事の起こりは、今朝早く。
「悪いけど、よろしく頼むわね。じゃ、蒼、お行儀良くしとくのよ。」
そう言って御歳4歳の幼稚園児を手渡された中坊が二人。
関係をと聞かれれば、ちょっと聞いただけでは血の繋がりがあるのかないのか良く分からないほどの遠縁にあたる。
父親の転勤のため、一家してここ崑崙町のはずれに越してきたのが2週間前。
もともと両親は共働きで家を空けがちではあったが、今日ばかりはいつもと勝手が違っていた。
父親は、どうしても外せない仕事で、しばらく会社の方に泊まりこみの最中。母親も急な出張で、帰りは明日になるという。
引っ越して間もなく、一晩子どもを預かってくれる場所と考えて、一番に思いついたのがここだったらしい。
そして、夜襲ならぬ早朝襲にパジャマ姿でボーッとしている太公望と普賢の前に、これまた寝ぼけた顔をした子どもが置き去りにされた。
本来ならば、今日は学校が休みの土曜日。
祖父は昨日から町内の老人会で、一泊二日の温泉旅行に出かけている。
先日発売された大作RPGでもプレイしながら、ダラダラ過ごせると思っていたのに、よもやこんな展開が待ち受けていようとは…。
遠くなってゆく後ろ姿を二人はボンヤリしたまま見送る。
遠縁の幼稚園児・蒼は、まだまだおねむの時間だったので、置き去りにされた玄関で居眠りを始めてしまった。
「…何やらエライものを押し付けられた気がするのう…。」
「理由が理由だから仕方ないね…。」
太公望は仕方なく蒼を抱えあげると、自分達の部屋に連れて行き、並べて敷いてある布団の間を詰めると、真中に蒼を寝かしつけた。
まだ起きるには早い時間。あと2時間程寝るかと、太公望と普賢は蒼をはさんで、いわゆる川の字の形で再び眠りについた。
――ぎゅむ。
「ぐえっ!」
突然、腹の辺りに鈍い衝撃が走り、太公望は布団の上でもんどりうつ。
次の瞬間、何かが身体の上にどすんと落ちてきた。
「ごふっ!!」
飛び起きると、蒼が自分の腹の上で尻餅をついている。
「…おしっこ。」
トイレに行こうとして、隣に寝ていた太公望にけつまづいたらしい。
小さな子どもとはいえ、無防備に仰向けで熟睡していた腹に受けたダメージは侮れない。
「…望ちゃん?」
隣の普賢も騒がしさに目を覚ます。
結局、朝寝坊の予定が、いつもと同じ時間に起きるハメになってしまった。
朝食をとった後、蒼はご機嫌よく居間のテレビで、朝の子供向け番組を見ていた。
食後のほうじ茶を啜りながら、太公望と普賢も横に並んで一緒に画面を眺める。
「何か懐かしいね。僕らも昔、よく見てたっけ。」
「うむ…。」
懐かしいとは思うが、どちらかと言えばやりかけのゲームの続きの方が気になるのだが。
蒼を一人で放っておくわけにも行かないので、しばらくはお預けになりそうだ。
見たい番組を一通り見終えると、蒼はあちこちキョロキョロと眺め回し始めた。
マンション暮らしの幼稚園児には、やたらと古くて敷地の広いこの日本家屋が珍しいらしい。
よっこらしょと立ち上がると、あちこちをパタパタと走り回る。
「ぼーちゃん、これなに?」
「ああ、それはジジイの書いた屏風だ…って、コラーッ!何をするかーッッ!!」
蒼は、ミミズののたくったような文字の書かれた屏風の余白の部分に、どこから持ってきたのか赤いクレヨンでぐりぐりと落書きを始めた。
太公望は慌ててクレヨンを取り上げ、蒼を屏風から引っぺがす。
「ちぇ〜。」
「ちぇ〜ではないわっ!」
悪びれた様子もなく、蒼はまたパタパタと走り回り始める。
ばりばりばりーっ。
「だーーっ!!障子がーーッ!」
ぱりーん!
「のわぁぁぁっ!!骨董品の大皿がーーッ!」
「…蒼ちゃん、庭で遊ぼうか。」
それ以上の被害を食い止めるため、二人は蒼を庭に下ろした。
―――が。
「ぼーちゃん、K‐1ごっこ!はいきっくー!でいっ!」
がっちゃーん!
「だぁぁぁっ!!ジジイの盆栽コレクションがーーっ!!!」
ぼきっ。
「蒼ちゃん、木の枝折っちゃダメだよ。」
「あー!おっきいさかなーっ!」
ばっちゃーん!ばちゃばちゃ!
「鯉を掴むでなーーいッ!!」
――つくづく、幼児の育成には向かない家らしい…。
「ふーちゃんのおにぎり、んまいー!」
「よかった、ありがとう。」
顔のあちこちに米粒をくっつけて、蒼が満面の笑みを浮かべる。
大きな庭の片隅、桃の古木の下にござを敷き、3人はピクニック気分で昼食をとっていた。
「ふーちゃん、いいおよめさんになれるな。」
「蒼よ…おぬしどこでそんな言葉覚えてくるのだ…。」
「僕は男だから、お嫁さんはちょっと無理かな。」
「…おぬしも何をゆーとるか。」
こんもりと茂った植え込みの中にぽっかりとあいた空間。
外からは死角になっているが、中に入れば結構広く、日当たりもいい。
太公望と普賢が小さい頃、秘密基地にしていた場所だった。
満腹の体に暖かな日差しが心地よい。
「ふぁ…。」
蒼が一つ小さなあくびをした。
「腹が膨れたら、なんか眠くなるのう…。」
太公望と蒼は、ござの上にゴロリと仰向けに寝転がる。
青い空に、木漏れ日。
数分もしないうちに、蒼はすーすーと寝息を立て始めた。
「……寝ておれば、可愛いモンだがのう。」
隣に寝転がる蒼をチラッと横目で見ながら太公望が言う。
「そうだね。」
答えてから普賢はクスクスと笑った。
「…?何がおかしい?」
「いや…。僕らが小さい頃もこんな感じだったのかなって…。障子に穴開けたり、盆栽ひっくり返しちゃったり、鯉つかまえようとしたりしたことあったよね。」
――言われてみれば。
今まで蒼が仕出かした諸々の悪戯は、身に覚えのあるものばかりだ。
まあ、悪戯を実行していたのはほとんど太公望で、普賢はどちらかと言えば諌め役だったのだが。
「……ジジイの苦労がわかる気がするのう。」
「まったく。」
二人顔を見合わせて、ケタケタと笑った。
「天気が良くて気持ちいいね…。」
体育座りをしていた普賢も、ござの上にころりと寝転がる。
よく晴れた昼下がり。三人して深い眠りに落ちていくのにそう時間はかからなかった。
「このバカモンがーーッッッ!!!」
――怒鳴り声が、家中に響き渡る。
結局、太公望・普賢・蒼の三人は、元始天尊が町内老人会の温泉旅行から帰る時間まですっかり庭で眠りこけていた。
それを知らない元始天尊が帰宅してみれば、玄関のカギは開けっ放しだわ、部屋に上がれば障子は破れてるわ、お気に入りの骨董の大皿は消失してるわ、盆栽はメチャメチャにひっくり返ってるわ、庭木は折られているわ、何より孫二人の姿が見当たらないわで、もう少しで警察に通報沙汰になっているところだった。
で、騒がしさにようやく目の覚めた三人がのこのこ姿を現して、現在の状況にいたるというわけである。
預けられた蒼には罪はないということで、元始天尊の背後でもそもそせんべいなど頬張っている。
太公望と普賢はといえばその後、無用心だなんだとコッテリ説教された。
「…ったく、こっちの苦労も知れっつーの。」
「まあ、しょうがないといえばしょうがないけどね。」
すっかり遅くなってしまった夕食の支度を手伝わされながら、太公望がブチブチこぼす。
そこへ蒼がヒョッコリ顔を出した。
「あ、もうちょっと待ってね。すぐごはんにするから。」
「早くせんと、またタコジジイが頭から湯気を出すからのう。」
「たこじじい!」
蒼がゲラゲラ大笑いする。
「…まあ、うるさいタコジジイがいても良いなら、また遊びに来るが良いよ。」
そう言って、太公望は蒼の頭をぽんぽんと叩いた。
――そんなことを言ったがために、その後もしばしば蒼のお守りをするハメになるとは、この時知る由もない二人であった。
end.
☆カウンタ1000を踏んで頂きました、水鷺みやこ様のリクエストで
「中学生望&普シリーズで、「親戚の子供の面倒をみることになった望&普」」
というお題でございました。
水鷺さま、ありがとうございました♪