見つけ出すにはまた長い年月が必要となるだろう。
長い時間を要した計画は間もなく発動する。
彼の半身はすでに準備を整え、その時を待っている。
――時間がなかった。
彼はそっ、と小さな亡骸に触れた。
魂魄は、その肉体にスッと吸い込まれるはずだった。
――バシィィッ!!
――!!
閃光が走る。
激しい拒絶。
予想だにしなかった事態だった。
目の前の身体の奥底に、微かな微かな気配を感じる…。
何ということだろう。すでに肉体を離れたと思っていた子どもは、そこにいた。
体に負った傷は、普通なら即死するはずの深手。
小さな魂魄の力では到底修復不可能なほどに破損したその器に留まっていられる事が信じられなかった。
尚且つ、自らがはじき出されることなく、逆に肉体に入り込もうとした彼の魂魄をはじき飛ばすとは…。
…彼は驚嘆した。
――なんという意志の強さ。
――なんという逞しさ。
――なんという生命力。
長い間繰り返された破壊の歴史により、確かにこの惑星の生命体は打たれ強く逞しく進化した。
しかし、彼らに比べれば、その存在はまだまだ小さく脆弱なものであると思っていた。
その中でも、最も小さく脆いもの。
それが――。
興味深い、と彼は思った。
目の前の小さな生命…その内に宿る、計り知れない強さと、可能性――。
その先を見てみたい気がした。
しかし、己の傷を癒す力を持たぬ小さな魂魄が肉体に留まるには限界がある。
そして、彼自身も、器を欲していた。
そこで彼は、一つの方法を思いついた。
彼の取った道、それは。
――魂魄の融合。
半分である自分の魂魄を補うように、この子どもと融合すること。
彼の力なら、器の破損を修復するのは簡単なことだ。
そして、自らの自我は内面に封じ、この生命の成長を観察する。
もし見込み違いだとすれば、逆にその自我を押さえ込み、自分が表面に出れば良い。
造作もないことだ。
彼は小さな魂魄に語りかけた――。
「…望…!」
――遠くで誰かが自分を呼ぶ声がする。
混濁した意識の中、ハッキリと聞こえる聞き覚えのある声…。
そうして、意志の強さを秘めた瞳は、もう一度開かれた。
※ ※ ※
「…おはよう、望ちゃん。」
ゆっくりと目を開けると、目の前に普賢の顔があった。
「…普賢。おはよう…」
んあ〜っと大きく伸びをし、もそもそと起き上がる。
「あの後はゆっくり眠れたみたいだね。」
「…おう。」
昨夜、ドタバタ暴れたあげく、二人して疲れて眠り込んでしまったらしい。
その後も何か夢を見た気もするが、よく覚えていない。
「起きたら早く着替えて。」
「?まだ早いのではないか??」
普賢が、もう一眠りしようとする呂望の襟首を捕まえた。
「何言ってるのさ。今日の修業は基礎体力作りのための早朝マラソンだよ。」
「げっ。」
呂望の顔面が蒼白になった。普賢はお構いなしに、呂望を寝台から引き摺り下ろしにかかる。
「あ、それと、僕も返しワザの一つも覚えようと思ってるから。」
「…おぬし、根にもっておるのではないか?」
「…さあ。」
極上の笑顔でかわされた。
「まあ、望ちゃんの足手まといにはならないようにはするから。」
「………。」
しばらくして、崑崙の青空の下、息を切らしながら走り続ける二人の姿が見かけられたという…。