それは、押入れの中で偶然見つけたもの。
古ぼけた箱の中味を取り出してみて、そう言えばそんなことがあったなと思い出した。


「普賢、ちょっと出かけぬか?」
コタツに入ってクリスマスケーキの残りを頬張っていた太公望がいきなりそんなことを言い出した。
「コンビニ?」
「ブーッ。」
もう夜も11時を回っている。訝しげに首を傾げる普賢にダッフルコートを押し付けると、その手をグイッと引っ張りあげる。
「おじいちゃんに一言声かけてから…。」
「年寄りは寝させておけ。」

ひゅう。

玄関を空けると、身を切るように冷たい風が吹き抜けた。
「さむーっ!」
「雪になるかもね…。で、こんな寒くて遅い時間にどこに行くのさ?」
「ん〜。ちょっとのう。」
二人、寒さに背中を丸めながら、シンとした住宅街を歩く。
行き先もよくわからないまま、普賢は黙って太公望の少し後をついていった。
15分ほど歩くと住宅街が途切れ、高台へ伸びる道に差し掛かる。どうやら目指す場所はこの先にある峰森公園らしい。

ふと、前にもこんなことがあったことを思い出す。
雪が降っていて、暗くて、寒くて…。
そして、隣にはやっぱり望ちゃんがいて…。
もう、ずっとずっと昔…。

「…あ!」
歩きながら記憶の断片を辿っていた普賢が小さく叫んで、太公望の顔を見た。
「リベンジだね、望ちゃん。」
「おう。」
言いながら微笑む普賢に、太公望もニイッと笑って返した。



それは、二人の両親が事故で他界した年のクリスマスイブのこと。
小さな二人は、雪の降る真夜中コッソリ家を抜け出し、今日と同じようにこの道を歩いていた。
太公望の手には、家のツリーのてっぺんに飾ってあった銀色の星が握られている。
目指すは、峰森公園にある大きな一本のもみの木。
「峰森公園のもみの木のてっぺんに、ツリーの星を飾ってお願い事をするとサンタさんがかなえてくれるんだって。」
はじまりは、幼稚園の友達に聞いたそんな話だった。
突然両親と引き離された子どもが、もう一度両親に会いたいと願うのは当然のことだろう。
それが大人にとっては、たわいのない作り話でしかなくても。

「…ぼうちゃん…。もうやめたほうがいいかも…。」
積もった雪の上に仰向けに倒れている太公望を、普賢が心配そうに覗き込む。
「だーっ!!!うるさい!うるさい!やると決めたことはぜったいやるのだ!!おぬしだって、父上や母上にあいたいであろうっ?!」
足をジタバタさせて起き上がると、太公望は十何度目かの挑戦をはじめた。
相手は、15メートルはある大木。大人ですらてっぺんまで登るのは恐らく難しいであろう。
その幹にしがみついて、必死でてっぺんを目指す。しかしその試みはことごとく失敗に終わっていた。
どんどん雪は強くなる。
二人は、なんとか銀色の星をもみの木にてっぺんに飾ろうと必死だった。
登っては落ち、また登っては落ち…。
1時間後、もみの木と格闘している二人を保護したのは、雪見ジョギングにきた近所の大学生・道徳だった。
「ふげん、わしはゼッタイあの木のてっぺんに星をかざってみせるぞっ。」
道徳に手を引かれながら、太公望がそういった。
もはや、最初の目的と今の目的は少し違ってしまったようなのだが…。
その後、家に帰った二人が、コッテリと祖父の元始天尊に叱られたことは言うまでもない。
2度とこんなことがないように、クリスマスツリー禁止令まで出されてしまった。
――それでも。疲れてぐっすり眠った翌朝、二人の枕もとには、大きな靴下に入ったプレゼントがきっちり置かれていたのだけれど。



「よ…っと。」
もみの木のてっぺんに、太公望が銀色の星飾りをかぶせた。
「リベンジ完了だね。」
「まあ、少々丈が短くなったがのう。」
そういって、銀色の星を指で突っつく。
今目の前にあるのは、二人の目線の高さの小さなもみの木。
先代のもみの木は、3年前落雷にあって、もうここには存在しなかった。
太公望は、目の前の2代目にパンパンと拍手を打つ。
普賢もその横で手を合わせた。
「…おぬし、何を願った?」
「世界平和かなあ。」
「…相変わらずだのう。」
太公望が呆れた顔をする。
「そういう望ちゃんは?」
「年末ジャンボ当たりますように。」
「…相変わらずだね。」
普賢がぷっと吹き出す。
ふ…と、二人の目の前を白いものが横切った。
「あ…雪だ。」
いつのまにか降り出した雪は、見る見るうちに降り積もり、あたりを白く染めていく。
「早く帰って、ケーキの残りを食いながら、熱い茶でもすするかのう。」
「そうだね。」
白い道に足跡をつけながら、二人、家への道を急いだ。


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