結縁寺と銅造不動明王立像 高花第二団地の南西700mの所にある結縁寺は, (けちえんじと読む)奈良時代の初期、行基によって 創建されたといわれ、寺名は平安時代の天慶年間(938〜946)に寺に入った真言宗の僧が春秋の二度 の「結縁灌頂」という仏縁を結ばせる儀式を行ったことに由来するといわれ、現在も地名となっています。 結縁寺本堂に安置されているのが国の重要文化財に指定されている銅造不動明王立像で、国指定の 文化財の中で、銅造はこの像を含めて3像しかなく貴重なものです。 土地の人からは、お不動様と呼ばれ,毎年9月28に開帳されます。
平成16年9月 近影
源 頼政 伝承 結縁寺の東南300mの山林には、宇治平等院の境内で自害したといわれている 源頼政の首を埋めた場所として伝えられている頼政塚があります。 頼政は、死に際して家臣に「吾が首を持ち東国へ向かって行け。 吾が止まらんと欲する処に行かば首が重くなって動かなくなるであろう。 そこに塚を築いて首を葬れ」と遺言したとされており、家臣達は東国へ向かい、 急に首が重くなり動けなくなった所がこの辺りだったと伝えられています。 結縁寺の鎮守である熊野神社石段の手前には、頼政の遺徳を慕って伊勢の国 から訪れた女性が入定したと伝えられている入定塚があります。 また、結縁寺の西南にあるのが、頼政の首を運んできた馬を葬ったといわれて いる名馬塚で、時折馬の好物である人参が供えられているそうです。 頼政塚