-----エピソード-----
二人はいつも一緒だった。
同い年のイトコ同士。
背丈は同じくらい。
きりっとした眉の意志の強そうな顔と、笑みを絶やさない穏やかな顔。
対照的な外見。
ナマケモノとおっとりタイプ。
性格も、大分違う。
それでも、とっても気が合った。
両親は共に研究者で、不在なことも多かったし、そんな時は2人して祖父の家に預けられた。
広い敷地の大きな日本家屋で、あちこち探検してみたり、池の鯉を釣り上げてお目玉を食らったり、庭の桃の木の下でのんびり昼寝してみたり。
何をするにも、どこへ行くのも一緒だった。
その日の祖父の家は、慌しかった。
いろんな人が入れ替わり立ち代りやって来て、沈痛な面持ちで祖父に何かを言っている。
二人は黙ったままだった。
いつもなら、じゃれあって過ごす休日の昼下がり。
二人は、ただ黙って、その場にいた。
朝、いつもとは違う騒がしさの中で二人は目覚めた。
胸をよぎる、不安な気持ち。
布団を抜け出し、居間の方へ行こうとしたところに、祖父がやってきた。
二人の頭をくしゃっと撫で、しばらくの沈黙のあと、両親の乗った飛行機が事故にあったことを知らされた。…そして、二度とお父さん・お母さんたちは帰ってこないと…。
涙は出なかった。
どこか、現実味のないことに思えて。
言葉も出なかった。
何か言うと、壊れてしまいそうで。
ただ、唇をかんで、拳を握りしめて、下を向いて座っていた。
弔問に訪れた、見知った顔の人達。
すすり泣く声の中、
「小さいのに、気丈な子達だね。」
と言ったのは誰だったろう。
夜更け。
二人は黙ったまま、布団に横たわっていた。
疲れたろうから、早く寝なさいと祖父は言ったが、目が冴えていて眠れずにいた。
「…ぼうちゃん。」
横になっていても、お互い起きているのはわかっていた。
夜の闇のなか、か細い声が名前を呼ぶ。
「…ふげん…。」
お互いの名前を呼びあって、はじめて、こらえていたものがこみあげてくる気がした。
ふれあう手と手…。
強く握りしめて、はじめて涙があふれた。
庭に咲き乱れる、白い梅の香が立ち込める。
二人、声を殺して泣いたことは、他の誰も知らない。
まだ冷え込みの強い、春とは名ばかりの夜――。
5歳のときのことだった。
「…ちゃん。」
やわらかい日差しと、やわらかい声。
幸せな、まどろみの時間。
「…むう…。」
――ややあって。
「ぼーうーちゃーーーーんッッ!!!」
「どわああああああッ??!!!」
耳元で、鼓膜が破れんばかりの声。
布団が引き剥がされ、なにやらドサドサと上から降ってくる。
いきなりの事に、太公望は飛び起きた。
「おはよう、望ちゃん。また遅刻するよ?いつまで寝てるのさ。」
「普賢〜ッ!!おぬし、もうちょっと優しく起こせぬのかッッ!!」
上から落とされたカバンやら学ランやら教科書やらにまみれて、不機嫌そうな声。
「さっきから起こしてるのに、全然起きなかったの、望ちゃんじゃない。」
「うっ。」
極上の笑顔でそう言われて、反論出来ない。
「ほら、早く!着替えて着替えて!」
布団の上に散らばってるシャツをぐいぐい押し付ける。
太公望はちょっとふてくされた顔で、シャツをひったくると、もそもそと着替え始めた。
寝起きの悪いイトコが、しっかり目覚めたことを確認すると、うん、と小さくうなずく普賢。
「朝御飯、用意できてるから早くおいでよ。望ちゃんの好きな茄子の味噌汁だよ。」
「おう。」
いつもの日常。
晴れ渡った青い空。
ぱたぱたと駆けていく、大きくなった後ろ姿ふたつ。
「普賢…。」
「何?望ちゃん。」
「…何か、小さい頃の夢を見てた気がする。」
「…望ちゃんも?」
普賢がクスッと笑う。
あの日失ったものは大きかったけれど、二人でいたから淋しくなかった。
あれからも、二人はいっしょ。
困ったことがあっても、二人いっしょに乗り越えてきた。
そして、これからもずっと。